第26話 非愛、告白前
「……きて。いえ……起きなさい。寝たふりしてんのはバレてるのよ」
……なんか、全身を揺さぶられている気がする。俺は一体何をして……。
「……なにこれ」
「何これじゃないでしょう!?」
目を開けると、目の前で怒りを顕にしたマゼル先生が立っていた。視線も何故かいつもより高い。
どうやら俺は部室内の柱に魔法で拘束されているようだ。
「まずね、あなた魔法を無断でまた使ったわね? 先生はね鼻が効くから分かるって言ったよね?」
「……はい。すみません」
「それとね、これはどういう状況?」
そう言ってマゼル先生は床に布団を敷いて眠っている彼女達を指差す。
うーん、どうやって誤魔化そうか。
「普通に暇だから俺が連れ込んだ……」
「は?」
罵声よりも先に凄まじい量の殺気を込めた威圧感に全身を襲われる。
いいんだ、これで……! 本当のことを言ったら、俺以外が大事になってしまう。
俺は出来るだけ表情を崩さないよう真剣な眼差しでマゼル先生を見つめ続けた。
すると、軽く溜息を吐いてマゼル先生は口をゆっくりと開いて囁いた。
「あのねえ、朝から言うことじゃないでしょうが。意味の分からない嘘を吐かないで。この毛布は寮の物なのよ」
「……」
「悔しいのは分かるわよ。だからってやましいことは勝手にやっちゃだめ。いつも教えてることでしょう」
宙に浮いていた身体をゆっくりと下ろされ、気が付くと俺はマゼル先生に優しく諭されていた。
そしてその声に反応して周りも続々と目を覚まし始める。
「あれ……先生ぇ? お、おはようございます!」
「ベルセリアちゃん、このバカに何もされなかったわよね?」
「はい! ネクさんは誰よりも早く眠ってました! 素晴らしい寝顔でしたよ!」
「そう……とりあえず起きたら着替える。今日は普通に授業するから八時までに教室集合宜しくね。先生は先に行くから」
そう言ってマゼル先生は寝ぼけ眼を擦っている俺達を置いて部室から消えていった。
残った俺とローズは目を合わせて、まだ眠りについている彼女達をひとりひとり揺すって起こしていくことにした。
「ナイラさーん、起きてくださーい!」
「おーいセレス君起きて。ハイノさんも……」
「…………」
ハイノさんだけは、俺が肩に触れただけで目を覚ました。
だが、他の皆に触れても誰も目を覚まさない。普段通りじゃない場所で寝るのには慣れていないのかな。
そして何度も何度も皆を揺さぶるうちに、俺はあることに気付いた。
「もしかして催眠魔法が……かかってる?」
「ええっ!? おかしいですね……誰が使ったんでしょうか……」
「…………」
……寝てる間にかけちゃったのかな……? いや、そんな訳ないよな。
俺は寝ているセレス君の顔に手を近付けて、そっと【催眠】を解いてみる。
「……んぁ……あれぇ……? 僕ぅ……おはようっ……ネク君っ……」
「おはよう。今日は忙しいよ! 他の皆を起こすの手伝って!」
「えぇ……? 分かったあ……」
セレス君の他に眠っていたのは、サクラモチさんとリリエ、そしてナイラさんの四名だ。
――思えば、この時に気付いていれば助けられたのかもしれない。
いや、この時に気付かなければいけなかったんだ。これが俺達に襲い掛かる運命の
「皆さん寝ぼけてる暇はありませんよ! 教室にゴー! ですよ!」
「朝からテンション高いわねぇ……ほら、サクラモチも自分で歩いてよ」
「うっうっ……ごめんなさい……私、朝は弱くてぇ……」
「ネク……コネクター。もしかしてあなたが……いえ、今はいいわ。遅刻はしたくないからね」
――この日から、俺達の学園は姿を変えた。希望から絶望へ。まるで地獄に連れて行かれたような、そんな最悪で憂鬱な気分だ。
「片付けとかは放課後でいいから急ごう。俺が鍵とか締めるから早く早く!」
小窓越しに見える室内を眺めて、俺は忘れ物がないかを確認する。
「よし。問題ないな」
そうして俺達は部室を後にした。俺らの中で一人、二度と帰れないとも知らずに。
***
「――以上だ。このページまでがテスト範囲だからなー。時間はあるからちゃんと復習するように!」
何とか授業が終わった……。こうやって言葉を並べられたら流石に疲れるな。
一旦心を落ち着かせるために隣のローズに視線を動かす。
案の定、彼女は教科書とにらめっこしながら顔を曇らせていた。
「えっと……ローズ? どこか分からない所でもあった?」
「あ、助けてください! ここの『禁断の魔術』の部分ですけど、三つですよね? あと一個が分からなくて」
教科書に視線を落とすと、『禁断の魔術』と書かれた文字に下線が引かれている。そこにはローズの筆跡で赤く【聖域】と【腐食】と書かれていた。
「残り一つは〈天属性〉の【
「ええっ! 怖いですね……やっぱり魔法って、改めて考えると結構危ないですよね……!」
「だね。こんな風に勉強してたら感覚が麻痺しそうになるけど、俺の所じゃ『魔法は呪いだ。自然の力ではない』とか年寄り達が言っちゃってて誰も使えなかったし」
そういえば、〈天属性〉の使い手はヴェルヴェーヌ学園でも直近五年間は輩出すらしていない。
天才や秀才揃いのここですら見かけることがないのだから、この事件が起こった当時も死体を発見するのに難儀しただろうな。
いや……珍しすぎるからこそ素性を隠そうとするのかな。
「あっあのぉ……僕ぅ……相談したいことがあるんですぅ……」
「セレス君も分からない所ありますよね! 私も教えられる所あるかも〜!」
続々と俺達の周りにクラスメイトが集まり出す。あのロウタス君でさえも教科書を持ち込んで俺に疑問を投げかけてきたりと、一体皆に何が起きているんだか。
「おーいい感じに捗ってるね。担任としては素直に安心出来るね」
「当然ですけどね。俺達は真面目な優等生クラスなんですから」
「よく言うわね、退学になりかけた時は泣きついてきたのに」
軽口を叩きつつも、結構鋭い言葉を投げかけるマゼル先生だったが、表情は今まで一度も見せたことない程の笑顔だった。
「…………」
「……ハイノさん?」
右腕に何かが当たる感触があり、振り向くと少し気まずそうに俺を見つめるハイノさんが一枚の紙を持って立っていた。
「…………」
彼女が無言でそれを差し出してきたので、俺はそこに書かれた内容を確認する。
――部屋に忘れ物をした。一緒についてきてほしい。
「あ、ごめん。俺とハイノさんは一旦抜けるから俺達抜きで頑張って!」
「……あら? あなた達どこへ行くの? まだ授業中だけど」
俺を引き留めようとするマゼル先生にさっき貰った紙を見せて目的を伝える。すると、マゼル先生は納得した様子で許してくれた。
「まあいいわ。道草食わないで真っ直ぐ帰ってきなさいね」
「分かってますよ! 急いで行くよ、ハイノさん」
俺は彼女の手を掴んで早足で教室を飛び出す。ハイノさんも、一切息も切らさずに俺についてくる。
――歴史に残る最低最悪の事件まで残り数十分。これが本当に最後のチャンスだったということを、まだ彼は知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます