第17話 嫌らしく戦うのが俺らのやり方
「……えっと君は?」
珍しくクラスメイトの名前がすぐに出てこず、堪らず俺は本人に尋ねてしまった。
「……え」
とても中性的な顔をした彼の表情が曇る。不健康にも見えるほど肌は色白く、翡翠色の目で俺に呆然とした視線を送ってくる。
「ショックだなぁ……僕の名前、まだ誰にも覚えてもらえてないんだぁ……」
「ごめん。えーっと、あれ? ちょっと最近人忘れが激しくて……名前もう一回教えてほしい」
どうしてか彼の名前が出てこない。仕方が無いので全俺は力で教えてもらおうと懇願する。
「……僕は、セレス。セレス・マルティエルって言うんだよ。存在感が無いから誰にも覚えてもらえないんだぁ……」
セレス・マルティエル。その名前を聞いて俺はようやく思い出した。彼に目立った功績こそないが、この分かりやすいシルエットと言動からクラスでもそこそこ好かれている人物だ。
名前を忘れていたなんて恋愛成就請負人として失格、今後は気を付けなくては。
「セレス君は誰に出てほしいとかある? 意外と自分が出たかったりして」
「僕は、うん……人と会話するのがあんまり得意じゃないし、というかそこまで強くないし……ロウタス君に出てほしい、かな。ネク君はどう思うの?」
「へえ、セレス君と意見一緒だ。強い人に出てもらいたいよね」
「ネク君も出たらいいのになぁ……」
たった一言呟いただけなのに、とてつもなく恋愛の匂いを感じ取れたのは流石の魅力としか言いようがない。
そうだ! 今回はチャンスなんだ! これを機によりクラスの親交を深めながらコネを作ってやる。
そう思い俺はセレスの隣から立ち上がった。
「ありがとうセレス君。完璧な作戦を思い付いたよ」
「完璧な……作戦?」
「俺の言う通りにメンバーを決めれば確実に勝てる」
「『確実に勝てる』……? それって本気で言ってる? リリエ納得いかないんだけど」
距離を詰めてくるリリエに逆に近付いて、彼女の耳元で囁く。既に俺の中で勝ち筋は見えている。
「――リリエさんってロウタス君のことが好きなんだよね」
「っ!? くすぐったいからやめてよッ!」
ドンッとリリエに突き飛ばされつつも目線は彼女から離さない。まず彼女を落とすことが第一の条件だ。
「リリエさん。俺なら絶対にこのクラスを勝たせることが出来るよ」
「……何言ってんだか。そんなこと言われたって簡単に揺れる訳……そんな訳無いから」
「ん、どうした? その案を我にも説明してくれないか?」
「ロロロロロウタスッ!? くッ……信じていいんだろうなッ!?」
ロウタスが隠しきれない期待を込めた表情で俺達に近寄ってくると、リリエは分かりやすく頬を真っ赤に染めて後ずさる。
「ロウタス君、俺とリリエを参加させてくれ。俺達二人は最低条件だ」
「……リリエが!? ちょっと何考えてるの!?」
「正直、一組と二組に相当な戦力差があるのは分かる。ならどうやってその戦力差を詰められるかが鍵なんだよ。誰が活躍できるかじゃなくて、誰が相手を抑えられるかが重要なんだ」
そして俺はクラスメイト達に自らの作戦を語り始めた。
「二組には特待生が二人いるから最低でも特待生一人は完封出来ないと厳しい。たとえそれがレースだとしても。だから俺ともう一人で向こうの特待生を抑える」
「じゃあそれをリリエとネクでやるってことなの?」
「いいや? 俺と三人目でどうにかするよ。……出てもらえるかな、サクラモチさん」
ふと、俺は名前を上げて彼女を指差した。彼女の名前はサクラモチ・クライズ。俺がわざわざ彼女を選んだ理由は……外見にある。
「わ、私ですか……? 私……?」
キョロキョロと周りを見渡しておどおどとしながら身体を揺らすサクラモチさんなら、ギルバート君の方は何とかなるかもしれない。
というのも彼女の体型はこのクラスで唯一ギルバート君の性癖に合う可能性があるからだ。
彼女のふくよかな体型はぽっちゃりが好きなギルバート君に刺されば、サクラモチさんを餌にしていくらでも遅延や妨害が出来る。
「うん。サクラモチさんにしか出来ないことばっかりだよ! 恐らくだけど二組は特待生のギルバート君を主軸にして動いてくると思う。そこを君と俺で足止めするんだ。俺達なら必ず出来る」
一応それ以外にも彼女を選択したい理由はあるのだが、それを述べると長くなるのでここでは触れずに勢いで誤魔化す。
案外彼女も乗り気な様子で照れつつも真剣な眼差しを返してくれる。
「でも、成績だけなら私よりもずっと良い人ばっかりじゃないですか……。ムスペルヘイムさんなら、どうにかしてくれるんじゃ」
「ロウタス君にはオペレーターをやってもらうよ。とにかく、サクラモチさんは俺を信じて一緒に挑んでほしいんだ。二組に勝つには君がいないと絶対に無理なんだ!」
威勢良く教室中に響く声量でサクラモチさんに伝えると、意気消沈としていた他のクラスメイト達は乗り気になっていき俺に対して賛同の声を上げていく。
「……とまあ、そんな感じだ。俺、リリエさん、サクラモチさん。オペレーターはロウタス君で決まりだね。あと一人だけど……」
どうしようか、あと一人が埋まらない。いや、ローズでも全然良いんだけど、ミッションクリアのためだけならともかく妨害対決になってしまった時に弱くなってしまう。
〈水・火・土属性〉のどれかが得意な人を入れたいけどナイラさんとかは……協力してくれないだろうな。
「……あっ、セレス君って〈土属性〉の魔法が得意だったよね!? 俺達と一緒に戦おうよ」
「え、僕ですかぁ!? びっくりだよぉ、忘れられてなかったぁ……」
「よし、決まりだ! ローズは心配しなくていいよ! 俺達が絶対に六泊七日旅行を持ち帰ってくる!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
馬鹿みたいに盛り上がるクラスの声援に囲まれ、参加者の俺達五名も思わず雄叫びを上げていた。
こうして、一年一組の士気は俺を中心に高められていく。これで少なくとも俺の目論見が成功する確率がぐんと上がった。
そして少しのリハーサルを終えて俺達は、旅行を賭けたレース当日を迎える。部室の床に敷いた布団の上で俺は寮からやってきたローズと会話する。
「おはようございます! って今日は早起きなんですね」
「ああ、おはようローズ。今日は大事な日だからね。上手く行けば俺経由でカップルが二組作れる。だから期待してて!」
「はい! 今日も朝食作ってきました! 味見お願いします!」
ローズは最近朝食をよく持ってきてくれる。本当に美味しいし色々な物に挑戦してるから飽きないんだけど、何か一々言葉が怖いんだよな……嬉しいけど。
俺は手渡された朝食を頬張り、満面の笑みをローズに向けると彼女はとても嬉しそうに笑っていた。
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