第2話 清楚な彼女の彼氏を作ろう

「どうしよう!? 俺このままだと退学になっちまう……!」


 今時、恋に悩んでいる純粋な少年少女など田舎じゃあるまいしそんな簡単にいる訳がない! こいつら全員貴族なんだぞッ! 引く手あまたに決まってるだろ!?


 絶望感に襲われ、気が付くと廊下で大声を出して逃げるように自分の部室まで全力疾走を図り始めていた。


「ヒソヒソ……あれって一年の問題児でしょ……平民の」

「そうそう……運良く特待で入った子よ」


 けっ、何とでも言うがいいさ。絶対に結果を残してやるからな!


 そんなことを思いながら泣きそうな思いを抑えて部室まで逃げた。まず作戦を考えたから相談を聞くんだ。一人の時間が必要だ。


 だが、部室の入り口にそわそわして中を覗いている女生徒がいるのが見えた。


 彼女はたしか……桃色のショートボブ、背伸びをしないとドア窓を覗けない背丈からするに、同じクラスのローズ・ベルセリアか?


 有名な名家生まれだと聞いていたけど、彼女も俺と同じで友達といる所を見かけないな。一体何の用があるんだろう?


「んー……見えないなあ。あっ! ネクさんですか?」


 彼女は俺の気配に気付き振り返った。目はまんまるで顔立ちも整っていてお人形みたいな美少女だ。さぞかし親からの多大な愛を受けてきたのだろう、育ちの良さが伺える。


「そうですけど。あとここは俺の部室ですが……」

「あ、あの! ここで恋愛……相談聞いてくれるって聞いて来ました!」


 ……なんと! こんな所に!? こんな可愛らしい純粋そうな子が!? 俺に相談を!? ……天は俺に味方しているのか!?


 俺はローズを細心の注意を払って部室に入れる。勿論、機嫌を損なわないように戸棚にマゼル先生が勝手に飲まれないようにしている高級茶を彼女に差し出した。


「で、相談ってどんなのです? 君みたいな美人さんなら叶えられるよ」

「あ、あの……実は私が好きな人がいるんですけど」

「知ってるよ。ギルバート・アルスタッドだろ?」


 俺がそう言うと心を見透かされたような表情で驚き、目を泳がせながらも少し微笑んだ。


「あ、当たってます……! 凄い……何で分かったんですか、私の……意中の相手を当てられるなんて」


 俺は余裕ぶって笑った。

 当然だ。だって俺は八割のクラスメイトの好きな人を知ってるから。


 一ヶ月も人間観察を続けて、誰が誰を好きかも聞き逃さずに生活してきたからね。気持ち悪がられると思うけど、そこまでしないといけないのっぴきならない理由があったからだけどさ。


「……で、ギルバート君についてどんな相談内容かな? きっかけとかも知りたいかなぁ」


 俺が言葉にすると彼女は改めて自分の記憶を思い出してか、顔を赤く染めた。


 ギルバート・アルスタッド……彼はアルスタッド家の長男坊。

 爽やかに金色の髪をなびかせ、かつての勇者の証であるオッドアイを有し、外見だけなら男女ともに尊敬や憧れの感情を一度は抱いたことがあるような男だ。


 魔法の才能も凄まじく、俺と同じく三枠ある特待生のうちの一人でもあり、特に治癒魔法のスペシャリストと教師陣から評されていることもよく聞く。


 そんな才色兼備な王子様に恋する競争相手は中々に多い。ローズには悪いが、俺が知らない間で既に許婚がいてもおかしくはないだろう。


「その、私が好きになったきっかけはですね……ギルバートさんが私が落としたハンカチを優しく拾ってくれたからなんです」

「…………えーと? 続き、は?」

「え、終わりですよ?」


 それだけ? 別に人の恋心を馬鹿にしたいとかじゃないけど、それだけ!?

 どうしようか、語り終わって満足げな顔をしてはいるがそれじゃ向こうも覚えているのか怪しいぞ……。


「あの、ネクさんも特待生ですよね。ギルバートさんは治癒魔法がお得意でそれもまたカッコイイんです……! もしかしたらお二人は仲良しだったりしないかなと思って……! ネクさんが得意な魔法って何なんですか?」

「ああ、俺が得意なのはね……」


 そこまで言いかけていた俺の口は、あることを思い出して言うのをやめた。


「……? 恥ずかしがらないでも平気ですよ? 私は浄化魔法が得意です! ……といってもネクさんとギルバートさんには敵いませんけどね」


 わざわざ彼女は俯く俺の視線に入り込むように上目遣いで俺の目をじっと見つめてくる。彼女の瞳は透き通っていて、俺の曇った顔が綺麗に反射していた。


「俺の得意魔法を聞いたら頼りたくなくなると思う。だから君の恋が成就したら教える」

「私はそんなの気にしないですよ! あっ、このお茶頂く前に念の為に浄化しますね」


 そう言ってローズはコップの取っ手を握り左手をコップにかざした。

 すると、あまりの濃度に底が見えなかったお茶が消えてなくなったように透明に早変わりした。


「あれっ? あはは……んっ、水になっちゃいました……普通の飲み物だとこうはならないんですけどねぇ……」


 ローズは一転して目を細め俺を怪しむような素振りを見せ始める。が、よく見ると口元だけは笑っていたから何か仕込んだとは疑われていないだろう……多分。


「あの、うん。それはマゼル先生の物だから俺を問い詰めても何も答えられないからね」

「え? な、何も疑ってませんよー」

「はは……えっとギルバート君が普段何処にいるか分かります? 直接説得してきますよ」

「ギルバートさんはよく放課後は中庭で本を読む姿を見ます! 私が案内しますからっ!」


 ローズさんに付いて来られるのはちょっと困るな……。

 男子で一番人気があるギルバート君のことだ、ローズさんの失恋は免れない。

 俺がこれからやることはそれ自体を覆す、禁止技なのだから。


 ローズは苦虫を噛み潰すような俺の顔を見てほんの一瞬だけ不安そうな顔を見せ、誤魔化すように笑った。


「別に、そこまで真剣にならなくてもいいですよ? どうせ……私の恋が叶うなんて思ってませんから」

「――今、なんて言いました?」


 聞き捨てならない言葉を聞いて思わず俺は立ち上がる。


 クラスメイトから依頼された恋愛相談を必ず叶える、それが俺の仕事なんだ。それを馬鹿にされたような気分になり少し腹が立ってしまった。


「あ……ごめんなさい。ネガティブなこと言わないってお母さんから言われてたのに……」

「……大丈夫だよ。俺は必ず君の恋を叶えるから! 俺も真剣に向き合うから、ローズさんも俺とギルバート君に真剣に向き合おう」

「はっ……! そ、そうですよね!? 私間違ってました。これが! 約束の握手です!」

「任せてよ! 俺を信じて!」


 差し出された細く白い手を握り引き寄せて俺達はガッツポーズを取った。


 初めての依頼人を悲しませる訳にはいかない! 俺は絶対にギルバート君を恋に落としてやるからな!

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