第27話 死神は唐突に現れる
「鍵は開けたから、後はハイノさんが自分で忘れ物を探してね」
俺がそう言うと彼女は、少し戸惑った表情で見つめ返してくる。何かを伝えたそうだが、口を開いてくれないのでその目から何を考えているのか当ててみようと思う。
「……その顔は『どうしてあなたは中に入らないの?』ってことかな?」
「…………」
彼女は首を縦に振った。分かりやすい。
「俺は別に入ってもいいけど……皆の私物が多すぎるから遠慮させてもらってるんだよ。ごめんね」
「…………」
そう伝えるとハイノさんは「仕方ない」といった感じで視線を逸らして部室に中へと入っていく。
……ハイノさんと二人きりになるのはこれが初めてだな。
彼女に色々質問をするには良い機会かもしれない。前から気になっていたのだが、彼女の素性についてはマゼル先生に詳しく教えられていないのだ。
むしろ、俺達が彼女について知っていることなんてほとんど無いのではないか。
「あの、さ!」
俺は腹をくくりハイノさんに聞いてみることを決めた。
「…………」
再度、俺とハイノさんで合わせ合う。ちょっとだけ、彼女が不快にも不安にもならないような疑問を素直にぶつけてみようと口を開いたその瞬間だった。
「――サイレン?」
「…………!」
突如、学園中にけたたましい警報が鳴り響く。俺はすぐ辺りを見渡したが特に異変は無い。幸い、ここが警報の発端ではないみたいだ。
「ハイノさん、落ち着いてね。これは俺も……ちょっと聞いたことないけど!」
「…………」
「あ、紙……書くの速いね。えー……『空気が変わった』……。空気?」
次の瞬間、俺の目の前をハイノさんが風を切って走り出した。それと同時に俺の身体の重心も崩れる。
ハイノさんは頭上にクエスチョンを浮かべて呆然としていた俺の腕を掴んで来た道を戻り始めた。
「速いッ……もしかして教室に戻るってこと? それならちょっと待って……! 警報が鳴った原因を聞いてから動かないと危ないよ……!」
「…………」
「あっ……良かった。そろそろ分かるはずだから……」
ハイノさんが急減速してくれたのでタ何とか醜態を晒さずに済む。息を整えるように深呼吸してその時を待った。
すぐに、優しく穏やかな声で放送が流れ出した。
「『学園防衛システムが発令されました。学園内への不法侵入及び危険物の所持を確認、警戒レベル四となります。ヴェルヴェーヌ魔法学園の生徒・教師の皆様は直ちに避難と自衛をお願いします』」
「学園防衛システム……? なんだよ、それ」
俺はただ聞き覚えがない言葉に動揺して復唱することしか出来なかった。そんな中でも、隣にいる彼女は冷静に俺を見つめてくる。
「…………」
ハイノさんはまた俺の腕を握って教室に向かって走り出した。
「引っ張らなくても平気だよ! 俺も自分の足で走るから」
「…………」
半ば引き摺られながら走っていた俺だったのだが、ハイノさんは聞き分けの良いので俺の言葉を聞き入れて手を離してくれた。
「行くよ」
***
「――ハァハァ……やっとだ、結構距離あるね……」
若干息を切らしつつも俺とハイノさんは何とか自分達の教室の前に辿り着く。
俺達はここまでの道のりで誰ともすれ違わなかった。
つまり、誰一人慌てずに待機しているか侵入者にバレないようにこっそりと全員でまとまって逃げたということになる。
「マゼル先生もいるし心配する必要はないか……」
「…………!」
「え……俺の手を握ってどうしたの? ……『嫌な予感』でもする?」
「…………」
俺の質問に対してのハイノさんの答えは『はい』だった。
「開けるよ……」
扉に手を置いて、ゆっくりと中を除くように開けていく。教室には、誰もいなかった。
「あれ……消えた? もう避難したのか……?」
「…………」
俺はそっと息を呑む。机に散らかった筆記道具に目を配らせる。俺達が出ていく前と特別変わった様子はない。
「――おい、教室に誰かいるのか!」
「あ、ロウタス君!」
嬉々として俺は振り返ると、さっきの俺と同じように息を切らしたロウタスの姿があった。
彼に怪我はない。
「すまない。その場から行動しないのが安全だと分かっていたが飛ばされたリリエ達の安否がどうしても気になってな……」
「飛ばされた?」
「警報がなったとき、我々は教室に残っていたのだ。だが、放送に切り替わった途端、視界が眩み次々と周りの皆が消えていき、我が気が付いたときには一階の空き教室に
転移……? 飛ばされた……? それって例の不審者が俺達の教室に現れたってことだよな?
「とにかく、非常事態が起こっていることはさっきの警報に周知済みだろう。我々はここで待機するべきだ」
「そうだね……ハイノさんもそれでいいよね?」
「…………」
紫髪の隙間から顔を覗かせる赤い目。彼女の視線に迷いは無かった――
ガンッ!
――鈍い音が響いたその瞬間、彼女の表情は一瞬で恐怖へとすり替わる。
「……何の音だ」
ロウタス君もその異変に気が付く。音が聞こえた場所は教壇の裏側。俺達が入った後ろの入り口から程遠い。
「………………」
「大丈夫……?」
ハイノさんの手がぶるぶると震え始める。彼女は何かに怯えているみたいだ。
俺は震える彼女の手のひらを掴み返してお互いの心を何とか落ち着かせようとする。
「ロウタス君、大丈夫だからね……」
「ああ、我に任せろ」
一歩ずつ近づいていく度に、ハイノさんの『嫌な予感』が脳裏によぎる。消し去ろうとしても何度も浮かび上がって消し去ることが出来ない。
あと三歩で、物音の正体が分かる。その段階で、それから漂う悪臭に顔を逸らしたくなる。
「……ぐッ! あれ……この匂いは」
「……? どうした。我は何も分からないぞ、どんな匂いがするんだ」
「
俺がそう言うとロウタス君は目を丸くして慄然する。しかし、彼はすぐさま立ち直り俺とハイノさんよりも先に一歩進んで教壇の裏を覗いた。
「嘘だ、我は信じないからな……! 息を……してくれ……」
ロウタス君の言葉を聞いて俺は真っ青になり、握る手を強めて走ってそれの姿を視認する。
「…………」
「今朝まで……一緒にいたよな……」
身体を小さく丸めて生気を一切感じられない顔。背中から吹き出る大量の血痕。制服も張り裂けてグロテスクな肌が露出している。
まだ、思考が現実の景色に追いつけない。だけど、そんな猶予は俺達に与えられなかった。
「――『学園内への不法侵入及び危険物の所持に加えて生命反応消失、警戒レベル五に引き上げられます。これにより結界魔法が自動発動され、学園内外への出入り制限がかかります。ヴェルヴェーヌ魔法学園の生徒・教師の皆様は直ちに自衛をお願いします』」
「生命反応消失……」
それ以上の言葉は出てこなかった。俺達はただ呆然と小さな体を眺め続けることで精一杯になって、後からやって来た彼女の声すらも――気付けずに立ち尽くしていた。
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