第32話 恋愛成就と最高傑作のコロシアイ

「〈天属性〉? お前は〈魔属性〉なんじゃないのか? 俺が聞いた話だと、俺と同じ〈魔属性〉使いで、歴代最高傑作と名高い存在だったのだが……」

「『歴代最高傑作』か、笑えるね。愚者どもが勝手に名付けた二つ名に過ぎない。ふふ……皮肉にも私はこのくだらない学園を卒業後に『歴代最高傑作』に成ったのだ」


 ケタケタと笑う奴に対して解せない感情しか湧いてこない。おかしい……有り得なさすぎる。

 奴の話をまとめると入学当時は〈魔属性〉を扱い、卒業後は〈天属性〉に乗り換えたということになる。


 しかし、それならば何故〈天属性〉ではなく〈魔属性〉の使い手だと広まっていたのか。俺みたいなものが五年に一度クラスだったとしても、〈天属性〉は百年に一度の逸材みたいなものだぞ。


「私の過去なんてものはどうでもいい。それよりも、貴様はどうする? まだ抗うつもりか?」

「当たり前だ。俺が覚えてる魔法はまだまだあるんだからな……」

「……面白い。貴様は己の力を過信しすぎているのだな? だったら、まだこの舞台で貴様を踊らせてやる。なあ、私は誰だと思う」

「……『世紀の大犯罪者』」

「そうじゃない。もっと分かりやすくしてやろうか。


 その質問に俺は小さく声を漏らす。奴からの質問の解釈が正しければ、俺に考えさせようとしているのか?


「そのままの意味だぞ。誰が私だと思うのだ? 貴様には思考を巡らせる猶予を与えてやろうと言っている」

「ふざけるな……お前はお前、変わりようがないだろ!」


 力強く吠える。それも学園中に響き渡るように。俺はこちらに近寄ってくる者が複数名いることを思考が冴え渡っているせいか既に気が付いていた。


「お互い時間は少ない。だがせいぜい楽しもうじゃないか。貴様らと私の因縁の対決に終止符を打とう」

「おい……逃げるな」

「では」


 また、前のときと同じように奴は瞬きも終わるより早く目の前から消え去った。追いかけようにも奴の気配も何も分からない。


 このまま俺は二度目の敗北を味わうことになるのか。倒れそうになる身体を壁に押し付け、聞こえてくる誰の声が俺のもとに辿り着くことをただただ待ち望んだ。


 そして、その時はやって来る。


「――ネクッ!? あんたその怪我どうしたの……ッ」

「リリエか……皆が襲われた奴に俺も襲われたんだ。二人は……大丈夫か?」

「ええ……ネク・コネクターが心配する必要はありません。ハイノ……さんもローズ・ベルセリアも無事でしたよ。今は教室です」

「ナイラさん……皆もありがとう。はは……俺って……馬鹿だ……な」

「ネク! 駄目っ眠らないでッ!」


 まずいな、眠くなってきた。身体を動かしたいのに力がどんどん抜けていく。そんなに大きな代償だなんて思ってなかったな。


 もし、次があるなら。俺は必ず探し出してやる。それで全てを……セレス君を殺した犯人を突き止めてやるんだ。


 そう……考えながら俺は……静かに目を閉じた。






 ***

「…………あ……れ」


 ここはどこだ。ボヤケた視界でも何とかして場所を把握しようと目線を動かす。多分、ここは医療室かもしれない。


 まだ、俺は生きている。いや、奴のために俺は生かされていた。


「……見えづらいな、って包帯? 出血なんてしてないのに……」


 少し落ち着いてくると、次は頭部に包帯が巻かれていることに気が付く。しかも、付け方も若干雑な気もする。


 ベッドの上で俺は寝かされているようだが、カーテンで仕切られていて周りが全く分からない。声を出して確認してみるか。


「誰かいますかー? 俺ですー……」


 が、誰も反応はしない。こんなときにこんな所で放置されているのか……。


 ほんの少しだけ悲しくなったが、俺に残された時間は多くない。ゆっくりと身体を動かし、地面に足を付けた。


「――ネクくん!? もしかして今起きたー?」

「うッッ!? ラ、ラグナ先輩……!」


 いきなり幕の隙間を突き破ってきたのはつい先日告白を成功させたラグナ先輩だった。


「いやぁ、大変なことになったね。学年ごとで対立が酷いし。クラス内でも分裂しかけちゃったよ」

「それよりもどうしてここに……?」

「可愛い後輩の頼みごと無視出来ないよね。それに、君達は俺達の恋を叶えてくれたわけだし」


 病み上がりの俺にも紳士的な対応をしてくれる学園の太陽ことラグナ先輩。そりゃソプラ先輩も好きになるよな。


 ただ……奴の話を信じるなら別だ。ラグナ・アトロポス。彼が殺人鬼の正体の可能性だってありえる。だけど疑うのにはまだ早いな。


 もっと皆のアリバイを集めないと。


「……ラグナ先輩は警報が鳴ったとき、何をしてました?」


 探りを入れたことを探られないように。まるで日常的な会話が行われているかのように、ラグナ先輩へ話しかける。


 すると、ラグナ先輩は何一つ疑問を持たなそうに間も開けずに返答をくれた。


「あー俺達も自習時間だったから図書館でデュラと勉強してたんだよね。俺とデュラと……他の三年数人がいたはずだよ、全員じゃないから外の様子とかは分からなかったな」

「そうなんですね。ソプラ先輩は今どこに?」

「実はさっきまで一緒に起きてたんだよ! 代わりばんこで君が目覚めるのを待ってたんだよね〜。あ、今は寝てるから静かにね」


 なるほど、ラグナ先輩とソプラ先輩では犯行自体無理なのかもしれないな。というかソプラ先輩もここにいたのか。


 ……代わりばんこ? もう寝てる?

 どういうことだ、今は何時だ。


「もう夜になってます? 結界のせいであんまり暗さが変わってない気がしますけど」

「うん……というか日付も変わってるんだよね。君はかれこれ十時間以上寝てるんじゃないかな。夜中の三時だよ、もう」


 そんなに寝てたのか……身体に違和感はないし、完全に回復しきっているのもそのせいか。


 だけど、今のラグナ先輩の発言からは嘘を感じるんだよなあ。何故だろう。考えたら分かるかもしれない。

 思考を巡らせるうちに、一つの答えに辿り着いた。


「……もしかしてラグナ先輩もさっきまで寝てませんでした……?」


 この人、最初俺が声出したとき反応がなかったような……。起きるのを待っていたなら、声を出した瞬間に気が付くはずだし。


 俺かわラグナ先輩を軽く睨み続けると、困った感じで彼は一言呟いた。


「げ、幻聴だったら困るし……?」


 ラグナ先輩の目は分かりやすく泳ぎ続けていた。

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