第20話 競争全編(中編)〜ツンデレ少女とヤンデレ少年〜

「はぁはぁ……久しぶりの全力疾走は結構……きついな」


 雑木林の中を必死になって走り、何とか障害物の姿が見えたことで安心しきった俺は息を整えていた。セレス君が言っていた通り複数の的が並んでいる。大当たり。


 肝心なのはこの的に書かれていることだが……俺は丁寧に一つ一つ目を通していく。こちらも思惑通り書かれている属性はことごとく〈魔属性〉以外の属性ばかりだった。


「六つあるけど〈魔属性〉だけハブられてる……ロウタス君! 少し時間かかるかも!」


 ヴェルヴェーヌ魔法学園の特待生をやらせてもらっているが、〈魔属性〉以外の成績ははっきりいって平均未満だ。

 ただ最近の座学とマゼル先生直々の鍛錬の成果で少しずつ扱えるようにはなってきている。


「天聖風火土水魔! 天聖風火土水魔ッ! 性質が近い〈水属性〉から破壊していくか……水泡スイホウッッ!! 土流ドリュウッッ! 発火ハッカッッ! 風塵フウジン……神聖シンセイ……ッ!」


 順番に授業で習った魔法を唱えていき、一枚あたり一分かけていくことで、何とか五枚は破壊することに成功した。入学したばかりの俺、何なら請負人になるまではこれすらも破壊できなかったであろう。


「これも成長なのかな……? さて、最後だ……〈天属性〉は……魔法とかまだ習ってないんだけど。ってことは……ただ当てたらいいのか?」


 色んな属性がある中で〈天属性〉は特に異質を極めている。使うだけで引かれる程度の〈魔属性〉と比べても物珍しさは桁違いだし、実力者として挙げられるような人も歴史に名を残すような者しかいない。


 どこまで行っても〈天属性〉は世界の中心で、どこまで行っても〈魔属性〉は世界の末端。

 ……と、そう世間では言われているらしい。


 邪念を脳に浮かべつつ残った的に手を触れて〈天属性〉の魔力を送り込む。的はじわじわと面している部分から溶け出して燃えカスすら残らず消えていった。


「ここの六つとさっき俺が壊した奴とリリエ達が破壊した奴で八つ目、まだ二十分くらいだろうし悪くないペースかな。ロウタス君、セレス君達はどうなってる?」


 しかし、耳の無線機に手を当てて声を飛ばしてみても向こうからの反応は無い。さっきまではしっかり届いていたはずなのに。


「……故障? 走る前は使えたのに」


 まさか、汗で壊れただなんて言わないよな。事前に召喚していた悪魔にも意識を回しつつ、自然に治るのを待っていると、乱れたノイズが走った直後に通信は回復した。


「『……セレス!? 聞こえる?』」

「ネクだけど、聞こえる。もしかしてそっちも通信出来なくなってた?」

「『あの、私達でも試してみてたんですが駄目になってました。……セレスさんの声だけ、聞こえません……』」

「セレス君……」


 ただ、風邪を切る音しか聞こえない。セレス君の呼吸音すら無線に乗っかっていない。そもそもこのままロウタス君と連絡が取れなかったら圧倒的に不利すぎる……。


「『……え? あなたは……《何故かニア》?』」


 一瞬、怯えるリリエの声が聞こえたかと思うとまた無線が途切れてしまった。

 それにニアと名前を言いかけたように俺には聞こえたが……そうか、最後の一人はやっぱり特待生か。


「ニア・クアラニル……あの変態を女子に近づけたらまずい。ギルバート君もどこにいるか分からないし、セレス君とロウタス君と連携出来ないけど合流するしかないよな……」


 持ち場を離れることにはなるが、仕方ない。俺は一旦全身を諦めてリリエ達がいる西側へと向き直した。


 全力で走り続けて十分も経たないうちに彼らの騒ぎ声が聞こえ始めたが、相変わらずこちらも視界が悪くすぐには辿り着けそうにない。


「リリエー! サクラモチー! 聞こえるなら返事をしてくれー!」


 しかし、返答は――


「あれえ〜? キミはネククンじゃないか。ボクと似てる気がしたけど、この距離で見たらソックリだねえ〜」

「……ニア君。俺のクラスメイトは見かけなかったか? フェアプレイの精神で妨害は当然してないと思うけど」


 突如現れたニア君に思わず全身に緊張が走る。俺よりも一回りも多い彼の体格に俺ですら恐怖していた。彼に襲われた二人も同様の感情を抱いたのは目に見えている。


「あのさあ、略奪愛に興味は無い……? ボクの手伝いとかさぁ……?」

「【魔眼マガン】……」


 身の危険を感じ取った俺はニア君に躊躇なく魔法をかけた。勝つためには手段なんて選んでられない。それに、人体に影響があろうと彼ならそれをものともしないことくらい分かるからな。


 学年で二番目に強い彼なら、覚えたての魔法くらい余裕で耐えられるはず。


「……あ……れ」

「横通るよっ!」


 この【魔眼】は一時的に視力を上げて俺の目を見た人物が威圧させて動けなくする魔法だ。……さっきの二人に使うべきだったなあ。


 とにかく、これのおかげでリリエ達の位置もなんとなく把握出来た。二人とも怪我もなさそうに見えるが……ニア君のことだ、何か罠を仕組んだに違いない。


 またまた俺はニア君を背にして走り出す。明日は筋肉痛間違いなしだなとか考えながら二人のもとを目指し始めた。


「……え、え? ねえねえ、今のが〈魔属性〉の魔法……!? 凄いなあ〜鍛えたらボクも使えるのかな?」


「足はっや……」


 数秒も持たずに自力で解除し、すぐ俺を追いかけてくるニア君。当然、身体能力も俺の数倍も高いためあっという間に追いつかれ肩を叩かれてしまう。


「――そうやってなりふり構わず手を出すなアアァッー!!」

「いてっ」


 急にニア君の力が抜けて肩が軽くなる。鈍い打撃音と衣服がこすれるような音を出して彼は地面に倒れ込んでいた。

 俺達の視線の先に立っていたのは――


「男女見境なく襲いかかるなんて、あなたセクハラ痴漢罪で逮捕よッ!」

「リ、リリエさん……? サクラモチさんはどこに? じ、時間も大丈夫!?」

「サクラモチちゃんには先に中央広場に向かってもらったわよッ!」


 そうなのか、なら俺も本来の予定通り中央広場に向かわなくては。

 しかし、このままこの二人を残すわけにもいかない……と悩んでいると鬼の形相でリリエが詰めてくる。


「まだ、この変態との勝負はまだ終わってないから……」

「リリエ……さん」

「ふへへへ……ボクさあ、楽しみだったんだよ。合法的に魔法が使える今の環境が……相手してくれるの? ボクって嫉妬深いからさぁ……」

「ネクッッ! さっさと行ってよッ!」


 リリエさんに活を入れられて俺は本日x回目の全力疾走でこの場所を後にした。

 勝負か……多分、リリエさんはクラスよりも曲げられないプライドを選んだんだよな。悪くはないと思う。


 ロウタス君もそれを知ったら、より一層認めると思いたい。



 ひたすらに走り続けていると、突発的に無線機能が回復したようで、耳障りなノイズが人の声に変わりだした。俺は久しぶりに聞こえてくる二人の男声に心なしか安堵していた。


「『……ク君! き、聞こえるぅ……?』」

「セレス君!? 良かった無事だったんだね!? 今俺とサクラモチで中央広場に向かってるから君はそこ以外で見落とした障害物がないか探してほしい! 相手の陣地に行ってもいいからね。多分、時間も結構過ぎてると思うから!」

「『やっとそっちの声が聞こえるようになったぞ。我だ、ロウタスだ。ネクの案でそのまま行こう。位置の指示はわれに任せてくれ、セレス』」

「……セレス君、二組の奴らはどうなった?」

「えっ……何とか頑張って逃げ切ったよぉ……ごめんねぇまだ追われてるかもしれないっ……」


 まじかよ、ああ見えてセレス君ってアドリブ効くタイプなのか。

 ――とは口を滑らせても言えないので俺は黙って指示に従って、サクラモチと恐らくいるであろうギルバートの元へ向かう。


 そして数分をかけて俺は、中央広場に辿り着いた。遊園地の入口のようなゲートの前に立ち、人の気配が無いことを確認してから俺は足を踏み入れる。


「『残り三十分! 生徒達は最後まで全力を尽くすように!』」


 それと同時に勝負の終盤を告げるアナウンスがパンザマストから流れていた。

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