イタズラな君の本気がほしい

「トリックオアトリート。お菓子くれなきゃイタズラだぞ?」


そいつは、朝から家の前でそんなことを言ってきた。

ハロウィンなんて今までやってこなかったし、あんたは私なんかに言わなくても他にもいっぱい女子が周りにいるだろ。

そう思って、そいつの言葉は取り合わずに歩き出した。


「持ってません」


スタスタと歩きながら言うと、そいつはニコニコしながら駆け寄ってくる。

いやいや、来なくていいから!

できれば着いてこないでほしいと思いながらうつむいて歩く。


「ふーん?じゃあ、イタズラしてほしいんだ?」


私の顔を覗き込みながら、そう言う「ヤツ」。

意地悪そうな笑みを浮かべて、きっとまた私をからかっているだけだ。

私はため息を吐きながら、やつを睨みつけた。


「なわけ無いでしょ。ふざけないで」


こんなやつがどうして私の幼なじみなのか。

何度そう思ったことか。

ふざけてて、意地悪で、それでも何故かモテて…。


「ふざけてないよ―ん。今日はイタズラしていい日だから、ね?」


そう言って、やつは私の顔に顔を近づけてきた。

な、なにこれ…。

私は動揺して、でも押しのけることもできずに追い詰められてぎゅっと目をつぶった。


「ちょ…、なによ…!」


何をされるのだろうか。

いや、何となく分かる。

わかるけれど、わかりたくない。


「なーんてね。あはは、目開けていいよ?」


そんなムカつく声を合図に私は目を開けた。

すると、眼前に幼なじみの顔がある。

その顔には楽しくてたまらない、とでも言いたげな顔だ。


「あ、あのねぇ…!」


私が怒りの声をあげようとすると、やつは楽しそうにやっぱり笑った。

どうして怒ってる人の顔を見ながら笑えるのか。

やつは私の言葉を塞ぐように、私の唇に人差し指を当てた。


「なんか期待した?」


やつの問いに、私は自分が思い描いていた光景を思い返す。

そして、顔に全身の熱が集まっていくのがわかった。

そんな私の様子を見て、幼なじみは余計に笑みを深くした。


「全く、俺の幼なじみは変態だなぁ」


あはは、と笑いながらやつは学校への道を歩いていった。

私は拳を握りしめる。

やつはどう考えたって距離感がおかしい。


いくら幼少期を一緒に過ごした幼なじみだとしたって!

高校生にもなれば距離感をつかめるようになるものでは?

そして、そんな男に未だに振り回されている自分に嫌気が差した。


「トリックオアトリート!お菓子ちょーだい!!」


一人ため息を吐いていると、後ろから女友達が現れた。

また、ハロウィンか…。

今日はもう聞きたくなかったワードに私は首を振る。


「ないってば」


ため息を吐きながら言うと、友達は私の手の飴玉を置いた。

私は首を傾げる。

これは、逆の状況では?


「私はおかし貰うのも好きだけどあげるのも好き!だから、あげるね?」


謎理論に私は渋々頷いた。

いちごミルク味の飴玉をカバンの外ポケットに入れる。

いつ食べようかな。


「あ、ありがと」


照れ気味に言えば友達は楽しそうに笑った。

もう少し正直に感情表現出来ればな…。

自分で思うけど、まあ無理な話だ。


「うんうん、お菓子食べて笑顔になりな?あんまカリカリしてると愛しの幼なじみくんに嫌われちゃうぞ」


い、愛し…。

いや、確かに好きだった。

まともに関わってきた男子はあいつしかいないし、一時期はちゃんとあいつに恋愛感情を抱いていた頃もあった。


「うーん…」


でも、あいつが真面目に取り合ってくれなさすぎて。

あいつの中での私が恋愛対象でないことを悟って。

いつの間にか私の純粋な好きという気持ちはどこかに行ってしまった。


「えー、何その反応!好きじゃないの?」


最近はイラつきが勝ったりもする。

でも、好きなのは事実…だと思う。

なんとも思ってない相手が近づいてきたとて、あんなにドキドキしないと思うし。


「わかんないよ!どっちにしたって、あいつは攻略が難しすぎる」


好きでいたって一生叶わない。

それならば、今のまま幼なじみとして絡まれ続けるのもいいじゃない。

この関係すら壊れてしまうくらいなら。


「まぁ、確かにねぇ」


あいつはモテる。

サラサラの黒髪、猫目の童顔。

それでもって、あの掴みどころのない性格。


「あ、来たー!おはよー!」


あいつが教室に入ると、一気に騒がしくなる。

あいつは飄々としていて、自分の人気をわかっているのかすら分からない。

どうせ、わかっていて楽しんでいるんだろうけど。


「来たよーん、だからお菓子ちょーだい?」


やっぱみんなにやるのか。

私は幼なじみがクラスの中心的な存在の女子に近づいていくのを頬杖をつきながら見守った。

朝のあのやり取りは私だけにじゃないのか、なんて今更落ち込んだりもしない。


「えー、どうしよっかなぁ?お菓子あげたら、デートしてくれる?」


女子が出した交換条件に、あいつはにこっと微笑む。

私は肩を波打たせた。

さすが、自分に自信がある女子はやることが積極的だ。


「気が向いたらねー。はい、お菓子頂き!」


でも、そんな働きかけもするりとかわすのが私の幼なじみだ。

女子の手に握られていたお菓子だけ奪い取って、デートのお誘いははぐらかしてしまった。

あまり関わりのない女子とはいえ少し同情する。


「え〜?ずるーい!」


女子が怒りながら、それでも嬉しそうに声をあげる。

そっか、本当にデートに行って欲しいなんて思ってないんだ。

あいつと絡めることが嬉しいんだ。


「ズルくないの!4組の子にもたかってこよ〜」


幼なじみはひらりと教室から姿を消した。

4組の子、というフレーズに鼓動が早くなる。

あの、可愛くて男子が騒いでいるあの子のことだろうか。


「あいつくらいだよなぁ〜。まともに声かけられるの」


男子が呟いているのが聞こえる。

普通の男子が羨むような美人と平気で話せてしまうのが私の幼なじみ。

それは、同じ世界線を生きているからなんだろう。


「あほらし…」


私はただ、幼なじみだから一緒にいられるだけ。

それがなかったら私だって違う世界の住人だ。

あんなキラキラした笑顔向けられるような人間じゃない。


「なーにがあほらしいんだよ」


私のつぶやきを拾うような声が聞こえてきて、肩が波打つ。

な、何…!?

そこに居たのは4組に行ったはずの幼なじみだった。


「な、なんでいるのよ…!?4組に行ったんじゃ…」


私は後ろにのけぞりながら、叫んだ。

そんな私の様子を楽しそうに幼なじみは見つめる。

私のことなんていじりがいのある間抜けなやつとしか思ってないくせに…。


「ふーん。俺の事見てたんだ?」


嬉しそうに言われて、あたふたする。

別に、見てたわけじゃない。

そんなこと言ってもあの発言のあとじゃどうしようもないだろう。


「だ、誰にでもやるんだな…って見てただけ」


あれ、何を言ってるんだろうか。

これじゃあまるで、ヤキモチを妬いてると本人にそのまま伝えているようなものだ。

そんな恥ずかしいこと絶対したくないのに。


「俺がほかの女子に同じように絡んでると嫌なの?」


そりゃあ、やっぱり私は特別じゃないんだと言われているようで。

いい気持ちにならないのは確かだ。

でも、それをあんたに伝えようなんてこれっぽっちも思っていないのに。


「べ、別に…!?あんたが誰にどんな風に絡もうとあんたの勝手でしょ」


可愛くない。

でも、伝えたくない。

こんな立場違いな私が、幼なじみにこんな感情を持っていることを知られたくない。


「そうだな。俺の勝手だな」


切なそうに、なぜか私にはそう見えるような表情で幼なじみは言った。

なんでそんな顔するのよ。

それじゃまるで、私にヤキモチを妬いて欲しかったみたいじゃない。


「ちょっと待―」


別に焦る必要なんてないのに私は慌てて声をかけようとした。

何やってるんだろう、こんな必死な姿見せたらまたからかわれる。

でも、それは杞憂だった。


「さっきの夜の話だけど、やっぱ受けるわ」


あいつの目に私なんてもう映っていなかった。

声の先には4組の女子がいる。

なんだ、やっぱりあの子か。


「え、本当に?嬉しい!いろんな人誘ったけど本命に来てもらわなきゃ困るもんね!」


あいつは人気のある女子の本命になれるような人だ。

私なんかにかまってるのはやっぱり面白半分で。

本気になるのはああいう可愛い女の子で。


心では納得しているのに、何故かいつの間にか立ち上がっていた。

だからって、私の気持ちをなくさなきゃ行けないわけじゃない。

ずっと隣にいたのはあの子じゃなくて私じゃない。


「やだ」


教室の出入り口で話し込んでいる幼なじみのシャツの裾を掴む。

うつむきながら放った声は情けないほど震えていたけどきっと聞こえたはずだ。

幼なじみは今、どんな表情をしてるんだろう。


「え…?」


戸惑ったような声が聞こえる。

そこで我に返った。

何やってるんだろう、私はこんなことするキャラじゃないじゃん。


「ご、ごめん!なんでも…」


なんでもなくない。

本当はいつもいつもいつも嫉妬で狂いそうだ。

他の女の子に構わないで、あの子がいいなら私のことは放っておいて。


「待って!今、なんて?」


どうして聞き返すの。

もう一度聞いたらあんたはもっと困ることになるよ?

でも、私は幼なじみの顔をしっかり見て言った。


「やだって言ったの!あんたが他の女子と話したり遊んだりしてるの…それが嫌なの!」


こんなこと言ってどうするんだ。

でも、たまには困らせたっていいじゃん。

いつも私が困らされてるんだから。


「やっとかよ」


そんな声に私は首をかしげた。

やっと…?

幼なじみは何を待ち望んでいたんだろうか。


「やっと、妬いてくれた」


幼なじみは嬉しそうに笑った。

私がヤキモチを妬くのを待ってたってこと?

そんなの待たなくたって、ずっと心のなかでは妬き続けていたのに。


「馬鹿じゃないの?ほんとはずっと嫌だった」


私が言うと、幼なじみはいつもの意地悪そうな笑みを浮かべた。

そうそう、こんな表情を見るといつも嫌な予感に襲われる。

でも、その笑みで見つめられるのは私だけでいい。


「んじゃ、いつもわざとヤキモチ《おかし》くれなかったんだ?」


幼なじみが私を引き寄せる。

いや、ここ教室だよ?

クラスメートもいっぱいいるし、みんな見てるし!!


「朝言ったじゃん。お菓子くれなきゃイタズラするって」


そう言って、幼なじみは私にキスを落とす。

私は恥ずかしさで顔から火が出そうだった。

いつも私はやられてばかりだ…。


「お菓子…今からあげるよ…」


負けっぱなしは嫌だ。

負けず嫌いが私の性格だ。

私は背伸びをして自分より高い位置にある頬に顔を近づけた。


「…!反則…!」


そんな幼なじみの声を聞こえないふりをする。

これからいっぱいイタズラしてやる。

その代わり、私には君の本気をちょうだい。












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