第8話 不完全燃焼、そして懲罰

「あ? お前も停学になりたいのか?」


 普通ならギルバート君のときみたいに【催眠】を使うのがベストだが、今回は別だ。

 アイジ先輩は現時点のギルバート君よりも強いし、何より取り巻きまで認知を揺るがすのにはこの魔法じゃ難しい。


 だったら、奥の手を使うしかないか。この魔法を使うのは、本当にマゼル先生から注意を受けているが……仕方がないだろう。

 現に俺達は睨み合う状況が続いている。穏便に済ますためにはこれしかないんだ。


「アイジ先輩って……去年まではそこまで優秀ではなかったんですよね? どうやって成績を上げられたんですか?」

「は? なんでお前なんかに教えなきゃ――」

「――答えられませんもんね」


 俺は知っている。アイジ先輩がどうやってここまで成長したのか。


 だけど、本人の口から言ってもらえないと困るな。そうしなきゃ彼の取り巻きには信じてもらえないかもしれないから。


 俺はじっと先輩の目を見つめる。正確には、奥に潜む魔力を。


「アイジ先輩からは二つの種類が違う魔力を感じます。それってどうしてなんでしょうね」

「……な、何を言ってんだよ」


 分かりやすくアイジ先輩が動揺し始める。彼の取り巻き達もその様子を見て不安げになっていく。


 二つの魔力のうち片方は珍しい魔力だ、禁忌に手を出した可能性が高い。

 既に俺は【魔眼】を発動することに成功している。


 だから、俺には全て見透かすことが出来る。


「アイジ・エルロード。あなたの父親はかつて勇者であったギルバート君の父親と交友関係にあった。けれど、何故か揉めて絶縁関係になってしまった……」


 ここまでは調べたらすぐに分かるような情報。これからは学園に来てから一ヶ月間かき集めた情報だ。


「……その原因はあなたの父親にあった」

「……は?」


 それ以上言わせないと言わんばかりに彼の拳が俺に向かって振りかぶられた。

 が、【魔眼】を発動中の俺が避けられないわけがない。


「なっ」

「暴力は駄目ですよ、退学になっちゃいますよ?」


 精一杯作った笑顔をアイジ先輩に向ける。本当ならもっと詰めるべきなんだろうけど……俺はここで止めときたい。

 コネは捨てられないと未だに思ってしまうからだ。


「……判断はアンタに任せる。ウチらは恋人同士、味方だからな」

「もう止めときましょうか。に見られてますし」

「……チッ」


 そう言うとアイジ先輩は舌打ちし、取り巻きを連れて校舎の方へ戻っていった。

 俺とメルシー先輩、そしてギルバート君を残して。


 そっと俺は【魔眼】を解除した。


「――あの、マゼル先生仕事とか予定って……」

「昨日の今日で見張らないわけないでしょう。ネク、昨日も注意したわよね? 魔法を勝手に使うなって」


 俺達と同様に物陰に隠れていた一人の先生が、目の前に現れる。

 マゼル先生は【魔眼】を使わなければ見つからない位置でわざわざ俺達と監視していた。お互いに存在を認知してしまったから、俺が魔法を使ったことがバレたのだろう。


 どうにか言い訳を考えてみる、が一向に思い浮かばない。

 そりゃそうだ、今回も完全に俺が悪いし。


 だが、彼女だけは違った。


「あの、ネクが魔法を使ったのはウチのせいです」

「メ、メルシー先輩……!?」


 俺の隣であのメルシー先輩が周囲の目線を気にせず、深々と頭を下げていた。

 決して俺のためではないと思うけど……。


 そう思うのは俺だけではなく、マゼル先生ですら初めて見る顔で驚いていた。


「……ミルレシオちゃん。復学早々問題を起こしたと言いたいのね。後輩を庇いたくなる貴方の気持ちも悪いけど、これが他の先生に広まったら次こそ退学処分になってもおかしくないわよ」

「……ウチが全部利用しました。ネクも……そっちの後輩も」

「僕は何も……いや。元はといえば僕のせいか。ネク君に魔法を使わせた僕の責任だ」


 互いが互いを庇い合う状況。本来なら凄く望ましいシチュエーションなはずなのに、全く好ましくない。


 それはきっと俺が全部悪いから。分かっているけど口が開かない。それは多分、まだどこかでコネを作りたい気持ちが残っているから。


「……面倒だね。私にはネク以外の命令で動いてるようには見えなかったけれど。強いて言うならミルレシオちゃんの指示というのは当たってると思うけど……」

「ごめんなさい。全部俺がやっ――」

「私も鬼じゃないのよ。それに担当の生徒の退学手続きだったり、一度停学処分で抑えた責任も重なってしまうからね……」


 停学処分という言葉を聞いてようやく俺の中にあった疑問が解決する。

 誰がメルシー先輩を停学にさせたんだろうと。


 少なくとも貴族ばかりの学園で傷害事件を起こした生徒が停学程度で普通なら済むわけがない。誰かが手助けしたに違いないのだ。


「だからあんなにマゼル先生の物だと知って大袈裟に驚いてたんですか……?」

「ん……? 私の物に何かしたの?」

「うるせー……はぁ。……退学処分でもしょうがない、マゼル先生なら従ってもいいわ」

「やっぱり俺も処罰で――」

「最後まで話を聞きなさい。まだ貴方達にどんな処分を下すか言ってないわ。この件は私達以外誰も知らない。だから私が特別補習を行います。いいわね」


 マゼル先生はそう言いながら俺達を順々に指差していく。一応許してもらえたのか?


「ネクは『先日の件で指導』、ミルレシオちゃんは『停学明けに反省しているか確認』、アルスタッド君は……『事情聴取』と報告しておきます」

「僕もですか……」


 面倒なことに巻き込まれたなと言いたそうにギルバート君は俯いて苦笑していた。

 ギルバート君も俺のせいで二回も巻き込まれているし、謝っておこう。


「今日の十九時には元恋愛相談部室に集まっておいて。内容はその時に教えます」

「分かりました。俺も心の準備だけは済ませます」

「……用を済ませてくるわ。後は各自で!」


 ピューと風が吹くと同時に先生の姿が見えなくなり、俺達は取り残される。

 結局、その場で俺達は一旦解散することになり一人で部室に向かうことになった。


「あっ! ネクさーん! どうなりました?」

「まあ……何とかなったかな?」


 ローズは部室前で俺を見つけると、中から一直線に飛び出して目の前で話しかけてきた。

 相変わらず人形みたいな顔で、子犬のような表情を見せる彼女が眩しく見える。


「ただ……また補習になっちゃって。あ、ローズさんは気にしないでいいよ。」

でいいです!」

「う、ローズは十九時前には寮に帰ってね」


 それにしてもローズはなんで俺に対して距離が近いのだろう。ここまでハキハキと話すような人じゃなかったはずなんだけど、俺が見ていない所ではこんな感じだったのか?


 もしやこれが、……?


 ……んなわけないか。


「補習の内容って何なんだろ……」

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