第7話 ディスティニートライアングル

「あの、先輩。どこ向かうんですか? 三年の教室は三階じゃあ……?」

「いいから黙って付いて来な」


 俺達は今三階ではなく、中庭を走り回っていた。黙ってメルシー先輩に手を引かれてここまで来たが彼女の目的がまだよく分からない。


「――でさーオレが言ってやったらよ、顔真っ赤にしてどっか行ってさ。ギャハハハッマジで馬鹿だよなアイツ」


 ギルバート君を見かけたあの噴水の真下に、彼らは居座っていた。

 彼らの会話はとても下品で貴族階級の人物だとは思えないほど人を馬鹿にした内容のものだ。


 当然、隣にいるメルシー先輩の方が分かりやすく顔に拒絶の二文字が浮かび上がっていた。


「やっぱりね。アイツ二年の時からここをたまり場にしてんだよ。金魚のフンを連れてな」

「あれ、あの人が持ってるのって……」


 ふと、アイジ先輩が右手に持っている物に気が付く。隠れて距離があるため初めはよく見えなかったが、じっくりと観察するとすぐにそれが何なのか分かってしまった。


「マフラー……か?」


 アイジ先輩の手から垂れ下がった白色のマフラーを見つけ、より一層メルシー先輩の握る力が強くなる。


「また後輩から盗ったなアイツ……!」

「後輩から盗った……? 何のために?」

「決まってんだろ、嫌がらせさ。アイツは去年から自分よりも権力的に弱くて歯向かってきた奴を対象にイジメてんだよ。あのマフラーには見覚えがある。まだ同じ相手に嫌がらせしてんのかよ……」


 メルシー先輩を聞けば聞くほど、彼の価値が音を立てて落ちていく……これが学園二位のやることか?

 それに、アイジ先輩の周りにいる奴らだって名前はある程度知っている人しかいない。


 彼らも同様にいじめを行っているなら俺が止めなくてはならない……とは、ならない。


 落ち着くんだ俺。俺は恋愛成就請負人なんだぞ。ただでさえメルシー先輩の依頼は恋成就とは全く関係無い。彼女の停学騒動に対して誤解を解くことだけを最優先に解決を目指すんだ。


「……で、先輩。いつ仕掛けますか」

「仕掛けるって……ふっ、ウチよりも乗り気じゃん」

「生活かかってるんで」


 一度は言ってみたかったセリフを言えて満足。


「アピールしなくていいから」


 しかし、先輩とのコミュニケーションは長く続かなかった。


「つーかお前さっきから何見てんの? オレは見世物じゃねえぞ」


 思わず俺は息を止める。俺達が覗き見してるのがバレたのか?

 気になって隣にいるメルシー先輩を見たが、動揺する様子はない。


「違う。ウチらには言ってない……」

「おい黙ってないでなんか言えよ。そこの金髪、お前に言ってんだよ」


 そう言ってアイジ先輩が指差した先にいたのは、前日に出会ったばかりの彼だった。


「……僕に言ってますか? ここで本を読もうと思っていたのですが……あの、アイジ先輩何か怒ってませんか?」

「ギ、ギルバート君……!?」


 ギルバート君はすぐにアイジ先輩の取り巻きに囲まれてしまい、俺達の位置から姿が隠れてしまった。

 だけどメルシー先輩は動かない。ただじっと、声を聞き続けている。


「よくオレを知ってんな? 一年だろお前。見る目あるな、合格だよ」

「アイジさん、こいつ一年の特待生ですよ……! しかもこの目、勇者の血を継ぐとか呼ばれてる……」

「へえー面白いねお前。アルスタッドだっけか。お前の親とオレの親は昔付き合いがあったって聞いたなあ……」


 へーエルロード家とアルスタッド家って交友関係があったのか、勉強になる。

 ……じゃなくて!


「メルシー先輩、ギルバート君は一応俺の友達なんです。だから助けてやらないと……」


 万が一、俺が彼を見捨てたことがバレてしまったら面倒だ!

 それに、性格の悪いアイジ先輩なら何するか分からない。そっちも不安だ。


「全く、仲間思いだが知らねーがまだ様子見だ。本題と逸れる」


 メルシー先輩はまだ傍観を選ぶ。少しの緊張感に包まれながら様子を二人で見ていると、彼らに動きが起こった。


「――何かムカついてきたわ。親父が言ってたこと思い出した。お前の親のせいでオレの親父は死にかけたってな」

「うん……? そんな話僕は聞いたことがないけど。それってアイジ先輩の勘違いだったりしません……?」

「うるせえな!」


 バシッと軽い音が中庭中に響き渡る。姿は見えないが何が起こったかすぐに理解した。

 打撃音……ギルバート君の頬を殴ったようだ。


「チッ、何だその目は! オレに逆らう気か、特待生だか一年だか知らねえがよボコすぞ」

「……いえ、すみません。僕が見誤っていました」

「アイジさんに舐めたマネすんのが悪いんだからな、この一年が!」

「グッ!」


 もう一度、今度はより鈍い音が響く。空気が一層重くなる。


「……お前の親のせいでこうなってんだからな。何もかも……あんな奴いなければ――」

「――おい、まだ後輩イジメてんのか。お坊っちゃん」


 いつの間にか隣にいたメルシー先輩がアイジ先輩達の前に飛び出していた。

 流石の先輩でも、親に対しては優しいようで。


「お前、停学処分じゃなかったか? 復帰早々か知らねえがよくオレの前に出て来られたな。今度は退学になりたいのか?」

「どうでもいい、とりあえず一年を放してやれって言ってんだよ」

「一人でのこのこと現れてよく調子乗れるな? こっちの人数が見えねえか」

「ウチ一人じゃねえよ」


 そう言ってメルシー先輩は俺を指差したので俺は隠れるのを辞め、彼らの元まで急いで向かった。


「ネク君……」

「ギルバート君、俺達に任せて!」


 ギルバート君は俺に心配させないよう屈託のない笑顔を見せた。

 そんな表情を見たメルシー先輩の語気が更に強まっていく。


「そいつは誰だよ」

「俺は――」

「コイツはウチの彼氏。アンタの何十倍も完璧な人間、ウチから告らせてもらった」

「えっと、彼氏です。メルシー先輩と、そこの俺の友達に手を出すの辞めてください」


 そして俺はアイジ先輩の目の前に立った。背丈も纏っている雰囲気も何もかも圧を感じる。

 それでも二人のためにも退くことは出来ない。


 勿論、自分のためにも。


「あのアイジさん……こいつも特待生ですよ……」

「だからなんだ? 関係無いだろ。オレの方が強いんだから」


 どうやら俺を舐めているらしい。アイジ先輩もそれなりに強いのは理解しているが、魔属性に関しては何戦しようが負けるとは思えない。

 だけど、またここで魔法を使ってしまったら俺も退学になる可能性がある。


 絶対に、絶対に魔法だけは使えない。口論で解決しなくては。


「クックックッ……」

「何がおかしい?」

「おかしいことしかないだろう。自分のことを詳しく知らない年下なんかに寄生するようになったとは! ミルレシオ家も落ちぶれた……いや、元から大したことないか……」

「……あの、さっきから聞いていれば偉そうな口ぶりですね」


 俺の口が勝手に言葉を放ち始める。悪口とか皮肉の類でもなく、純粋な感想が。


「そんなことやってたら大成しませんよ、アイジ先輩……!」


 やっぱり魔法を使うか。特大【催眠】をかけてやる。


「……」


 ゆっくりと彼女の方を向いて目を合わせる。すると、彼女はニタリと笑い、一言だけ言い放った。


「やっちまえ」

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