第10話 魔を超える闇はすぐそこにあった
時計の針の音が部室中に響き渡る。そして、二人だけの空間。
向かい合って座っている彼女は、無表情のまま俺に口を開いた。
「実は彼氏と別れそうで〜」
「……は?」
俺の耳に飛び込んできた意味不明な台詞に本音が漏れる。
彼女は吐露するように言葉を次々と吐き出していく。
「こないだもデート中にさ、いきなり本を買いたいとか言って消えちゃって終わったし。最悪だよね〜」
「えっと……ナイラさん。失礼だとは思うけどナイラさんの彼氏って誰だっけ?」
彼女はナイラ・ストライキさん。俺とローズと同じクラスで風紀委員長をやっている。
人一倍他人の恋愛事にうるさいし俺の活動にも文句を言ってくると思っていたんだけど、まさか彼女の方から俺に相談してくるとは。
でも、俺の調べた情報の中だと彼女に彼氏なんていた形跡はおろか、経歴すら存在しないはず。
これは注意深く聞かないと彼女にとっても最悪な結末を迎えるに違いない。
「え、私の彼氏〜? 超カッコイイんだよ!」
ってかこんなに蕩けた話し方だったっけ?
「背が高くて〜髪は黄金みたいで〜私よりもずぅ〜と強い!」
随分と抽象的な説明だったが……候補は絞れそうだな。
というかギルバート君じゃないだろうな?
特徴も一致してるしお互いに面識があっても不思議ではないけれど……まさか別れそうな原因って俺か?
「彼氏さんの年齢は?」
「私と同年代! 趣味が一緒で惹かれ合った〜みたいな?」
そういえばギルバート君も許嫁はいないとしか言っていなかったな。だったらナイラさんが彼女でもおかしくはないのか。
だとしたらまずいな。ギルバート君は性癖を開いたせいで以前の彼とは別人になってしまった。ナイラさんはどう見てもふくよかには見えないし、あっても肉付きがいいレベルだ。
純粋に彼は彼女を愛せなくなったのかもしれない。
……三件目の依頼がこれか? ようやく恋を成就出来ると思ったら完全に負け戦じゃないか。
「じゃあ、俺は二人の仲を取り持てばいいんだね?」
「そうそう! 私も素っ気なくなった理由が知りたいし〜」
「ちなみに、もう一回聞くけど彼氏の見た目って他にどんな特徴があるのかな? 名前は?」
「ん〜? えっとねえ、血みたいに真っ赤な髪の毛に〜目つきが鋭くて何人かやってそうな〜」
「ちょっと待って。さっき言ってた特徴と矛盾してない……!?」
俺がそう言うとナイラさんはキョトンとした様子で俺の目をじっと見つめてくる。
その瞳には濁った俺が映し出されていた。
「……たしかに何色とまでは言ってなかったよね。じゃあ名前は?」
「名前……分かんなーい」
彼女が何を言っているのか分からない。発言に一貫性がないとかそういう話以前の段階だ。さっきの話し方といい俺が知らない間におかしくなったのか?
「……学生?」
「多分、そうだよ」
やっぱり不安だ。今回も魔法を使わせてもらう。今回ばかりは言い訳が効く。
早速ナイラさんに【催眠】をかけてみるか、条件は整っているし。
「【
俺がボソリと呟くと、ナイラさんの顔はトロリとした表情にすり替わった。
「三回目だけど君の彼氏は誰?」
「……」
俺の問いに答えられない? そういうことなのか?
「君の彼氏は……存在してる?」
「存在してるけど〜……んん? してない?」
たとえ彼女が頭を掻きむしり始めようがうめき声を上げだそうが魔法は解かない。
だって、彼女の瞳の奥に眠っていたのは闇そのものだったから。
「君が最近関わるようになった人はいる?」
「ううん、誰も?」
今までとは反対に曇りない表情で彼女が喋り出す。これは絶対に本心から言っている証拠だ。
まあ……これまでの発言から分かることは一つ。
彼女は本心で誰かと付き合っている妄想をしているということ。
この不可解な魔力もアイジ先輩と違って誰かから手に入れたようなものじゃなく、シンプルに彼女が持っている魔力だったのは納得いかないがそれ以外の答えが見つからない。
「好きなタイプとかは?」
「う〜〜ん……王子様かな?」
「へー……ギルバート君とかは?」
「……無くはないかな?」
やったあ。じゃあギルバート君次第でカップル成立するじゃん。
「ナイラさんさ……もっと体重増やさない?」
「……へ?」
俺の質問を聞いた瞬間、彼女の顔が急激に強張る。軽蔑と羞恥に塗れた複雑な面持ちで、じっと俺を睨み付けていた。
「……何?」
自力で催眠を解除しただと!? 流石風紀委員長だ……格が違う。
さっきまで自分からペラペラと話していたくせに、意識を取り戻したと同時に冷静になってナイラさんは俺を責め立てる。
「信じられない……いくらクラスが一緒だからって言っていいことと言っちゃだめなことがあるでしょ……」
「いやだから、ナイラさんから相談してきたんじゃん……」
「私から!? よくも堂々とそんな嘘をつけるね……ドン引きだよ」
話すたび怒りが込み上がってきた彼女はとうとう椅子から立ち上がり、吐き捨てるような台詞を吐いて部室を飛び出して何処かに行ってしまった。
「……行っちゃった。また失敗だ……」
今回も失敗しちゃった。というか……
「マトモな依頼が来ない……宣伝不足なのかな……?」
「ふっふっふっ……」
落ち込んで下を向いていたところに聞こえてきた天使の声に思わず俺は顔を上げて扉に視線を送る。
「ネクさん! 私がいるではありませんか!」
「ローズ……話聞いてた?」
「勿論ですよ! 顔も真っ赤っかでしたし……いくら何でも失礼なこと言ってましたよ、気を付けてください!」
「ご、ごめん……」
俺はローズに向かって軽く頭を下げた。
「そんなネクさんに朗報です! 私がしっかりと宣伝してきましたよ!」
「宣伝……? それってどんな?」
「ふっふっふっ……百聞は一見に如かずってやつですよ……!」
そう言って彼女は一枚の張り紙を俺の前に差し出した。
「これって……ポスター?」
「見てください! 中心にネクさんのイラストがあって、左側には私が考えた売り文句があります! 一番上には『恋愛関係は俺に任せろ。』なんてキャッチコピーも入れときましたよ!」
いつもよりもやけにテンションが高いローズを今の俺では止められるわけもなく、黙って話を聞き続ける。
「右下にもしっかり部室の場所も記してありますよ! 本館一階の『魔の空き教室エリア』……って!」
「事実だけど……もう少し言葉を選んでも……」
あまりの暴走具合に言葉がポツリと溢してしまった。
「ちなみに提案者は誰? 多分、ローズ以外の意見混じってるよね?」
「はい! メルシー先輩からです! 朝私に挨拶してくださったときに助言してもらいました!」
何となく予想は付いてた。しかし、問題は彼女が考えたとされる売り文句の部分だ。俺は素直に尋ねる。
「売り文句についてなんだけどさ、『貴族どもかかってこいや! どんなのっぴきならない事情でも必ず俺がお前の恋を叶えてやるぜ!』……これってどういう意味?」
「そういうことです!」
汚れを知らない聖女な彼女を見ていると胸が辛い。ローズの善意で生まれた張り紙なのは十分承知したつもりだが、こんな物が張り出されてしまってはむしろ逆効果なんじゃないかと思ってしまう。
「いやー……これは修正加えた方がいいと思うよー……?」
「え! もう百枚近くは張り出しましたよ?」
「…………すごい、行動力だね」
下手な褒め言葉すら思い付かない。
……明日から色んな意味で忙しくなりそうだ。
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