第30話 ネクが抱いていた感情に触れて

 突然だが、このクラスには仲良しペアが複数存在する。

 例えばロウタス君とリリエさん。具体例を挙げるとキリがないのでこれ以上は出さないが、とにかくしっかりと存在しているのだ。


「二人組を作って。とりあえず半分は私とムスペルヘイム君に付いてきて……セレス君の所まで帰るわ。そっちはネク主導のもと残りの生徒達で倉庫から食糧をクラス分取ってきてほしい」


 マゼル先生曰く、学園にはもしもの事態に備えて非常食が置いてあるらしい。


 俺と先生で危険は無いと判断した結果なのだが、食糧のためなら先輩達も分け合うのではなく命がけで取りに来るかもしれないと先生からは忠告されてきた。


 それで、肝心なのは今誰といるかだが……勿論、彼女達だ。


「…………」

「私達は今出来ることを頑張りましょう! 何事も一つずつ解決していかないといけませんからね!」

「そうだね……」


 いつも通りローズと一緒なのは分かるし、転校したばかりのハイノさんが少しだけ俺に懐いているから任せられるのも分かる。

 ただ、今回に限っては全く嬉しくなかった。


 先生の元で集団行動をするのと三人組で学園内を歩くのじゃ後者があまりにも危険すぎる。

 戦い慣れていないローズに、どれぐらい魔法を扱えるか不明のハイノさんを守りながら戦うのは至難の業に近い。


「……今思ったこと話してもいいですか?私達食糧班って九人もいて、どうして二人組が三つで私達も合わせて四グループでバラバラに向かってるんでしょうか!」

「あれだよ。バラけさせた方が連携を取りやすいんだよ。組分けはロウタス君が考えたから問題は無いね」

「そうなんですね! にしてもロウタスさん、パッと指示をしてくれたおかげで集まって数分で動けているんですから凄いですよね!」

「うん、そうだね」


 たわいない会話をしながらも注意深く周りの監視を続けていたが、やはり何も見えない。

 今頃、先輩達は何をしているんだろうか。向かっている方向にも誰の気配も感じられないし、不思議だな。


「それにしても静かですね……こんなに静かでしたっけ?」

「…………!」


 何かを察知したハイノさんが強く俺の肩を掴んだ。それもいつになく強力で、直接骨を握られているんじゃないかと錯覚するほど力強くだ。


「えっ――」

「なにッ……!」


 前触れもなく、俺の身体が宙に浮く。ローズと距離がどんどん開いていく。俺はハイノさんと同時に吹き飛ばされているのか。


 ようやく今の状況を理解出来た。俺達の目の前に現れた者の正体に。


「ローズ……逃げろッ――」

「ソイツはどうでもいい。目的はだ」

「…………」

「危ね――」


 壁に衝突する寸前、俺は咄嗟にハイノさんの頭を庇い代わりに全身を打ち付けてしまった。あまりの衝撃に声も出なくなる。


「ネクさん――」

「――消えろ。目障りだ」

「あっ――」


 全身がはっきりと見えないそいつは、ローズの顔に触れると一瞬で彼女の姿を消し去った。


 恐らく転移魔法なのか……? それも無詠唱で発動させていた……只者じゃない。いや、人智を越えすぎている。


「ローズを……よくも……ッ」

「おや、初撃にしては強すぎたかな?」

「お前……誰だ……!」

「誰……こちらこそ貴様らは誰だといった感じだが」


 駄目だ……上手く魔法を使えない。必死に手のひらを向けても魔力をコントロール出来ない。


 殺される――俺がそう悟った直後、俺の突き出した手をハイノさんは掴んで小さく確実に呪文を唱えた。


「【霆「遘サ鬲疲ウ】」

「――ほう」


 視界がめちゃくちゃになる。そんでもって痛覚も嗅覚も何もかも奪われて、とうとう心まで消失してしまった。


 ***


 でもそれはほんの刹那的なもので、気付いたときには暗闇に二人、取り残されていた。


「……ここはどこだ……」

「…………」


 暗い……が、光は感じる。少し埃っぽく木の香りで満たされているし、学園内のどこかなのは間違いないだろう。


「ハイノさん大丈夫? 怪我は無い……?」

「…………」


 俺の声に呼応してハイノさんは首を縦に振る。良かった、意識はあるみたいだ。一方の俺は、まだ体中が痺れて動けない。


 それだけじゃない。俺の身体の上にハイノさんが乗っかっているせいもある。といっても、彼女も周りの物があるために身動きが取れないみたいだ。


「ねえ、ハイノさん。そういえばさっきのは……」

「…………」

「魔法……だよね? 俺には聞き取れなかったけど……」


 人の気配を感じない、さっきの奴にまた狙われるかもしれないが対策が取れないのだから質問をハイノさんにするくらいしか出来ない。


 聞きたいことが山積みだが、第一に聞かないといけないことは分かっている。彼女はさっき話したのだ。


「答えられるなら答えてほしい。さっき使ったのは……何?」

「…………」


 そう言うと彼女は俺の上で振り返って俺の目を見つめはじめた。


 普段ならマフラーで隠れている口元が今だけははっきりと見える。ピクリと口元が動き、喉を必死に動かして何かを言おうと。


「ハイノさん……」

「…………ぁ」


 彼女から掠れた声が漏れ出る。俺は耳を澄まして彼女の声を聞いた。


「………………」


 ネクと……同じ……?


 それでもまだ彼女の声が聞き取れず、つい表情に出てしまう。すると、ハイノさんは俺の耳に口を近づけて優しく囁いた。


 彼女の声を聞いた途端、全身が凍る。最初に出会ったときよりもお互いの胸の鼓動が激しく高鳴っていくのを感じていた。


「ネク。やっと会えた」

「ハイノ……」


 脳内で過去の記憶が蘇る。彼女との思い出。

 ハイノ・ネアリンガー。それが彼女の本来の名前。


「君は……ハイノなのか……?」

「……うん」


 今にも朽ちていきそうな声で彼女は答えた。


 俺は忘れない、あの日のことを。君は、誰なんだ。

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