第3話 性癖開発催眠魔法

 日は既に落ちかけている、急がないとギルバート君も自宅に帰ってしまう。駆け足で俺は中庭に向かった。


「はぁっはぁっ……」

「……ん、どうしたんだい。お、君はネク君じゃないか。たしか僕と同じ特待生だったよね?」


 噴水の近くでギルバートは本を読んでいた。横には読み終わったのか雑に積み上げられた本がある。


 ギルバート君は自他ともに認める完璧人間、わりと浮いている俺に対しても平等に接してくれる数少ない人間だ。


 放課後以外の時間だと必ず周りに誰かが居て話しかけることは困難を極めるが、放課後になると彼にまとわり付く奴らはいなくなる。


「っ、はぁ……そうです、俺はネクで特待生です」

「ネク君! どうしたんだ、汗が凄いぞ? ほらこのハンカチをあげるから顔を拭きなよ」

「あ、ありがとうございます」


 庶民にも優しいなんてさあ、俺も……恋しちゃうよ……。


 渡されたハンカチが貴族特有の生地で顔を拭くのに躊躇したが、初めての貰い物だししっかりと愛用することを決意して顔を拭く。

 ハンカチからは柑橘系の甘い香りが漂っていた。


「で、僕に何の用事があるのかな? 僕もそろそろ帰るつもりだったから出来れば早めに終わらせてほしいかな」

「『恋愛相談』……したくてさ。モテモテのギルバート君なら相談乗ってもらえるかなって。ギルバート君って許婚とかいますっけ?」

「ふ〜ん、恋愛相談部なのにそういう悩みを抱えているんだね。ちなみに僕はいないよ」


 よし、言質取った。これでこっから俺が何をしても略奪愛とか不貞行為にならずに済むな。


「そうなんだよ! 俺実はすっごく悩んでてさ、一ヶ月苦しかったんだ。ギルバート君は誰か好きになったことありますか!」

「……んー、僕はそういうの興味無いんだよね。両親も相手を早く探せってうるさいし。逆に僕が君に相談したいくらいだよ」


 彼の目はそれこそ濁りなき眼だ。今、俺はこっそりと目線でギルバートに魔法をかけ続けている。


 ギルバート君程の実力者だと一分くらいはかかるだろう、だけど相手の目を見て話すギルバート君ならそこまで難しくはない。


「そういえばネク君は何の魔法が得意なの?」

「えっ」

「僕は治癒魔法を小さい頃から覚えていたから特待生になれたんだけど、君は?」


 唐突に俺の魔法のことを聞いてくるなよ、バレたかと思って焦ったぞ……。


「俺はギルバート君みたいに〈全属性〉の魔法がバランス良く扱えるわけじゃないんだよね。一つの属性に特化してるからどんな魔法が得意っていうのは無いです」

「ふぅ〜ん、珍しいね。属性特化タイプの特待生って歴代でも相当少ないと思うけど、君はどの属性なのかな? 一番珍しい〈聖属性〉だったり? 〈水属性〉とか似合いそう」


 彼の普段の友達と俺の雰囲気が違うのか分からないけど、何だかイメージよりもハイテンションで喋りだした。

 だけど……残念ながらその中に俺の得意な属性は入っていない。


「全部違いますね。俺が得意な魔法はもっと意外な物ですよ」

「え、そうなんだ。なんだろう……〈土属性〉だとか?」

「──俺は〈魔属性〉が大得意。歴代特待生でも俺だけじゃないかな」

「なっ……」

「〈魔属性〉だと……!? バカな、人類の開拓がほとんど進んでいない未知の属性だぞ⁉ 〈魔属性〉だけで特待入りなんて不可能だ……!」

「いや、俺は〈魔属性〉なら全魔法が扱えるんだ。だからここにいる」


 何故俺の適正が高いかはよく分かってはいないが、それに気が付いた当時の俺は一つの目標を立てた。


 それは、この学園に入学して沢山の友達……いや、無数のコネを作ってとにかく稼ぐことだ。


「くッ……」


 俺の勝ちだよ、ギルバート君。俺とギルバート君が目を合わせ続けて一分経過した。

 俺がギルバート君に仕掛けたのは〈魔属性〉魔法の【催眠ヒプノティズム】。これの効果が発動すると俺の質問から嘘を吐けなくなり沈黙も不可能になる。


 集中力を欠いた目で俺の目から逸らさなくなるのが、この魔法の特徴だ。


「ギルバート君。ローズ・ベルセリアって子知ってるかな?」

「……ああ、聞いたことはあるよ」


 淡々と表情を変えず喋ってくれるギルバート君は一体どんなことを教えてくれるんだろうな。

 噴水の音がより一層大きくなったように感じる。


「そういえばこの間、僕が移動教室で廊下を歩いていたら、目の前で何も無い所なのに彼女が躓いていたから物を拾ったよ」

「……それで? 一目惚れとかは?」

「……いや? 僕はどうしてもそういう気持ちにはなれないんだ。恋愛には興味が無い」


 なるほどなるほど……それも本心だったのか。だとしたらどうするか? これじゃあローズ以外にも打算が存在していない。


 そうなると仮にローズのように相談されても解決出来ない……困る、困るぞ。

 しょうがない、質問の内容を変えてみるか。


「初恋の相手は? 好きなタイプは? 性癖は? どうしてオッドアイ? 何の漫画読んでた?」

「……ッ、えー……と、オッドアイは父親からの遺伝なんだ、珍しいよね」


 わざと質問を五つぶつけてみたが、恋愛を露骨に避けたな。


 もしかすると幼い頃のトラウマがあるのだろうか。こうなったらもっと危険な魔法を使うしかないな!


 俺はギルバート君に一歩ずつ近付き彼の数センチ前で立ち止まる。そして左手の人差し指を彼の額に押し当てた。


「【奪回リゲイン】。真実の性癖を思い出すんだ、ギルバート君!」

「うっ……ぼ、僕は……」



 ──【奪回】は本人が自覚していない事実だとしても脳が心に反してしまう、つまりは「目覚め」現象が起こる危険な魔法の一種だ。


 だから、こんな完璧人間に仕掛けるのは推奨されない。抑えていた物が顔を出してしまうからだ。


「──ぽ」

「ぽ?」

「ぽっちゃりが良いぃッ!」


 突然ギルバート君は絶叫し、持っていた本を地面に落とし目をカッと開いた。

 そしてギルバート君は俺を突き飛ばして走り出す。


「ちょ、ちょっと待ってよギルバート君……!!」

「離せ、離してくれッ! 僕はぽっちゃりな女の子を探すんだッ!」


 今までの彼のイメージを覆すような豹変ぶりに、俺は必死にギルバートの制服を掴んで引きずられながらも質問を続ける。まだ【催眠】は途切れていない!


「マ、マゼル先生が好みなのかな……!? 皆大好きだよねー……!」

「違う! マゼル先生は腹が足りないだろッもっと肉をつけさせろッ!」

「め、めちゃくちゃだよ〜ッ!」


 駄目だ、力が強すぎる。土が捲れて跡が出来るくらい踏んばっているのに……このままじゃ貴重な制服が破れちゃう、誰か助けてぇ!


「ネクさぁ〜ん! ここにいますかぁ〜!?」

「この声は……ローズさん!? 待ってッ来ちゃ駄目だ!」


 噴水の裏側からローズの声が一瞬聞こえた。幸いギルバート君の豹変にローズは気付いていない。こんな姿を彼女に見つからないようにしないと……いや、そんな事したら校内で無断で魔法を使ったのがバレてしまう!


「ローズさんだと……! 彼女に会わせろッ!」


 ますますギルバートの力が強くなる。

 はっきり言って、ローズの身体は細い。制服姿を見ればグラマラスじゃないなんてすぐに分かるし、お腹の肉なんかはほぼ皆無に等しい。

 絶対にギルバートの好みじゃないことはたしかだ。


「ああっ、逃げろローズさん! 彼は……ギルバート君はギルバート君じゃなくなった! ケモノだ!」

「な、何言ってるんですか……? よく聞こえないです! すぐいきますねっ」

「噴水うるさいぞッ! 彼女の声がよく聞こえないじゃあないかあああああッッ!」

「ってぇ!」


 俺は凶暴化したギルバートについに敗北し噴水の中に振り飛ばされる。


 そして、二人は噴水の下で再会を果たした。


「ギ、ギルバートさん!? も、もう……! ネクさん、言ってくださいよ! ってあれ? なんでネクさんは噴水の中に……」

「ローズさんッッ!」

「は、はいいっ!」


 終わった。ギルバートがこれから何を言うかは魔法を使わなくても分かる。


「ローズさん、好きだッ!」

「え……!? わ、私もギルバートさんが──」

「もっと! 肉をつけてくださいッ! 君は体型以外完璧な人間なんだ! ふわふわマシュマロボディになってくれるなら君の婚約者に僕はなりたいッッ!」


 ごめん分からない。それにそれはセクハラだよぉ……。


「ご、ごめんなさい……太るのは無理です……」

「……そん、なッ……」


 振られたショックで【催眠】の効き目が終わったのか電源が切れたようにギルバートは倒れて眠った。


「……ローズさん」

「ネクさん……」

「部室までギルバート君を運ぶの手伝ってください。俺が肩を持つので足の方をほんの少しでいいので浮かせてほしいです」

「はい……」


 ずぶ濡れの俺は噴水の中からげんなりとしたローズにそう伝えた。



 二人で中庭からギルバートを他人に見られないようこっそり運び、部室に彼を投げ込んだときにはローズの顔は青ざめていた。


 色々と放課後で良かったと今では思う。


「……ふぅ」


 俺はとりあえずびしょ濡れになった上着を脱ぎ、窓に干して放置した。

 すると、ローズが口をだしてきた。


「あのっ! 私が服を浄化します! ぬ、脱がなくて大丈夫ですからね!」

「いや、大丈夫だよ……ローズさんは気持ちを整理する時間にしておいて」

「いえっ、その……恋心は無くなっちゃったので」


 ああ……これは失敗かなぁ。ギルバート君は悪くないけど、また違う人を探さないと……どうせ学生なんだから後一回ぐらいはチャンスがあればいいなあ。


「……じゃあやっぱり浄化──」

「──【洗濯クリーニング】!」


 ローズが唱えた魔法で俺の全身が光り輝き、服についた土や汚れが浄化されてずぶ濡れだった服も完璧に乾いた。ふんわりと甘い香りが部屋中に充満する。


「これって──」

「私と、おそろいですね!」


 ローズは俺に距離を縮めて微笑む。言われてみれば最初に出会ったときに感じた匂いと一緒だ。


 ただ、感動したのはそれだけじゃない。


「凄いですね、ここまで完璧に浄化出来るのって珍しいんじゃ?」

「はい! 私〈聖属性〉が得意なんです! こうみえて意外と凄いですから!」

「はは、助かります。あと……ギルバートの後処理はこっちでやりますんで、その……新たな出会いがあったら相談乗ります」


 こうして俺はテンプレ通りに彼女に伝える。強力すぎる魔法は俺の身の丈に合わないのかもしれんな。


「あのっ! 迷惑じゃなければいいんですけど……」

「何ですか」

「私、恋愛相談部に入部してもいいですか」


 意外な質問に俺は「ええっ!?」と驚いてしまう。数時間前なら泣くほど喜んでいたのだが……。


「ごめん。実は──」

「──ふわぁ……ネク、入るわよ……あら? ベルセリアちゃんじゃない、どうしたの」

「あああの、先生これは違うんです」


 俺はギルバート君が倒れているのをバレないようにマゼル先生の目の前に立ち塞がるが手遅れだった。


「ネク? 貴方……使ったわね? 無許可で使うの駄目だって……言ったわよね?」

「あ……あわわ……」


 ローズのいる手前、怒りを出来るだけ顔に出さないようにしてるつもりだろうけど、俺よりもローズの方が怯えて涙目になるまでマゼル先生は激怒していた。

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