第5話 素行不良ギャルを襲う影

【恋愛成就請負人】になってから初日の夜を迎え、俺は高揚と一抹の不安を抱え眠れない夜を過ごしていた。

 マゼル先生が自宅に帰り、ローズは女子寮に泊まっているため部室は俺一人の貸し切り場になっている。


 夜の校舎はいつ見ても不気味だ。しかし、今日の俺はいつもと違う。


 俺は明確に許可を得て部屋を手に入れたからだ。今までは深夜にトイレにも行けず困っていたが、予備のマスターキーを理事長から借りたおかげで悩みは全て解決した。


「明日からは報酬を明確にしないといけないな……自分調べの難易度に比例させるか、それとも一律で金額を決めた方が楽か? でも相場が分かんないしなぁ……絶対ギルバート君は多めにくれてたし……ん?」


 突然ガサッ、と部屋の外から何かが動く音が聞こえた。見回りの人は一時間前に帰ったから校内には俺以外誰も居ないはずだ。


 もしかして、学園に不審者が入って来たのか!? だとしたら、危険だ……この学園を選んだということは中々の強者の可能性がある。

 俺は咄嗟に電気を消し身を隠す。


「……来るならこいっ……」


 コツコツと歩く足音が廊下の奥から響き、こちらに向かって来てるのが分かる。

 気付かれたかもしれない。俺はギルバート君から貰ったハンカチをポケットから取り出し広げて魔法を唱えた。


「【悪魔召喚デビル・サモン】……」


 白のハンカチは姿を変え、やがて手のひらサイズの小さな悪魔になる。


「ちょっと外の様子見てきて……」


 羽の生えた悪魔は飛び立った。廊下の明かりは付いていないから向こうからは見えないはず。

 悪魔には不審者に遭遇したと同時に攻撃を仕掛けるよう命令してあるから必ず先手を取れるはずだ!


「……あぁ? んだコレ」


 遠くから声が聞こえる……女の声だ。この声に聞き覚えが無い……生徒じゃないのは間違いないな。

 あとは女の悲鳴が上がるのを待つだけだ。


「…………?」


 だが、たったそれだけなのに……反応が無い。


「……あれ、おかしいな」


 俺が扉に近付いて廊下の様子を覗き見ようとしたその時だった。


「オラァッ!」

「グハァっ……!」


 不意に扉を蹴り飛ばされ、俺は外れた扉の下敷きになってしまった。


「……アンタ誰?」

「そっちこそ誰ですか……! ここは俺の部室です!」

「いやいや、知らねえよ。つーかアンタ、ウチの後輩?」


 だと……? すぐさま扉をどかして彼女の顔を確認してみると、見覚えがある人物だった。


「……あなたはたしか、休学中だったメルシー先輩じゃないですか……どうしてここに?」

「あぁ? んなのはどうでもいーんだよ。一年か? 知らない顔だ……アンタ兄弟いるか?」

「いないですが……」


 メルシー先輩は至近距離まで俺の顔に近付いて面を確認してきたが、数秒で離れて何か言いたげに頭を抱えていた。

 俺は初めてメルシー先輩を見かけたが、実際は噂で名前を聞いたことがある。

『魔法で傷害事件を起こし半年間停学になった特待生』だと。


「あの、ここは俺の寝床なんで帰ってもらえませんか」

「おい待て。まずは名乗れよ」

「……ネク・コネクターです。一年で実家が農家です。魔属性が得意なおかげで特待生として何とか入学出来ました」

「へぇそうか。で、深夜に何してんのアンタは? せっかく一人で落ち着けるって思って早めに来たのによ」


 早めとは一体……まだ日付も変わってないぞ。


 彼女のフルネームはメルシー・ミルレシオ。ミルレシオ家……国内はおろか国外でも相当有名で、唯一俺がいた田舎でも名が通っていたほどだ。


 彼女は次女だが、ヴェルヴェーヌにおいて彼女も特待生なわけでそこそこの知名度が世間でも既にあるはず。親は放任主義だと風の噂で聞いている。


 艷やかで綺麗なベージュの髪に、完璧としか言いようがない制服の着こなし。


 学園一のオシャレお嬢と呼ばざるを得ない容姿に俺は、いつの間にか圧倒されていた。


「……チッ。ウチの経験談を話してやるよ。天聖風火……それぞれ『ウザいしつこいキモいメンドい』」

「はあ……?」

「土水は特に顕著に出んだよ。『陰キャと地味』……そして魔属性はだ。赤の他人に、しかも初対面の先輩に対して『オシャレお嬢』なんてダサい名前を付ける」


 彼女の口から出てきたのは中々珍しい、最早清々しいレベルの偏見。こんな言葉を吐き捨てたが最後、恥さらしとして国外に追放されていてもおかしくはない。


 俺が農家で助かったな、オシャレお嬢。


「……というか何故『オシャレお嬢』と?」

「まだアンタ分かんねーの? ウチは相手の心が読めんだよ、農家の坊や」


 相手の心が読めるだと。そんな魔法があるなんて聞いたことが無いぞ?


「コレは生まれつきだから魔法じゃねえ。それよりそれが先輩に対する態度か? なぁ?」

「……すみません。田舎者なので魔法に詳しくなくて。エスパーなんですね、メルシー先輩」

「なぁ、ウチの存在をいつ知った? まさかきっかけはアンタが思い付いたそれじゃないだろうね」

「俺は生徒の個人情報を集めるのが趣味なので、関係ありませんよ」


 困ったなあ、考えてることが全部分かってしまうなんて。これじゃ俺が今日から恋愛成就請負人になったことがバレるしまうよ。


「……それは何だ。真夜中にでも学園にいる理由はそれか?」

「寝泊まりする理由は違いますけど、意外とメルシー先輩でも気になっちゃうんですね。好きな人とかいるんですか?」

「ん……」


 そう言うとメルシー先輩は黙った。正直な話、意外だと思ってしまった。


 こちらも偏見を思わせてもらうが、どう見ても恋愛強者で百戦錬磨といった容姿をしている彼女が、それも誰かに頼るようなことに興味を惹かれるとは俺にはどうしても予測出来ない。


「悩みなんて誰にもありますよね。本音をいくらぶつけてもらっても結構です。だって俺は田舎者で友人も誰一人いない孤独な変人ですから。ただ……願いを叶えたいと依頼するなら、その分報酬は頂きます」


 よし、決まった。これからの報酬金は相手の攻略難易度に比例させて払ってもらおう、そっちの方が何かそれっぽいな。


 ……金を貰ったらコネにならないのでは?


「ゴチャゴチャうるせーなアンタ……コネを作りたいんだが知らねえけどウチに手出したら許さねえからな」

「手を出すとは……」

「ウチは金を払う気ねえし必要ねえ。……ただ、一旦寝かせろ」


 メルシー先輩が指差した先には、俺が寝るためにマゼル先生から借りている一人用の毛布がある。


 つまり、彼女は俺から睡眠環境を奪うと宣言しているようなものだ。


「アンタ本当に最悪だな。わーったよ! 一緒に入る許可をやるから」

「いや、それ俺の何ですけど」


 ……まあいいか。ここで反抗したら嫌われてしまうから素直に床で寝るか。

 三年の先輩とはどう頑張っても関わる機会が少ないんだから、誠実さで勝負しないとだ。


「聞こえてるってさっきから」

「じゃあ寝ましょう。俺はあなたの悩み、全部解決出来ますからね、頼ってくださいよ!」

「そのコミュニケーション力はどこから来てんだよ……田舎とかもう関係無くなってんだろ」


 毛布の代わりに即席ベッドをクッションで作りそこで俺は横になる。


 メルシー先輩は特に文句を垂れる様子もなく普通に毛布の中に入ってくれた。


 さて、明日からどうしようかな。やっぱり大々的に発表した方が客は沢山来てくれるかな?

 だけど逆に通ってることがバレたくない人もいるだろうし、難しいな。

 明日になったらローズとギルバート君に相談してみようか、なんて相談聞く側なのに相談するなんて俺は頼りないなあ。

 そういえばメルシー先輩って〈魔属性〉以外の属性は完璧なオールラウンダー型の天才って聞いてるんだけど、本当なのかな?

 それも明日聞こう。あとは――


「……マジでうっせーから黙れ」

「はい」


 今度こそ俺は考えるのをやめて目を瞑った。案外疲れた一日だった。


 意識が朦朧とし始める中、意識が飛ぶ直前に彼女がボソリと呟いた。


「あと……ネク。アンタ今日からウチの恋人な」

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