水面の月

 水面に浮かぶ月のようでいなさい、と言われたことがある。

 水面に浮かぶ月はしなやかで。

 やわらかく、それでいて美しい。

 儚さを持っていて、なおかつ、崩れない強さを感じさせる。

 だけれども、どうにもそんな風には成れない。

 夏の川沿いを歩く。月は煌々と夜空に浮かんでいて、僕はそれに手を伸ばした。

 届くはずもないけれど、あのスポットライトを自分だけのものにできたのなら、どれだけ満たされるのだろう。

 そう願う時点で、醜い。

 月にかざした手を握って、それから、顔の前に引き寄せる。

 手のひらを開く。そこに月は無い。

 されど放たれた光のほんのわずかな粒子は、手の平で掴めていたのではないだろうか。

 しかし開いた時すでに遅し。きっとその粒子は、空中に霧散してしまっていることだろう。

 ええい、となんだか悔しくなって、水面に浮かぶ月に石を投げた。

 じゃぽん、と大きな音と、しぶきが上がる。

 水面の月は一瞬形を歪ませたが、一息もつかぬ間に元に戻ってしまった。

 まるで嘲笑われているような気がして。だけれど、もう、石を投げる元気も無い。

 夜風が身体にしみるから、今日はもう帰ろうと思う。

 爛々と輝くあの月の周りに、光の弱い星々が無数にあるのかもしれない。

 思うばかりで、見やしない。

 彼らも情けをかけられてまで、見て欲しいとは思わないだろうから。

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