第19話 競争全編(前編)
「お、やっとあった……」
雑木林の中でそれは突然目の前に現れた。今回、俺達が破壊した枚数で勝敗を分ける例の的である。地面から三メートルの高さにある正方形の的だ。
それを凝視してみると、とある文章が書かれているのが見えた。
「えっと……『〈魔属性〉のみ有効』か。俺以外じゃ時間が掛かるだろうけど、よいしょ」
息を吐くように手のひらから軽い魔法を込め、的に向かって打ち込む。
勢い良く放たれた魔力が的に直撃するとドロドロと音を立てて溶け出し、書かれてあった文字とともに跡形も無く消え去った。
「なんだ、こんなもんでいいんだ。ちょっと拍子抜けだな。メルシー先輩から聞いてた耐久と違いすぎる……俺が強すぎるのかな? なんてね」
ブツブツと独り言を話し始めた自分に違和感があるが、そんなことよりも大切な何かを忘れている気がしてきた。
たとえば……仲間とか。
ふと思い出した俺は、辺りを見渡して声を上げる。
「セレス君、そっちはありそう?」
「うぅ……はやすぎるよぉ……待ってぇ……」
「『おい、ネクはもう少しセレスにペースを合わせろ。セレスの荒い息遣いが無線越しに聞こえてきて他の声が聞き取りにくいんだ』」
「あ、それはごめん」
俺は無意識のうちにセレス君をおいて行きかけてしまっていたので、ロウタス君の声を聞いて急いで足を止め、セレス君が追いつくのを待った。
競争が始まってからまだ十分、まだ一組では俺しか障害物を見つけられていない。悪魔も二体召喚して他の障害物を探させているが、少ない方のエリアとはいえ一向に見つかる気配が無い。
本来なら既に三つは見つけている予定だったが、序盤から焦りっぱなしだな。
それと、向こうの二人は大丈夫だろうか。元から話すような人達じゃないから仲間割れとか起こってなければいいんだけど。
しかし、それにしてもここらへんは特に視界が悪い。入口からじゃ分からなかったが、開けている空間すらこの中だと見つけることも困難だ。オペレーターがいなければ相手の陣地はおろか中央広場すらも辿り着けないだろう。
「……あれっ、なんかぁ……」
「ん? どうかしたの?」
俺の隣まで駆けつけたセレス君の足が、急にピタリと止まった。何かに気が付いた様子で俺の顔を見つめてくる。
「……変な匂いがするぅ……?」
「俺はしないけど。あ、やっぱ気にしないでほしいな」
「お、おならですかぁ……? 気にしないようにしますぅ……」
セレス君に変な気の使われ方をされたが、気にしない。それよりも的探しだ。
さっきみたいに、条件にあった属性の魔法で的を破壊してようやく一点。この時点でどれだけの差があるかはケムス先生からの途中経過と最終報告でしか分からない以上は、ひたすらに障害物を探し求める他ない。
「セレス君、君の魔法を使って障害物を探せたりはしない? 俺も一応やってみてるんだけど中々見つけられないんだよね」
「あぁ〜思いつかなかったぁ……今からやってみるよぉ」
そう言うとセレス君はいきなりしゃがみ込み、地面に向かって腕を突き出した。ゆっくりと拳を地面に接して小声で何かを彼が唱えると、大地が震え始める。
やがて一分も立たぬうちに振動は止まり、真っ直ぐな瞳でセレス君は立ち上がり俺に結果を告げた。
「……多分ですけどぉ、ここから五百メートル先のあっちに障害物の森がありますぅ……」
「……! 流石だよセレス君! ロウタス君、俺達はそっちに向かうよ。聞こえてるよね?」
「『ああ。我にも観測出来ぬ物はあるから現場で何とかしてくれると有り難い。それと、どうやらリリエ達も障害物を破壊出来たようだ』」
良かった、向こうもこっちと同じペースか……って俺達と同じじゃ駄目なんだよな。
西側の方が障害物の数が多い……それが事実なら、もっと見つけてもらえないと困る。
「あのぅ……どうしたのぉ? 僕、置いていっちゃいますよ……?」
「あ、ごめんごめん。色々考えていたら足が止まってたね。一緒に行こう」
今は悩むよりも行動が先決だ。俺とセレス君はセレス君が見つけた障害物に向かうように走り出した。
しかし、この土地にも疑問点がまだ沢山ある。学園が管理している割には雑草なんかが手入れされていないし、かといって鳥や小動物の気配すら見えない。
もう刈り取られた後だったりするのか?
「……ネク君、あの人ってぇ……」
「なっ!? どうしてここに……!?」
「クックックッ、農民と凡人にはお似合いの……表情だぜッ……!」
「おほほ、はあはあッ……お似合いですわッ……!!」
俺達の前に現れたのは、予定よりもずっと早い二組の奴らだった。
幸いにも相手は息切れしている二人だけ。ここで狙っていた障害物を破壊される前に、妨害をするべきか。
などと思考を巡らせていると、ロウタス君から焦った様子の応答がかかる。
「――ネク! そこの二人は相手にするな、そのまま障害物に向かえ。セレスはそいつらの足止めを任せたい。リリエとサクラモチは残りの二人に警戒しながらペースを上げてくれ』」
「分かった」
的確かつ冷静な指示のおかげで何とか足を止めずに済む。咄嗟に俺はカッネーとゴルドーを無視して前へと駆け出した。
「待ちなさいよッ」
カッネーの制止する声が聞こえてくるとほぼ同時に、背後から土砂崩れのような大きな地響きの音が聞こえてくる。
走りながら振り向くと巨大な土壁がそこから生えてきていた。
「ここは、僕に任せて……っ。ネク君は先に言ってっ……!」
「へっ、凡人に負けるわけねえだろ!」
遠くなっていく喧騒の声に耳を貸しながらも、しっかりと次の指示と障害物に気を配らせて目的地に向かった。
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