第9話 案外俺達の相性は悪くないのかも

「……ふァわッ。あれ、今何時だ」


 目が覚まして即座に掛け時計を確認する。時刻は十八時五十五分、集合時間の五分前だった。

 俺は部室に帰宅後しばらくの間ローズと駄弁り、彼女が早めに帰ると言って部室を出て行ってからは仮眠を取っていた。


 幸いまだ誰も部室には到着しておらず、最悪な寝顔を見られずに済んだ。


「まだかな……」


 眠気を覚ますため部屋内をぐるぐると歩いて時間が経つのを待つ。

 最初に現れたのはギルバート君だった。


「やあ」

「ギルバート君……迷惑掛けてごめんね」

「いいよ全然」


 俺の謝罪を受けても堂々として笑顔を崩さないギルバート君。

 性癖まで開発されてしまったというのにこの対応を取れるのは流石としか言いようがない。


 そして、約束の時間一分前になって滑り込んできたメルシー先輩。

 息を切らして額から垂れる汗を拭っていた。


「久しぶりに外歩き回ってたらついつい遅れそうになっちまってよー、危ねー」

「ははは……」


 これで時間通りに三人が集まった。しかし、十九時を過ぎてもマゼル先生はやってくる気配が無い。


 また他の先生に仕事を押し付けられたのだろうか、少し心配だけど今は自分の身が優先だ。黙って待ち続けよう。


「……アンタマジで分かりやすいな」


 ボソッと呟くメルシー先輩の声が聞こえたが、あえて聞かなかったことにする。


「それにしても先生遅いね。僕達は全員集まったというのに――」

「――まだ、気付かないの?」


 思わず背筋が凍る。マゼル先生の声が聞こえたのだ。

 ――俺の背後から。


 勢い良く後ろを振り返るとそこに真顔で俺を凝視するマゼル先生の姿があった。


「問題。今私が使っていた魔法は何でしょう。答えられなかったら――」


 全員に緊張が走る。というのもマゼル先生は様子や言動だけなら誰にも好かれる存在なのだが、授業や指導では全くの別人に変貌するからだ。


 現に本人的には至って普通な態度なんだろうが、俺達からは鬼にしか見えなくなっている。


 勿論ギルバート君もメルシー先輩も例外ではない。二人の表情がそれを物語っていた。


「――〈風属性〉の消失魔法」


 俺達の声が初めて揃う。今マゼル先生が使った魔法は基礎中の基礎、俺は使えないけど大抵の生徒が入学時点で使える魔法のはずだ。


 ただ俺はともかく、他の二人が気付けないなんてとてつもない技術だな。新米といえどヴェルヴェーヌ魔法学園の教師なのだから当然かもしれないが。


 ……待てよ。ってことは二人が来た前後に扉は空いていなかった。ということは俺が起きる前から潜んでいたのか。


 寝顔も見られてんじゃん。最悪だ。


「正解。流石特待生で入学しただけあるわね。じゃあ今から特別補習を開始します。各属性の基礎魔法……自分が得意とする魔法でいいから見せてみなさい。まずは……ミルレシオちゃんから」

「ウチは……何でも出来るし……じゃあ火属性で! 〈火属性〉といえば、発火魔法かな」


 そう言うとメルシー先輩は片手で指を鳴らす。すると彼女の指先に小さな火が灯った。


「カッコいいわね〜。二人には言っておくけど代表的な魔法というのは別に日常生活で使える魔法じゃなくてもいいといいからね」

「次は僕でいいかな。僕は水と風が得意な方だと思うけど、さっき先生が風属性の魔法を使ったから今回は水属性でいきます」


 俺の真横にいたギルバート君は一歩下がって呪文を唱え始める。

 すると、ギルバート君の正面に壁が生まれた。


「これは水壁魔法です。シンプルで皆に分かりやすいといったらこれだと思いました」

「アルスタッド君も機転が利くわね〜。はい、ネクも見せなさい」


 とうとう俺の番が回ってきたか。どの魔法が基礎か……正直、魔属性だけは授業でも教えることが少ないし色々難しいな。


 やっぱり目に見える魔法の方がいいよな。


「【悪魔召喚デビル・サモン】」


 俺はもう一度ポケットからギルバート君から貰ったハンカチを使って昨晩と同じ悪魔を呼び寄せた。

 多分これが一番分かりやすい魔属性の魔法だろう。


「ネク君凄いね。一年では習わない範囲だと思うけど」

「アッ!? こいつ……やっぱあれはアンタの使い魔だったんだ。セクハラしてきたよなァ? ネク?」


 セクハラ……俺は身の危険を感じて襲わせたんだけどな……。


 と口に出そうになり、顔に出すのを抑えて真顔を貫き通す。


「……まあ、ミルレシオちゃんが睨むだけなら大したことないと思うし続けるわね。召喚魔法は基礎とはいえ必須科目ではないから二人は気にしないでいいわ。ネクがおかしいの」

「おかしいって言い方は俺に失礼じゃないですか……?」

「だってネクだし……」


 マゼル先生って俺だけ扱い雑すぎないか? 心を開かれていると前向きに受け取っておくけど。

 俺は無言で呼び出した悪魔を元に戻した。


「……貴方達がこの学園に入学した理由は?」


 マゼル先生は俺達の目を順番に見ていき、表情を伺っている。勿論、本音は出来るだけ伏せたいが嘘はバレる。


 ここは素直に答えるぞ。


「俺は貴重なこの魔法を使って皆を幸福にするためだ。それにヴェルヴェーヌ魔法学園には素晴らしい指導をなさる教師陣が揃っていますからね」

「えっと……ウチは親に通えって言われて通ってる」

「僕は通いやすいからかな。候補だった学園の中だと一番近かったし」


 想定よりも薄っぺらい理由の数々に拍子抜けする。変に誤魔化したせいで変な空気になってしまった。


「……続けるわ」


 それから俺達は地獄のような補習を受け続けた。


 間違えたら幻覚を見せられて苦しみ、答えられなかったら催眠をかけて無理矢理口を割らせるなど教育委員会なるものにバレたらどんな処罰をくらってもおかしくないスパルタ補習だった。


 主に俺が皆にかけたわけなのだが。


 三時間にも及ぶ長時間の補習が終わる頃には誰一人支え無しに立っていられなくなっていた。


「し、死ぬ……」

「きっかり三時間。ま、こんなもんね。明日も早いから今日は早く寝なさい」


 そんな俺達を尻目にマゼル先生は部室を出ていく。ある意味格の違いを見せつけられる結果となった。


「というか僕達どうしようか……」

「ああ……ウチとアンタ、寮じゃないもんなァ……今日は部室で一泊だな」

「ははっ……俺ちょっと外の空気吸ってくる……」


 俺は疲れた足を引きずるように外に飛び出て空を眺める。

 辺りは完全な暗闇になっていて涼しい夜風が吹いていた。


「【恋愛成就請負人】……名乗ってもいいんだろうか」


 名に恥じぬ活動を心がけていこうと決意したばかりだというのに、未だに上手くいった例がないのは如何なものか。


 そんな時、小さく暖かい風が頬を掠めた。


「……経験浅い割にはマシだったな、演技は」

「メルシー先輩……」


 俺の後を付いてきたメルシー先輩の肩が当たる。その肩から伝わる熱が、俺の焦りを消し去っていくのが分かった。


「アンタの良いとこは素直すぎるとこだな。悪いとこはそれが悪意があるようにしか見えない所。……ウチにしか理解出来ないね」

「最近はよく人に褒められるなあ。……嬉しいですよ」


 まだ何もメルシー先輩の問題は解決していない。これからもアイジ先輩の件については協力を続けるつもりだ。


「今日はありがとうございました。動きがあったら俺にまた協力させてください。今度こそどうにかしてみせますから!」

「分かった、その時はマジでアイツの人生終わらせるつもりで行くからな」


 終わらせる……そうだ、強い覚悟だけは捨てちゃいけないんだ。

 話すこともなくなり、しばらくの間沈黙が続く。一分くらい経ってからメルシー先輩がこっちを向いて一言言った。


「ああそうだ、アンタの寝顔悪くなかったぜ」


 そう言って彼女を背を向けて校舎へと戻っていった。最後に天使のような微笑みを見せて。

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