第31話 トラウマとトラウマ、故に絶望

「ハイノは覚えてる? 昔、俺が木に引っかかって怪我したとき優しく布で抑えてくれたよな」

「うん」


 彼女はあの時のままだ。体格も顔付きも流石に当時とは全く違うし、声も絶え絶えで相変わらず聞き取れないけど、変わってない。


「どうして……いや、やっぱり今じゃないか。ここから……出ようか、ハイノ」

「…………」


 俺がそう言うと彼女はマフラーを口元に当てて一切喋らなくなった。そして何とか身体を動かして先にハイノが出口らしき所を探す。

 その間に俺は身体に異常が無いか確かめ、息を整えた。


 君は違う。


「よし、いける。ハイノ……さん、出られそうなら教えて」

「…………」


 不味いな、ローズを見つけないと……俺達が襲われている間逃げていたけど、現在進行形で追われているかもしれない。


「…………」

「うッ眩しっ」


 ハイノさんが出口を見つけるとすぐに扉を開け、外から差し込まれた光が俺達を照らした。


「もしかしてここ倉庫の中か?」


 辺り一帯には三ヶ月は耐えられそうな量の食糧に加えて、ありとあらゆる防災グッズが棚に並べてあった。俺達が入っていた所を覗いてみると、学園には似つかわしくない原始的な道具が揃えてある。


「俺以外で使い方分かる人いるのかな……?」


 一抹の不安を感じながらも、少しずつ回復してきた魔力を使って周囲の様子に気を使う。まだここまで誰も辿りつけていないようだ。


「ローズ……ハイノさんは軽い物からでもいいからそこに置いてあるキャスター付きの二段台車使って食糧をクラスまで持っていってほしい。俺はローズを見つける」

「…………」


 俺の言葉を聞いてハイノさんは無表情のまま棚に積まれている食糧を詰め込みだしたので、安心して俺は倉庫から飛び出していった。


「くそッ……動揺するなよ。ローズは俺が守らなきゃ……もう死なせたくないのに!」


 さっきは油断した。ハイノさんが咄嗟に魔法を唱えてなかったらあそこで全滅していたに違いない。今度は奇襲攻撃すら受け流してやる。


【魔眼】の範囲をまた少しずつ広げてみるが、やはり人の気配を感じ取れない。魔法関係の妨害までされているのか……?


「ローズどこだ……! ローズ……」


 俺は叫ぶも返答はどこからも聞こえない。ひたすら走り続けて、さっき襲われた地点まで俺は到着したが、誰の気配も存在しなかった。


「あっ……」


 廊下の先で動く物陰が見えた気がする。とにかく誰かと合流したい一心で影の向かった先まで向かった。

 廊下の曲がり角を曲がった先に待っていたのは――


「折角君は逃げられたというのに残念だよ」

「またお前かッ……!」


 まただ。全身を何かで覆い、人であるはずなのに魔力を何一つ感じられない殺人鬼。奴は一人で俺を待っていたかのようにこちらを見て殺気を送ってきている。


「何者だ。俺はお前を知らない……強いて言うならお前も〈魔属性〉使いで特待生であったことくらいだ。さっさと答えろ」

「『答えろ』……格上の相手に使う言葉遣いじゃないなあ。君の実力はこっちじゃ見当が付いてるんだよ」


 ……駄目だ。コイツの周りだけ魔力が分断される。無言で【催眠】をかけようとしても奴は効いた素振りすら見せてこない。


 ローズの姿が見えないのはとても不安だが、殺るなら今しかないんだ。全力で殺す。


「ふふ、君は何を見せてくれるのかな?」

「俺はお前に絶望を見せる」


 普段抑え込んでいた魔力を一気に解放し、奴に向けてお返しの一撃を放った。


「【怨絶エンゼツ】」

「ふぅん……」


 俺が学園に来てから封印していた魔法の一種、それが【怨絶エンゼツ】である。この魔法が人体に当たると対象の正気を失わせ、臓器に直接魔力が貫通する禁忌に近い魔法だ。


 受験勉強の際に覚えなくてもいいと知らずに習得した魔法だったが、まさかこれが役に立つとはね。


「やはり、その程度か」


 人体に触れる直前、奴から発せられた呆れたような声によって俺の魔法が瞬時に弾け飛んだ。奴が纏う何かに負けたのか?


「どうして効かない……?」

「それで幾ら人を殺めた。こちらの見立てだと一つも無いように見える。優れた素材を持っていても磨かねば意味は無いぞ」

「……【破壊ハカイ】」


 俺はまた異なる魔法を唱える。距離を詰めてもいいのだが、奴に近寄るのは危険だと俺自身が既に察していた。

 奴の纏う物さえ分かれば、少しは戦えるはず。これは様子見も兼ねた攻撃だ。


「【破壊】かぁ……強気な人ほど分かりやすく精神崩壊してくれたなぁ……」

「分からない……」


【怨絶】と同様に奴の身体には届かない。余裕そうな口調で奴は俺を嘲笑ってくる。


 俺と同じ〈魔属性〉使いのはず――ここまで差があるとは到底思えない。向こうがまだ魔法を使ってないはずだ、使われる前に一発でも与えなければ……!


「どうした? さっきまでいきり立ってのだが……もう終わりか? 君の希望はここで尽きてしまうのかい」

「……使うしかないか」

「ほう。使うつもりか、禁術・・を」


 本当なら生涯使うことはないだろうと思ってた魔法を使うことになるなんて。


 死に対する恐怖で言葉を詰まらせながらも、俺は禁断の魔法を唱える。


「【ニエ】」


 周囲の空気を歪ませ、俺の命を削って、荒ぶり続ける魔力を押さえつけることも止めて解き放った。


 この魔法ははるか昔に存在した、今は滅びた国家に言い伝えられたとされている。教科書にも記されないほど幻に近い魔法だ。


 マゼル先生ですら、知らない魔法かもしれない。何故そう言えるのかというと、俺がただひたすら書物を読みあさっていたとき、表紙も分からない誰かの伝記で知った魔法だからだ。


「文字通り、『神に捧げるための贄』に対して扱われた魔法。使用者の寿命を削り、これを向けられた者は避けることも抗うことも出来ない」


 奴の周りに俺の魔法がぶつかる。今までの魔法と違って、確実に手応えを感じる。しかし、それでも奴から余裕は抜けない。


 奴は持論を述べるのをやめなかった。


「一度だけ使ったことがあるが……全く価値を感じられなかった。効率も悪ければ不快感も凄まじく、正に〈魔属性〉といった魔法で……

「……は」


 より一層強まった殺気……たったそれだけに俺の全力は敗北していた。

 避けられない魔法――それを完璧に受け止められた。


「魔力が足りない。君は結局不完全だったね」

「魔法が吸収された……!? おかしい……何が……起きて……」

「『吸収』? 何を言っている」


 突然、奴は怒りを顕にしてこちらに睨みかかってくる。奴の沸点が分からない。


「貴様の魔法なんぞ利用する価値も無い」

「何言ってんだ……お前も〈魔属性〉使いだろうが……」

「〈魔属性〉使い……アハハハハッ。無知もいいところだ。それとも感じ取れないのか? ふふふっ、貴様のような穢れた者では分かり得ないか」


 全身に力が上手く入らなくなってきた。さっきの【贄】の反動が響いているようだ。


「貴様に教えてやろう、真に理想的な魔法をね。私が思うに、この世界の天秤は狂っているのだよ。どの属性の魔法も私の持つ属性には敵わないのだ」

「まさか……」

「そう、君でも猿だろうが同じ答えを出すだろうね。〈天属性・・・〉……それが完成体だということにね」

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