第25話 お泊り会、不穏。ハニトラの乱
「ハイちゃ〜〜ん! かわいい〜っ!」
「…………」
「ローズさん、ハイノさんがむすってしてますよ……! や、やめといた方が……」
嫌がるハイノの頬に自分の顔を擦り続けるローズと、それを焦りながら止めようとするサクラモチの三者三様の行動を見ている。それだけでもう俺は胸焼けしそうだ。
この夜俺の部室に集まったのは朝にいたロウタス君を除いた六人で、現在進行系で部室を彼女達によって荒らしに荒らされまくっている。
この部屋での宿泊許可を得ていることを理由に好き放題し過ぎだろ……。
「ネク・コネクター、あなたのその間抜けな表情は何?」
「呆れというか……驚いているんだよ。もう外も暗いし本当に泊まる気なんだね……?」
「当たり前よ! 見なさいよッ私達の格好を! どう見ても部屋着でしょうッ!?」
リリエの言う通り、たしかに彼女達は身軽で質素な衣服を纏っていた。
無地の生地もいれば、薄い桃色に小さなリボンが付いていたり花柄模様に包まれていたりと同じ学園の生徒であっても身分の違いがあることを嫌でも思い知らされる。
一方で俺はと言うと、今俺が持っている服は制服の二着しかない。だから個性的な服を持っているのが少し羨ましかったりする。
「あとさ……女子会みたいな感じで遊んでるけど、俺もいるよ?」
「ぼ、僕もぉいるよぉ……」
「私は気にしませんよ! だってネクさんとセレス
「三大って大袈裟すぎない? そもそもあと一人誰よ?」
「はぁッ!? そんなのッロウタスに決まってるじゃないッ!? リリエが誘っても『我は夜に鍛えると決めている』とか言って……断られたけど……ッ!!」
「ギ、ギルバートさんとかも優しいですよ……? 昨日、初めて会った私にも笑顔で接してくれましたし……」
そして、流れるように話は恋話へと移り変わって行った。まあ、彼女達の好きな人は大体把握済みだけど。
リリエは勿論ロウタス君のことが好きだし、サクラモチさんもギルバート君のことを気にかかっている様子だったな。
セレス君とナイラさんだって誰とは言っていないけど何となく予想が付くし。
だけど……俺はまだローズの好きな人が分からない。
「ローズ――」
「――しっかし! リリエ達がこうやってここに居られるのも、先生が全然学園にいないからなんてね……」
「あっ……」
ローズに話しかけようとした所をリリエに遮られて、思わず小さな声が漏れ出る。だが、それに気付く人もおらずリリエはそのまま話を続けた。
「巷じゃ『世紀の大犯罪者』が暴れまくってるというのも影響してるのかしら? ナイラはどう思う?」
「私ですか。事件の内容までは知りませんが……母からは凶悪、連続殺人鬼だと聞いています」
「……怖いなぁ……」
「ふふふ、セレス・マルティエル君。あなたが怯える必要はありませんよ。ただ……こんなにも慌ただしいのは、きっとこの人が『ここの卒業生だったから』というのもあると思うわ」
……珍しく皆の表情が険しい。『世紀の大犯罪者』なんて響きは最近聞いたような……無いような……。
『世紀の大犯罪者』について、ナイラさんはまだまだ語り続ける。
「よくある話かもしれません。学業だけなら優秀、それどころか歴代最高傑作だと崇められるような存在だったそうよ」
「なるほどね。俺は田舎育ちだから全く知らなかったよ」
「ええッ!? 意外〜ッ! この噂話もう数年前からあるはずよ? リリエに負けてるわよ、常識が!」
常識、そんなに有名な人物だったのか。
あんなクソ田舎に伝わらないのは仕方ないとして、最近になって再び話題になるような事件を起こしたんだろうな。俺は学園から殆ど出ないから知らなかったが。
「まあ、そんな人とは関わりつもりなんて毛頭ないから、どうでもいいかな」
ちろっと本音を零すとすぐにリリエが俺の顔を見てニヤリとしながら呟いた。
「ちなみに、得意な魔法は〈魔属性〉だったらしいわよ?」
「……え?」
魔属性かあ。魔属性、そうなんだ、俺と同じねえ……。
「……んぁ」
うめき声にも近い第一声の後に続いた言葉は、自分でも驚くほど単純な台詞だった。
「だから〈魔属性〉は嫌われてたの……っ?」
「アハハハっ! そうかもよ〜?」
「ちょっとリリエさん! ネクさんは嫌われていませんよ!」
すかさずローズが俺を庇う。彼女からしたら俺が可哀想に思えたのかもしれないが、俺の中では一つ疑問が解決されていた。
「どうりで先輩達の反応が良くない訳だ。久方ぶりの〈魔属性〉が得意、それも特待生だから……昔からいる先生なんかは俺を避けてもしょうがないね」
「まあ担任は全然避ける気配もないし、そういうことなんだろうね〜、残念ね不人気さん」
「もぉ〜う! リリエさん、失礼すぎますよ! ネクさんに嫉妬してるんですか!?」
「……はぁ〜ッ!? ムカつく〜! 泣かされたいの!」
「えっ!? って……」
「おらおらぁ〜っ!」
「ふ、あははは〜くすぐったいですー!」
そう言うとリリエは顔を真っ赤にしてローズに飛びかかり全身をくすぐり始める。
いつものリリエなら怒りそうなもんだが、両者ともに泣いたりするどころか、むしろ素敵な笑顔を浮かべていた。
いつの間に……皆俺よりも親しくなってるな。いい事だけど! 少し、悲しい。
「あれ、話してる途中だったけど……まあいいわね。……そういえばあなた達はさっきから何をしているの?」
話を打ち切られて、少し悲しそうにサクラモチとセレス君へナイラさんが話を振る。彼女が指を差したのは、二人の手元にある見慣れた本についてだ。
「あっ、これはですね……旅行の最終日にテストがあるって聞いてセレスさんとテスト勉強をやろうよって持ってきてたんです」
「僕とサクラモチさんはぁ……ちょっとだけ勉強が出来ないっからぁ……」
「……! なに、二人ともそんなことで困ってたの? いち早くリリエに相談するべきだったわね。リリエにも見せなさい」
半ば強制的にリリエが二人の間に割って入り、スラスラと問題を解いていく。
この三人も対抗行事の前までは一切絡みがなかったのに、気付いたら仲良くなってて嬉しくなってきた。
「よし、俺はそろそろ寝るね。勉強会頑張ってね……」
「え? なんでネクは勉強しないの? あなたが一番やばいでしょ、どう考えても」
「ふっふっふっ……リリエさんは知らないんですね。ネクさんはめちゃくちゃ勉強してるんですよ〜! ナイラさんの次に賢いです!」
賢いと言われたらそうかもしれないな。実際、入学するまでに必修科目は全て詰め込んできた訳だし。
案の定、ほぼ全員が俺の方を向いて唖然としていた。
まあ田舎者だし? 素朴で馬鹿っぽい見た目をしてるし? 偏見があるのは仕方ないし!?
「ごめんもう寝るね……」
「あ……ごめんねぇ……意外だったんだぁ……」
「……あの! 私は、いつもネクさんのこと尊敬してますよ……!」
勉強する二人が優しく庇ってくれたがもう遅い。俺のメンタルは既に破壊されている。
不貞寝をしようと決めた俺は枕に顔を埋めて出来るだけ意識を飛ばすことに専念した。
「…………」
朦朧となる意識の中、彼女の呼吸だけが俺の耳に届く。
「…………き」
疲れ切った全身のせいか誰の声なのか分からないまま俺の意識は暗闇へと落っこちていった。
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