第23話 乙女の恋心は難しい

「あなたのお陰で告白が成功しました! ありがとう!」

「良かったです。あと、良かったら噂程度で良いので皆に俺の名前と活動名を広めてください」


 俺がそう伝えると二年の先輩はとても嬉しそうに駆け足で部室を飛び出していった。


 現在、先日の競争で勝ったクラスの生徒は超一等地にあるリゾート地で六泊七日の旅行を楽しんでいる。


 今の先輩は俺達と同じ居残り組なのだが、数日前に相談を受けて俺達が告白の協力を水面下で行った甲斐もあり無事成功したらしい。


「今日も順調ですね! 二十件近く解決してませんか!? ネクさん流石です!」

「えっと……ローズ達のお陰だよ。一人でやれる量を途中から超えてたし……」

「へーすっごいなぁ〜……尊敬だよぉ……」

「ふぅん。リリエの想像よりも頑張ってるのね。中々やるじゃない」

「…………」

「あの……三人は何しに来たの?」


 俺の言葉への返答はローズからじゃなく、代わりに何故か部室に残っているリリエとセレス君、そして転校生の三人からだ。


 クラスによって授業の進行度が異なると学園側も困るようで、残された俺達はとりあえず登校して後は授業も無く学園に放置されているため非常に暇である。


 転校生のハイノはともかく、他の二人がいるとこれから予定している恋愛相談をめちゃくちゃにされてしまう。だけど、彼らの機嫌を損ねずに払いのける言葉が見つからない。


 すると今度は俺の代わりにローズが間髪入れず二人に言葉を繋げた。


「いえいえ! ネクさんは照れ屋さんなのでお二人は気にしないでください! どうせなら、私達のお手伝いをしてほしいくらいです!」

「面白そうね! こんな暇でしかない七日間を潰せるなら遠慮なく混ざらせてほしいわ」

「ぼ、僕もぉ……手伝えることがあったら手伝うよぉ……」

「…………」


 一人壁に持たれていたハイノは無言のまま俺の隣まで歩み寄り、太ももにある手を握って頷いた。

 要するに自分も何かを手伝いたい……といったところなんだろうか。


「じゃあ、お願いするよ。だけど、次来るのは三年だけど皆は平気?」

「当たり前よ。いちいち先輩だからってびびらないわ。なんならもう勝手に結成してもいいわよ? リリエ達は恋愛成就部なんだって」

「それぇ……いいね……」

「…………」


 いつになく皆が乗り気なので俺が口出しをしない方がいいと判断し、適当に首を振ってその場を凌いだ。


 それにしても、俺が恋愛成就請負人として活動を始めてからそこまで立っていないのにここまで打ち解けられるなんて思ってもいなかったな。これも俺がめげないで進んだ結果か。


 雑談をして数分間先輩が来るのを待っていると、予定通り時計が九時を指すと同時に部室の扉が開かれ相談者がやってきた。


「何とか間に合った! ネクくーん悩み聞いてくれよ……って今日もハーレム空間築いてるんだねえ!」

「……ラグナ先輩、またそんなこと言ってたら誤解を生むじゃないですか。それでプルシャ先輩の時はまあまあ大事になったんですから」

「うぅ……僕はぁ男だよぉ……」


 相も変わらずラグナ先輩は浮かれたテンションで俺の真正面の椅子に座り、早速相談を持ちかけてきた。


「そうそう、あの時に本当は話しそうと思ってたんだけどさあ。ちょうどメルシー達のクラスに負けてしまって暇だったからさー昨日速攻で伝えといて正解だったよ!」

「はい」


 ラグナ・アトロポス先輩はお人好しな性格も含めて、かなり異性からの人気が高い。そんな先輩からの依頼は少し緊張するが、こっちには四人も仲間がいるんだ。どうにかしてやる。


「で、その内容なんだけど……友達の話になるけどいいよね?」

「友達……あー、いいですよ」

「え! 友達の話なんですか! それって――」

「――シーッ! ローズッ!? 口を挟まないで話を聞きくのよッ!」


 事態を察したリリエがローズの口に無理矢理手を押し当てて彼女を黙らせる。


 恋愛相談に『友達の話』を話してくるのはわりとよくある話なのだから、ローズもリリエもそこまで焦らなくていいと思うんだけどな。


 まあ、大抵が自分の話な訳なのだが。


 ラグナ先輩はいつになく真剣な表情で話を始めた。


「その友達が言ってたんだけど、一年の時から好きな人が自分の好意に気付いてくれないらしくて、どうしたらその人が振り向いてくれるのか知りたいんだって」

「友達はどんな所が好きか言ってました?」

「えーっと……言ってたな。性格が明るくて笑うと可愛い……らしいよ。俺は……分かんないけどね!」


 そう言うとラグナ先輩は照れくさそうに笑い、俺達の顔に目を配り小声で言葉を続けた。


「ほら……俺って少し間が悪い奴じゃん……。だから、俺以外からのアドバイスを貰いたくってさ」

「ふんっ、その悩み簡単ね。リリエに任せなさい!」


 意気揚々と自信ありげにリリエは立ち上がり、先輩を見下ろすように彼女は言う。


「そうね、彼にはさりげないアプローチを徹底するようにと伝えた方がいいと思うわ! 自分から行動しないから相手に振り向いてもらえないのよ、バカね」

「なんか俺に当たり強くない? 一応年上なんだけどな……」

「年齢なんて関係ないわ。そう、年齢も階級も恋の前では無力……! うじうじしてないでパッパッとやっちゃえばいいのよ」


 あー始まっちゃったな、リリエ劇場が。


 これは俺が最近気付いたことなのだが、リリエは自分の考えを話すとき無意識の内に周りが見えなくなり、相手が目上の人であってもズカズカと心に踏み込んでしまうのだ。


 リリエはラグナ先輩の両肩を掴み、呪文のように言葉を囁き始める。やばすぎる彼女の様子にローズもセレス君も震えながら見守ることしか出来なくなってしまった。


 俺は……正直見ていて面白いのでもう少し観察を続けようと思う。


「……覚悟は決まった? なんならリリエが後押ししてもいいわよ?」

「えーっと……はは、ネクくんの友達って変わった人が多いんだね。親身になってくれるのは嬉しいけどねえ!」

「ナイラさんそっくりだな……」


 口からつい思ってしまった言葉が溢れる。それを彼女が聞きのがす訳もなく、俺の顔面を見て睨んでくる。


「それってどういうことッ!? リリエがあんな真面目ちゃんに見えるって言いたいのッ!? それも……ありかもしれないけどッ!」

「……僕はもう少しだけぇ……ラグナ先輩の話を聞いた方がぁいいって思うよぉ……」

「あ、私もです! リリエさん! ラグナさんから全部打ち明けてもらいましょう! さあ! 腹の内を見せなさい!」

「…………」


 三人の怒涛の詰め寄りに困惑した表情を見せたラグナ先輩だったが、観念した様に口を開いた。


「いやまあ、俺もそれ以上はな……プライベートの範疇を超えちゃうというか」

「…………」

「あ……ハイノさん?」


 俺達がふざけ合っている間、ハイノは懐から取り出したメモ帳を取り出してそっと机の上に置いて、俺達に無言で主張する。


 そこに書かれていた内容を俺は読み上げる。


「『女の子は言うより言われたい』……ハ、ハイノさん?」


 なんてこった、彼女までボケ始めるのかよ。いよいよ収集がつかなくなるぞ!?


「ええっと……俺の相談真面目に乗ってくれるよね? ふざけてないよねえ?」

「さっきからリリエはずっと真剣よッ!」

「いや〜ははっ、ちょっとさあ……」


 なんで若干照れてるんだよこの人。というか勿体ぶってるせいで全く事情が分からない!

 悪い意味でナイラさんを思い出すな……。


「ラグナ先輩。ちょっと……俺の目を見てくれませんか。ほら、俺って恋愛相談じゃなくて叶えることがメインじゃないですか。これ、結構大事なステップなんです」


 何となく違和感を感じ取った俺はラグナ先輩に俺の目を見つめてもらう。人が良いラグナ先輩は簡単に誘導され、お互いに見つめ合った。


「……あ……れ……」


 すると、ラグナ先輩の身体から力が抜けて虚ろな目で俺をただ眺め始めた。俺の魔法で彼はすぐに堕ちた。


「……ちょっと、ネクッ!? これ、絶対【催眠ヒプノティズム】使ったでしょッ!?」

「うん。だけど大丈夫だから。怪我も後遺症も残らない範囲で済ませるから」

「ネクさん……今回こそは隠蔽しましょう!」

「ローズまで……! リリエは悪事に加担するつもりないからねッ!?」

「僕は……巻き込まれたくないからぁ……お口チャック……」

「…………」


 ともかく、これから俺はラグナ先輩に全てを聞き出さなければならない。一言目は丁寧に行こう。


「あなたの好きな人は誰だ」

「いいいいいきなりいくのねッ!?」

「好きな人……?」

「……え?」


 軽快なツッコミがリリエから飛び出したが、ラグナ先輩からはそれ以上の言葉は飛び出して来なかった。


 質問の仕方が悪いのか? いや、だけど、ギルバート君の時はするりと言ってくれたのに……どうしてなんだ?


 そこでハッと俺は気が付く。


「その友人の名前とあなたとの関係性は何ですか?」

「ちょっと……あなたって察し悪いわね。どう考えても本人の話じゃ――」

「ソプラ・デュランダル……それが彼女の名前だ……」

「えええッ!? あの特待生のッー!?」


 ソプラ・デュランダル……彼女はメルシー先輩と同じ特待生の中の一人。言われてみれば、ソプラ先輩とラグナ先輩の仲は結構良かった気がする。


「ソプラは俺の幼馴染なんだ。お互いの家の関係でまあ……ここまで一緒に歩んできた。だからこそ俺を信用して相談してくれたんだろう」

「ちょっと待ってください! 私からも聞かせてください! ソプラ先輩が言う好きな人の特徴は何ですか!?」

「性格が明るくて、笑うと可愛らしい……あとは、期待を裏切らないって言ってた」


 ……それって……


「あなたのことじゃないッ!?」

「結婚だ……もう結婚するしかないよ!」

「物語みたいだあ……」

「…………」

「ラグナ先輩、もう行っちゃいましょう。サポートは俺達に任せてください」


 俺はラグナ先輩にかけた魔法を解除し、先輩の返答を待った。


「やっぱり、後輩を信じて良かったよ」


 完全に目を覚ましたラグナ先輩は、多少照れながらもはにかんで一言そう言った。

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