青いジャージのサンタさん

「はーい、みんな!サンタさんはどんな人かな?」


幼稚園の時、先生がみんなに聞いた。

私はすぐさまある人を思い浮かべ、顔をほころばせる。

でも、みんなは全く違う人のことを話しているみたいだった。


「赤い服きてる!」


「白いおひげなのー!」


「おじさんでね、おっきい袋持ってるんだよ!」


私は首を傾げた。

私が思い浮かべたのは全く違う人だったから。

私のサンタさんは、青いジャージを来たサラサラの黒髪を生やした小学四年生の近所のお兄ちゃんだった。


「みんなのサンタさん、変なの」


幼かった私はみんなから大ブーイングを受けながらも自分のサンタさんを信じた。

私の、みんなとは違うサンタさん。

だけど大好きな大好きなサンタさん。




「おっはよ!」


高3の冬、12月に入ったばかりだけど息は白くて冷え込んでいる。

そんな私の元に駆け寄ってくる青いジャージの好青年が1人。

私はマフラーに顔を埋めながら、その人に手を振った。


「おはよ」


日課の朝のランニングを終えたらしいその人は、にかっと眩しい笑みを浮かべる。

私も寒さで強ばっていたはずの顔が、自然と笑顔になった。

この人に会えれば、今日もいい日になるとそんな気がする。


「そういえば、もう12月だし今年のクリスマスは何が欲しい?」


その人の問いに、私の鼓動はどくんと大きな音を立てる。

この人は、毎年この近所の子供たちの所を巡ってサンタさん役をやっている。

自分も子供のくせに、小4の頃からずっと続けているのだ。


「今年は…」


私はこのまがい物サンタさんのことが大好きで、会えると幸せな気持ちになる。

今年の欲しいものは決まっている。

だけどいざ口にしようとすると、なかなか言葉になってくれない。


「まぁ、ゆっくり悩めよ。お前へのプレゼントは今年で最後だし」


言い淀んでいると、何を勘違いしたのか考える猶予をくれようとする。

ん?待って…。

今、なんて言った…?


「今年で…最後…?」


私は声にするのも恐ろしい言葉を繰り返した。

すると、その人は元気いっぱいに首を縦に振る。

いや、そんなテンションで肯定して欲しくない…。


「一応、高校生までって決めてるんだ。お前が留年しない限り今年で最後!あ、プレゼント欲しいからって留年するなよ?」


そう言って、豪快に笑って私の頭を小さい子にするように撫でる。

私はいつまで子供扱いするつもりなのだろうとむっとしながら彼を見上げた。

でも、彼は全くその意味に気づいていない。


「じゃ、じゃあ考えとく…。とりあえず、学校行ってきます」


私は動揺を悟られないように、その場を後にした。

今までは毎年、クリスマスはあの人と過ごしてきた。

それが当たり前で、当然のことだと思っていた。


「だけど...」


だけど、彼が私のサンタさんじゃなくなってしまえばクリスマスは一緒に過ごせなくなるかもしれない。

今年で一緒にいられるクリスマスは最後...。

それなら尚更、私は本当に欲しいものをあの人に伝えなきゃいけない。




「おかえり〜、ほしいもの決まったか?」


学校から帰ると私のサンタさんは相変わらずの青ジャージで私を迎える。

欲しいものはちゃんと決まっている。

いつでも言えるけど、そう簡単には言えない。


「社会人って案外暇なんだね」


私は本当に伝えたいことは口に出せずに、可愛くないことを口走る。

これじゃあ八つ当たりの嫌味でしかない。

こんなんじゃ、本当に欲しいものは手に入らない。


「今日は休みなのだよ。お前も社会人になったらわかる。でもその前に貰えるもんはちゃんと貰っといた方がいいぞ」


今すぐ伝えたい。

でも、どうしようもなく怖い。

だって、私が欲しいものはお金で買えるような物じゃないから。


「あ、あのね、私...」


でも、伝えなきゃ一生手に入らない。

相手は鈍感で平和ボケしたサンタさんなのだから。

私は大きく息を吸い込んで、拳を握りしめる。


「私が欲しいのは―」


「あ、いたいたー!家まで行ったのにいないから探しちゃった!」


私の覚悟の末の声は、知らない女の人の声に遮られた。

髪の毛を緩く巻いて、大人っぽい笑みを浮かべるその人は彼に駆け寄ってきたあと、私を見た。

性格も見た目も子供っぽい私とは大違いだ。


「妹さん?」


その言葉に目の前が真っ白になる。

やっぱり傍から見たら、そういう関係にしか見えないのだろう。

私がもっと大人っぽい高校生なら良かったけれど、私の容姿じゃとても5つ上の彼には追いつけない。


「わた、しは...」


否定しようとして、声がかすれる。

だって、彼だって私のことを妹のように思っているじゃないだろうか。

異性としてなんて意識されたこと無いはずだ。


「違うよ、こいつは...」


聞きたくなくて走り出す。

告白もしてないのに振られるなんてごめんだ。

さっきの女の人は彼女なのかもしれないけれど。


「クリスマスなんて来なければいいのに」


彼が私のサンタさんでいてくれる最後のクリスマスなんて来なければいい。

そしたらずっと、このままで居られるはずだ。

あの人は少なからず、私にプレゼントの内容を聞くために話しかけてくれる。




でも、そんなのは逃げてるだけだ。

いつかは絶対にその日は訪れる。

時間はそんな都合よく止まってくれたりしない。


「そろそろ聞かせてくれないか?プレゼント」


私のサンタさんは困り顔で、聞いてきた。

クリスマスはもう一週間後に迫っていて、街はクリスマスソングやらイルミネーションやらでクリスマス一色だ。

サンタさんは、プレゼントを一週間後までに準備しないといけないのだから私は相当彼を困らせているのだろう。


「なんでもいいよ」


私は考えることを、悩むことを、覚悟することを諦めた。

どうにも彼の顔を見ると、あの女の人の顔がちらつく。

私の欲しいものは手に入らないものなのだと思い知らされる。


「おいおい、サンタからもらえる最後のプレゼントだぞ?そんなんでいいのか?」


欲しいものはずっと一つでそれが叶わないとわかった今は、もう欲しい物なんてない。

一番欲しいものが手に入らないのなら、その他のものなんて全部一緒だ。

彼の手からもらえるプレゼントならなんだって嬉しいのもまた事実だし。


「いいの。最後は、サンタさんのセンスが見たいな」


私はそれっぽく言ってそこから逃げ出した。

ねえ、サンタさん。

私が本当に欲しいものは、あなたの心だよ―。




そしてとうとう当日がやってきた。

恋人がいる友だちは、ウキウキした面持ちで何処かに行ってしまったし、だからといって家族とクリスマスパーティーという気分でもない。

部屋に一人で閉じこもって、布団に潜り込んだ。


こうしていれば、ただの冬の夜だ。

寒いだけで、何も特別なことなんてない。

要は、気持ちの問題なんだ。


「メリークリスマース!」


締め切っていた部屋のドアが開かれる。

急に目に入り込んできた明かりに私は目を眇めた。

とうとう来てしまった、私のサンタさん。


「なんだよ、電気もつけないで。真っ暗じゃん」


今年もやっぱりサンタさんは、青いジャージを着てサラサラの黒髪だ。

白いおひげなんて生えてなくて、今となってみれば本当におかしなサンタさん。

でも、私の大好きなたった一人のサンタさん。


「暗いほうがロマンチックでしょ」


適当に答えて、布団に顔を埋める。

来てほしかったけど来てほしくなかった。

だって、プレゼントをもらってしまったら、彼は私のサンタさんではなくなってしまう。


「確かに、今日は星がキレイだぞ〜?それで、ほい。プレゼント!」


ああ、受け取りたくない。

終わってしまう。

でも、そんなワガママを言えるはずもなく私はそっと手を伸ばしてサンタさんからのプレゼントを受け取った。


私はそっと箱を開けた。

サンタさんは私の反応を伺うように覗き込んでくる。

その箱の中には小さなサンタさんとトナカイに雪が降り積もるように作られたスノードームだった。


「今どきの女子高生が何ほしいのかわからんけど…。そんなんでいいか?」


スノードームの中のサンタさんはやっぱり赤い服で白いひげを生やしている。

私は幼稚園の頃を思い出して笑みをこぼした。

こんなの全然サンタさんじゃない。


「私のサンタさん、こんなんじゃないよ」


私のサンタさんは、みんなの夢見る優しいおじいさんじゃない。

若くてちょっぴりやんちゃで、でもとびっきり優しい。

サンタさんは、いつまでもサンタさんのままでそれ以上近くには来てくれそうもないけれど…。


「よし、プレゼント渡した!ってことで、俺の欲しい物も聞いてもらっていいか?」


サンタさんの言葉に私は首をかしげた。

その顔はもうサンタさんではなく、いつもの近所のお兄ちゃんだった。

私に欲しい物を言ったところで叶う確率低いと思うけど…。


「聞く…だけなら」


私がうなずくと、お兄ちゃんは私のベッドの下に腰を下ろした。

何を言われるんだろう…。

なんだか、緊張して心臓の音がうるさい。


「お前の子供としてのクリスマスはさっき終わった。だから、俺もお前のサンタじゃなくなった」


もう、来年のクリスマスに会うことはないのかも知れない。

お兄ちゃんには一緒に過ごしたい彼女さんもいることだし。

私にとっては寂しいことだけれど…。


「でも、俺は来年のクリスマスもお前と過ごしたいなって思ってるんだ」


お兄ちゃんの言葉に、私は目を見開いた。

そんなわけない、今のは私の都合のいい幻聴だ。

だって、お兄ちゃんには大人っぽい彼女さんが…。


「来年も、そのまた次の年も、その次の次のもーっと先のクリスマスもお前の彼氏として過ごさせてくれないか?」


心臓が止まるかと思うくらい大きく跳ねた。

こんなことってあるのだろうか。

私は動揺を隠しきれずに口をパクパクさせる。


「だ、だって…、彼女さんは…?」


私を妹だと間違えたあの彼女さんは?

私なんて眼中になかったはずじゃ…。

驚きすぎて思考がまとまらない。


「彼女?あー、あいつか!大学の頃の友達。俺の友達にクリスマスの日に告白するから色々協力してくれって頼まれてたんだよ。俺はずっとお前にどう告白するべきか考えてた」


彼女じゃ、ない…。

それに、お兄ちゃんは私のことが好き…??

色々急な展開に私はあたふたとして、それでも嬉しかった。


「もう高3だし、5つ上の俺が告白したっていいよな…?」


少し不安そうな顔に私は笑みをこぼす。

ありがとう、サンタさん。

子供としての最後のクリスマスに、今までで最高のプレゼントをくれて。


「私も、大好き」


彼はもうサンタさんじゃない。

青いジャージにサラサラの黒髪の私の彼氏だ。

大好きで大好きな私の恋人だ。

















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幼なじみと恋をする 月村 あかり @akari--tsukimira

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