踊る

みやこ

踊れ

燃える、燃える、燃える───


神の瞳は空。

地は緑に満ちて。

燃え盛る焔を抱くように、円陣を組んだ人は踊る、踊る、踊る───

地と空、二つの灼熱に愛され、そして二つを愛す人々は、救われるように踊っている。踊り手と踊り足がステップを刻む。交差し、離れ、絡み合う。彼らを導くのは肉笛遣い。ヒュンと空気を裂く音は指揮。絶叫を奏でる肉笛たち。その音色に酔わされて、踊り手と踊り足どもは更に加速し続ける。空には鳥が飛ぶ。山ほど鳥が飛ぶ。極彩色の人食い鳥が飛ぶ。すずめが飛ぶ。カラスが飛ぶ。コンドルが飛ぶ。蛇が飛ぶ。何処から来たのかというほどの鳥が飛ぶ。その下で、踊り手と踊り足がステップ。肉笛の音色が響き渡る。


祭儀だった。恐らく二十年に一度の。なぜ二十年なのかは誰も覚えていない。以前行ったのが二十年前なのかも定かではない。記憶に価値はない。神話に意味はない。神々は人の理を超越しているのだから、その眷属足らんと望むものもまた、条理を捨て去り気儘に生きねばならない。この過酷の地。灼熱と病、鳥獣と毒蟲の息づく、命の楽園から程遠き修羅畜生の獄道。食物連鎖と弱肉強食の理のみが支配する繁栄絶滅輪廻の大地で、気儘に生き抜くことができたもの、それすなわち神である。神であるなら自由である。自由であるから踊るのだ。踊り手と踊り足は神であり、その眷属。命の円環を抜けた解脱の証として、その生殖器は削ぎ落とされ、その口は縫い合わされ、その目は潰し塞がれている。穴という穴に枝と葉と肉を詰め込まれ異形に変じた彼らはやはり人でなく神である。生殖行為を捨て、捕食行為を捨て、睡眠行為すら捨て去って。生存に不要なるダンスという行為を追及する彼らはやはり命ではなく神である。


神である、神である、神である。


肉笛遣いが肉笛を奏でる。

生殖器のみを削いだ、まだ人の身に留まる神官たちは、燃える焔へ供物を投げ込む。

祭儀は盛り上がる。

祭儀は盛り上がる。

祭儀は盛り上がる。





窓が閉まり、鍵が閉まり、ブラインドが降り、カーテンが閉められた。見てはならないと言われて、彼はちょっと寂しく感じながら窓際から離れる。叱責した姉が部屋を出ていった。溜め息を吐いて、床に置いていたゲーム機を手に取る。


この町には、時々ああいうのが来る。

見たことない人種。見たことない装束の、不思議な一座。

テレビの画面で見る、南米とか、東南アジアとか、ああいう感じの人たちで、彼らが何者で、何処から来て、何処へ行くのか、誰も知らない。

警察官が取り締まることはないし。大人たちは話題に出すこともしない。ただ、そういうものとしてだけ扱って、彼らが通り過ぎる日は、学校や仕事があっても絶対に外に出てはいけないんだという。彼らが来る前触れとして、死人が連続し、太陽が夜も空にいるようになる。そうして二日三日すると彼らがやってくるので、大人たちはそうなる前に、生活必需品を揃え、諸々の手続きを終え、家に籠る。子供が外に行かぬよう、映画を借りたり、新しいゲームを買ってきてくれるので、季節外れのクリスマスみたいに、子供達は喜ぶ。


踊り手と踊り足と肉笛と肉笛遣いと神官と山ほどの鳥からなる一座は、短ければ二時間、長いときは半月かけて町を練り歩き、やがて何処かに行ってしまう。彼らが町を出るところを見た人はいないらしい。気が付いたら日が暮れていて、それでようやく、いなくなったことに気が付く。


「踊山に登ったんだよ」

と言ったのは幼なじみの山田。

町の少年たちは、例えゲームが与えられようと、本を与えられようと、閉じ籠っていた時間の熱量を発散させきることはできなくて。夜を越えて『ちゃんとした』朝が来ると皆一斉に町へ飛び出す。熱を発散させるべく、友達同士で集まり出す。これもまた、ひとつの名物だろう。

話題はひとつで、あの一座についてだ。

他の町では見たことも聞いたこともないらしいとか。町外れに越してきた一家がいなくなってるとか。あれはなんなんだろうと誰かが疑問を漏らすと、口々に、呪いだ、祟りだ、いや神様だろう、少なくとも人ではないよね、まれびとらしいと父が言ってた、なまはげだって母が笑った、いや魔物だろうよ、百鬼夜行だ、なんて。思い付くままに可能性を提示して、けれど証拠は誰にもわからない。

でも中にはそれっぽいものもあって、例えば『トロピカル印集アイランドの怪』。高度経済成長期に、南国風リゾートが建設されたのは、町の向こうにある山の印集村。そこの墓地をどかして作られた大規模リゾートで、南国そのものなトロピカルな気分を味わえるとか、なんとか。アトラクションも宿も充実。従業員はトロピカルな人たちを安く雇ったので、値段もリーズナブル。それはそれは儲けたのだけど、ある日施設の隅で食べ掛けの人間の死体が見つかって、あれよあれよという間に閉鎖されたとか、なんとか。以後、誰もあの廃リゾートには近付かない。怖いもの好きな少年たちも、ああいう場所を求める不良や大学生も。誰もそこには近付かない。正確には、土砂崩れで道が塞がってるから物理的に近寄れないのだけれど。それでまあ、彼らはそこにまつわる『何か』だという話だ。違法な賃金で働かされていたトロピカルな従業員の怨念説、人肉食の犠牲者の怨念説、人肉食儀礼の結果説、どかされた墓場の呪い説、等々。でも、どれもしっくり来ない。

その後もそれっぽいのは挙げられたけど、でもやっぱり、あの一座がなんなのか、誰も知らないらしかった。


人ではない。それは間違いない。


彼らが来ている間、外に出てはいけない。

その理由も口々に言い合った。呪われるからだとか、捕まって食べられるんだとか。肉笛にされるという話もある。今回来た彼らの肉笛に、見知った顔を見たという子供もいた。供物として投げ込まれるんだ、実際に見た、そういう子もいる。数年前、受験期に彼らが来た時、なんとか会場へ行こうと外に出た高校生が、行方不明となったらしい。でも、真相は誰もわからない。


町の滅びを予見する存在だと主張するおじさんが混じってきたので、少年たちは話を切り上げた。山田が、サッカーやろうとボールを掲げた。


その夜、彼は夢を見た。

彼は鳥になって空を飛んでいたと思ったら、学校の廊下を走り回っていて、扉を空けた先がジャングルだった。楽しくなってきたので、彼は踊った。気が付くと、足元を猫が走っていて、周りで日焼けした男と女が泣きながらずっと踊っていた。ジャングルだけど、やけに静かに思えた。木々を見ると、何か違和感。目を凝らすと、木々の隙間にはぼんやりとした灰色の男と女と子供とが沢山立っていて、じっと彼を見つめていた。泣きながら踊る男と女も、彼を見ていた。猫も彼を見ていた。その顔は姉だった。視線から逃れようと空を見ると、白くて、そして何も見えなくなった。



姉が町の外に越した。連絡が途絶えて久しい。

母と父は老いて、ほとんど同時に死んだ。

彼は家を継いで、一人きり。

数日前、山田の家が燃えた。

町外れに越してきた一家は行方不明のままだ。

最近凶事が続いている。ここ数日夜が来ない。

彼はじっと部屋に籠る。


何処かから、肉笛の絶叫が聞こえた。


彼は、ドアを見る。


不思議と、その向こうで、彼らが踊っている姿がはっきりと浮かんできた。

彼は立ち上がる。ドアに近付く。一歩踏み出すごとに、賑やかさを感じる。肉笛の音色。ステップの足音。炎の燃える音。


楽しそうだ。楽しくなってきた。


ドアノブを掴む。回す。扉を開ける。








踊れ。

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踊る みやこ @miyage

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