第18話 恋愛フラグ争奪戦

 現在時刻九時十五分、あり得ないくらいの快晴の日の下で俺達は競争の最終準備を行っていた。


 風が心地良い。クラスメイトの思いを背負って立つ舞台としては文句無しだ。

 しかし、落ち着いている俺とは対照的に他の三人はどこか様子がおかしい。


「落ち着くのよリリエ! やれる、リリエならやれるわ! わ、笑いなさいよッ! イヒヒ、ヒヒッヒヒヒッ!」

「うわぁ緊張してきたあ……パパから教えてもらった手に……何か書かなきゃだ。えっと……『頭』だっけ? 僕の頭僕の頭僕の頭……うぇッ美味しくない!?」

「浮かれてお母さんに言っちゃったけど、活躍聞かれちゃう……。言わなきゃ良かった、というか断っておけば……私性格直した方がいいよね……」

「あの三人とも独り言のボリューム下げた方がいいと思うよ」


 こんな調子で上手く作戦を実行出来るのかなと不安になっていると、頭に装着していた通信機から声が流れてくる。


「『ネクの言う通りだ。案ずるな、我もいる』」

「……くッ、ロウタス……! やっぱり頼れるのはあなたしかいないわ」

「リリエさん、良かったね」

「はあッ!? ばかッこっちの声も聞こえんのよ!?」


 そう言って俺はリリエに軽く身体を叩かれてしまった。力が入ってたから緊張をほぐしてあげようと思ってたんだけどな。


 オペレーターのロウタス君の声も正常に聞こえ、ようやくこちらの準備が整いかけたその時、二組の彼らも会場に姿を現した。概ね予想通りの人選。


「……おや、やっぱりネク君も出てくるんだね。嬉しい」

「ギルバート君。俺は君に勝つため色々計画してきたんだよ。」

「へっ、誰かと思ったら『運だけ農民』君じゃないすかぁ?」

「おほほ、あなたもギルバート君もよくそんな格好で居られますわね」


 ギルバート君の背中に隠れていた二人の生徒がぴょこんと俺の前に顔を出して口を挟んできた。


 男の方はゴルドー、女の方はカッネーだったかな。二組の中だと特筆出来るほど目立つ才能は無かったと思うけど、恐らくは俺達に勝利して担任や他の教師にアピールするつもりで出場したのだろう。


 絶対に負けるつもりは無いが。


「シカトこいてんじゃないわよ!? その変な格好について説明するのが義理じゃないの?」

「え? どう見ても学園の指定服じゃん。行事の時は制服かこのジャージの上下だって……言われたよね」


 どうやら一組では全員がジャージ着用だが、二組ではギルバート君以外は着用していないようだ。なんて自由奔放な奴等なんだ……!


 ……いや、一人だけ姿が見えないな。三人目の特待生・・・が。


「ギルバート君、あの――」

「『――ギアャーッ!』」

「……え?」


 俺の声を遮るように無線越しから叫び声が上がった。ロウタス君の方で何か起きたのか? いや――


「『あっ、ワリィワリィロウタス当たっちまった? へへへごめん、初めての行事だったからついつい浮かれてたわ。え? 今ワンバン十五人くらいでやっててよ!』」

「はあああああああッ!? リリエ達に内緒で勝手に遊んでるんじゃないわよッ!? 後ロウタスにボールぶつけたよね! 辞めときなさいよッ!」


 俺が通信の情報量が多く困惑している間に隣で大人しくしていた全身ジャージのリリエがブチ切れた。

 彼女の声はしっかりと向こう側にも届いたようで、騒がしかった背後の賑やかな声もいつの間にか静まり返っていた。


「……それじゃあ僕らも最後の確認を済ませてくるよ。また会おうね、ネク君」


 ギルバート君は切れ散らかしたリリエに驚き、特に俺達のメンバーを確認する前に三人を連れて遠くに行ってしまった。

 始まる前にサクラモチさんを見せて動揺を誘うべきだったな。


 などと考えていると、近くに設置されているスピーカーから今度は野太い男の声が流れ出す。


「三分後にレースを開始する! 参加者の生徒達は準備を済ませておけ! 今からルール説明をさせてもらう学年主任のケムスだ、よろしく頼む」

「ネク、ルールはしっかり覚えてきたわね?」

「うん。当たり前でしょ」

「何その態度」


 リリエに笑ってもらおうと冗談でふざけた態度を取ってみたが、普通に怒りの形相を向けられて軽く小突かれてしまった。


「えー……制限時間は五時間で、各地に配置されている『障害物』を魔法で破壊してきてください。最終的に破壊した個数が多いクラスが勝利とします。それぞれ五名の代表者を選出し、オペレーターの指示に従って協力しあって健闘してください」

「……始まるね。ほら、サクラモチもセレスもそろそろ立ちなさいよ。馬鹿みたいに緊張する時間なんてもうないわよ、ほらっほらっ」

「今日に限って魔法が出ないとかなったらどうしよぉ……」

「リリエさん、よく緊張しないね……すごいです」


 そうかな、さっきまでめちゃくちゃ緊張してたように見えたけど。


「とにかく、最終確認しよう。俺とサクラモチさんは一緒に東方向、つまり右側に向かうからリリエさんとセレス君は左側の障害物を破壊してきてね。詳しい指示はロウタス君が出してくれる」

「たしかリリエ達の方が障害物の数が多いのよね? それって正しい情報なの?」

「恐らくね。三年の先輩が二年連続その傾向にあったから今年も間違いないらしい」

「あの、私にはフラグにしか思えないんですが……」

「あぁそういうの言っちゃだめなんだよぉ……」


 ここの敷地はヴェルヴェーヌ魔法学園の私有地だけあって、相当に広い。土地の広さだけ言えば学園とほとんど変わらないんじゃないかってくらいには。


 俺達の作戦はこうだ。まず二手に別れて障害物を破壊して、途中から合流して数を稼ぐ。というのもここは地形の問題があって左右で置かれている障害物の数が違う。


 そこで一周目で壊せる魔法の種類が多いリリエとサクラモチを西側に、使い手が少ない〈風属性〉と〈魔属性〉を扱える俺とセレス君で東側を担当する。ここまでで遅くても一時間。


 その後は一組の反対方向から出てくる二組の人達と鉢合わせたら俺とサクラモチは中央にある広場に向かって走り出し、同じように中央の障害物を取りに来るであろうギルバート君を狙い撃ちにする。


「――って感じね。後の二人はロウタス君の指示に従って相手の陣地に向かうか自分の反対側の障害物を破壊しにいこう」

「分かった。ロウタス、リリエはあなたの指示にしっかり従うからその代わりちゃんとした指示を出してよね?」

「『ああ分かっている、任せろ』」


 そして最終確認を終えたその瞬間に再度スピーカーからケムス先生の声が流れ出した。


「ではこれより第一回クラス対抗障害物破壊競争を開始する!」

「サクラモチ行くわよ。ネク、そっちはあなた達に任せるから。見落としとか無しだからね」

「……ふぅ。心の準備は出来てますから……!」

「皆で勝つぞ。恋人――じゃなくて、勝利を手に入れるために!」

「あぁうぅ……」


 俺達で勝つ。そのために俺達は会場の中へと歩き出した。

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