第21話 競争全編(後編)〜俺と僕の信頼勝負〜

 中央広場の空気は外の空気ともまた違う、異質で冷たい空気を纏っていた。心の準備は済ませてきたというのに、それでもまだ緊張している。


 あと三十分で全てが決まる。大半の障害物がここにあるんだ。残る相手はギルバート君ただ一人。何とかしてサクラモチと合流しないと……。


「……ギルバート君はどこのゲートから入ったんだ?」


 そこで、ふとあることを思い出した。俺が入ってきたのは西ゲート、サクラモチが入ってきたのは恐らく西ゲートか南ゲート。

 なら、ギルバート君はどこからだ?


 普通に行けば北ゲートからだろう。だったらまだ二人は接敵していなくてもおかしくない。近くに障害物が残っていないか探してみよう。


 近くに障害物が残っていないか、【魔眼】をもう一度発動して見渡すとまだ周囲に五個も残っていることが分かった。


 つまりギルバート君は北ゲート、サクラモチは南ゲートから入ってきたのだ。五つの的は〈魔属性〉を含めた複数の属性があることからその可能性は非常に高い。


「思ってたよりも〈魔属性〉が多いな……俺が出る前提で設置されてるなぁ……」

「てか、せっかく召喚してた悪魔じゃ一つも見つけられなかったな。二匹とも今は俺の周りに付けとくか」


悪魔召喚デビル・サモン】で召喚した悪魔達の自陣の障害物探しという命令を俺の警備に変え、二匹が俺の所に到着するのを待つ。


 その間に俺は一つずつ見える障害物を破壊していく。それとの同時進行でサクラモチを探すために歩き回り続けると、誰かが歩く足音が聞こえ始めた。


「サクラモチさん!」

「ネクさん! ……探しましたよ。あとあの、道を辿ってるうちにもう十個くらいは壊せました。残り二十分くらいですけど、頑張りましょう」


 サクラモチの話によるとどうやらとっくのとうにここにいたようで、まだギルバート君とも遭遇していないようだった。


「あの、ネクさんの目ってそんな色でしたっけ?」

「目……? ああ、今魔法を使って視力を良くしてたんだ。最近覚えたんだけどね、何とか二十分は持つと思うから安心してよ」

「ならいいですけど……あっ」


 いきなりサクラモチが黙ったことで俺は全てを悟った。見なくても分かる、俺達のすぐそばで立っている彼が誰なのかは。


「ここには障害物が三十一個もあるらしいね。あと何個残っているか確認したくてね、ここまで来たんだよ。ネク君」

「……俺は五個破壊した。こっちのは十個は壊してるよ」


 俺は見せつけるようにサクラモチに両手を向けると、ギルバート君も彼女の方を向いて分かりやすく反応を見せる。


「……一組にそんな子がいたんだね。僕は今初めて知った。わざわざネク君がアピールするってことは、そういうことなんだよね?」


 流石、ギルバート君。俺の目論見は全てバレているみたいだ。だからさっきから君は俺と一度も目を合わせてくれないのか。


「サクラモチさんはね、少し引っ込み思案だけど必ず他人に手を差し伸べてくれるんだ! 誰かのために必死になれて、諦めない良い人なんだぞ! あと、可愛いんだ! ギルバート君も……そう思うよね」

「な、何言ってるんですか!? ネクさん!?」


 そこまで黙って聞いていたギルバート君は、分かりやすい笑顔を作って苦笑した。


「お見合いじゃないんだからさ……けど、僕もその子は素敵だと思うよ。だからこの話は僕らが勝ってから話そうよ」


 そう言ってギルバート君は僕達に背を向ける。最後に一言言い残して残りの障害物を探しに行った。


「あと、どっちが先に見つけられるかな?」


 あと一つ。それが何を意味しているか、既に俺は何となく察していた。だけど、ここで諦めてしまっては今後の相談件数が減ってしまう。


「……最後の一つ、俺には見えたよ。サクラモチさん俺について来て!」

「わ、分かりました! やるんですね!」


 サクラモチはコクリと首を縦に振り、事前に立てた作戦通りに俺達は動き始めた。


「ギルバート君! 言っておくけど俺達も最後の障害物の位置は把握してるからね!」

「ネクさん、いきます! 裏取ります!」


 ギルバート君にも聞こえるように、広場全体に響くように大声を上げてサクラモチは全く別方向に走り去っていく。これも作戦通り。


「ふふっ、ネク君も体力付いたね。でも僕について来て平気?」

「『僕と戦うことになるよ』……って言いたいのかな? 悪いけどこれ以外俺が勝つ方法はないんだよ。サクラモチさんが見つけてくれるかもしれないしね」

「……ネク君には見える? もうすぐ、終わりを迎えることになるね」


【魔眼】で捉えた的の部分に書かれている文章に俺は驚いた。〈全属性〉対象――つまり、誰の魔法でも破壊出来る。


「……あと十メートル先に進めば、魔法は有効になる……」


 気が付くと俺とギルバート君は、障害物が肉眼で捉えられる距離まで近づいていた。俺達を邪魔する物は何もない。


 結局、特待生同士の誇りをかけた勝負に帰結する。これが俺達一組が賭けた唯一の勝ち筋なんだ。だから、絶対に俺は引けない。


「後少しでネク君に勝てる……ッ! 【風――」


 まずい、俺よりもギルバート君の方が僅かに一歩早い。この距離から俺が魔法を使ったところでまだ有効距離には届いておらず、無意味になる。が、彼の手から魔法が放たれる直前に、誰かの手が被さった。


「――させません!」


 さっきまで姿を消していたサクラモチさんが俺達の前に現れた。

 ――俺はよくギルバート君に舐められないようにわざとらしく余裕を見せていることが多々ある。

 勿論それにギルバート君も気付いているだろう。


 だからこそ、敢えてそれを俺達は利用してやった。


「くッ……!」


 間違いなく、この瞬間に俺は価値を確信したように見えただろう。そんな一瞬の綻びをギルバート君は見逃さない。


 サクラモチの図体に飛びかかられたギルバート君は、予想外の動きに対応出来ず、両手を握りつぶされて倒される――と思われたが、彼は咄嗟に余裕そうな表情で俺の方を向き口を開いた。


「【風殺フウサツ】」

「うっ!」

「きゃっ」


 直後、俺の体は宙を舞い、サクラモチの全身が風を纏ったギルバート君によって包まれてしまう。これでサクラモチは彼を抑えることが不可能になった。


 既に俺は障害物とは違う方向に投げ飛ばされかけている。ここまでは


俺は懐からひと粒の錠剤を取り出した。


「それは……ネク君、本気なのかい?」

「ああ。今回こそ退学になるかもね。だけど、絶対にギルバート君! ……君だけには勝ちたいんだよ」

「……いいよ。【風塵フウジン】……!」


 いつかの課外授業の時に買っていた詠唱記憶飴を、俺は口元まで運んで、一気に飲み込んだ。


 ギルバート君はこれから繰り出される攻撃にほんの一瞬だけ身構えた。そして俺に向けて魔法を放った。


 その隙を俺達が見逃すと思っているのかい?


「【風殺返し】! ネクさん、今です!」


 自分を包んでいた風を彼女はそれと同じ魔法を使って相殺し、俺の身体にかかった魔法も解除するとほぼ同時に俺は障害物へ魔法を唱える。


「俺達の勝ちだ!」


 俺の歓喜の声とともに史上最悪の魔法が障害物を貫き、会場全体にスピーカーの声が響き渡った。


「『――全ての障害物が破壊されたため、クラス対抗障害物破壊競争を終了する! 結果は今朝集合したゲート前で伝えるので参加した生徒も、観戦していた生徒もそこに集合しなさい』」

「……終わった」


 しばらくの間、俺達の中で長い沈黙が流れる。ようやくゲームが終わった安堵感や現実に戻ってきたような喪失感もあるが、俺はそれ以上に疲労が酷く、一人で立っていられないほど疲れきっていたのもあるだろう。


 そんなヘトヘトになりきった俺に向かって、ギルバート君は尋ねてくる。


「どうして僕に魔法を撃たなかったのかな」


 日差しに照らされてより眩く光る金色の髪の隙間から彼の鋭い瞳が俺を刺す。

 彼の瞳を見ながら俺は迷い無く告げた。


「俺はギルバート君を信じたからだよ。競争を諦めて君と戦う……それがネク・コネクターなんだって、ギルバート君なら絶対に知ってるはずだから。だから、俺も君を信じてそのまま障害物を狙ったんだ」

「……なるほどね」


 ギルバート君の睨むような目つきが俺の発言を聞いて若干緩まった。だけどもまだ、納得しきれない様子でもう一度質問をしてくる。


「……それでも僕はね、驚いたよ。ネク君がその飴を使わないとは思わなかった。それって『詠唱記憶飴』だよね。君が飲み込んだ飴にはどの魔法を吸収させたのかな」

「俺はこれに何も吸収させてないよ。学園行事でドーピングなんて使ったら一発で退学になってしまうからね」


 俺がそう言うとギルバート君は険しい顔から困惑したような表情に変わり、腹を抱えて笑いだした。


「はははっ。たしかに、そっちの方がネク君らしいね。僕は君よりも君の事を理解しているつもりでいたけど、驕りすぎだった」

「そんなことないよ、ギルバート君は凄い。ただ……」


 俺は間髪入れずに、側にいる二人に声をかける。


「とにかく肩を貸してくれないかな? ちょっと限界で動けなくてさ。あと色んな意味で凄く臭うと思うけど気にしないでほしい」

「ネクさん……」

「あ……ギルバート君、丁度いいやこの子がサクラモチさんって言うんだけど……すっごく素敵な人なんだよ」

「……案外余裕があるね、ネク君。まあいいよ、僕も彼女が気になってたんだ」


 俺はギルバート君とサクラモチさんに支えられて会場を後にする。待ち構えているのは結果のみ。何となく結果は分かっている。


 だけど、俺達にあるのはそれだけじゃないと思うから。たとえ――これが最後の平穏であったとしても。

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