頬が染まるのは君のせい

「ねえ、顔赤いよ?もしかして照れてる??」


「馬鹿じゃねーの、火のせいだろ」


「そっかぁ、そうだよね」


今でも後悔している。

どうして素直に嬉しかったから、照れていたからだから顔が赤かったんだと言えなかったのか。

中3の文化祭の夜、あいつはせっかく想いを伝えてくれたのに。




「こら!サボらないの!」


ぼーっとしていると、荷物を持った女子に怒られた。

その見知った怒り顔に現実に引き戻される。

俺は、その女子から荷物であるダンボールを受け取った。


「悪い、悪い。ちょっと考え事」


俺が言うと女子ははいはい、とでも言いたげにどこかへ行ってしまった。

彼女は俺の幼なじみであり、一応彼女でもある。

中3の文化祭の夜、彼女から告白されたのだ。


「まだまだ荷物あるからね〜!」


実は、ずっと彼女のことが好きだった俺はとてつもなく嬉しかった。

それなのに素直になれない性格が先走って、微妙な反応をしてしまった。

今も形上は付き合ってることになっているけれど、俺から好きだと伝えたことはない。


「あいよ〜」


このままじゃいつか愛想を尽かされる。

わかっているのに、口は言うことを聞いてくれない。

気づいた時には思っていることと反対のことを言ってしまっている。


「あ、重そう。こっち持ってよ、俺そっち持つ」


そんな言葉が聞こえて、視線を投げる。

すると、彼女と荷物を取り替える男子の姿が目に入った。

確か、間近に迫った文化祭の実行委員を彼女と一緒にやっている隣のクラスの男子だ。


「え、いいよ。私もこのくらい持てるよ」


彼女が荷物を再び取り替えようとすると、男子がそれを手で制する。

彼女はキョトンとしたまま、首を傾げた。

遠くから見るそんな仕草も本当は愛おしくてたまらない。


「いいの。俺、あんたと一緒に作業できてるだけで楽しいからさ。このくらい、持たせてよ」


なんて素直な言葉だろうか。

俺もあんなふうに気持ちを素直に言葉にできたらいいのに。

そしたら今頃、好きなんて彼女に簡単に言えているはずなのに。


「何言ってんの?でも、ありがとう。じゃあ、お任せするね」


彼女も嬉しそうに笑い返す。

俺はなんだか見ていられなくて、2人から目を逸らした。

今はかろうじて中学からの彼氏という立場にすがりついているけれどいつ、断ち切られるか分からない。


「なぁ、場所交換して」


近くにいた男子に声をかけてその場を離れた。

彼女にもし他に好きな人ができてしまったら、俺なんかすぐにお払い箱だ。

その前にしっかり、自分の気持ちだけでも伝えたいのに。




「はいはーい!先頭の3名様ごあんなーい!」


幼なじみが大声を張り上げて、客を店内へ案内する。

俺はその姿を目で追って、追って何もしないまま。

休憩時間は一緒に回ろうと、誘えばいいのにそれもできずにいた。


「ねぇ、そろそろ休憩じゃない?」


誰かが、幼なじみに時計を指さしながら言う。

幼なじみは時計を確認すると、笑顔を見せた。

僕は意を決して、幼なじみに近づく。


「ほんとだ!休憩だっ!でも特に予定ないなぁ」


幼なじみが手をぶらぶらさせながら言う。

他に予定が入っていないようで安心する。

早く行って、誘って一緒に文化祭を楽しもう。


「え、じゃあ俺と回ろうよ」


そんな声が聞こえて俺はピタッと足を止めた。

声の主は見るまでもなく、実行委員のあいつだった。

やっぱり幼なじみに気があるらしい。


「え、でも私は…」


少し困り顔の幼なじみとバッチリと目が合う。

その顔はどういう感情が込められてるんだ?

そいつと回りたいけど、俺との関係がお前の足枷になってる?


「あ、俺用事思い出した。次の接客まで席外す」


俺は幼なじみに背を向けた。

面倒くさい思考回路だとわかってる。

直接聞いてもないのに、こんなことするなんて本当に馬鹿かもしれない。


「あ、ちょっと―」


背中にあいつの声が聞こえた気がした。

それも俺の勘違いかもしれない。

このままあの男と幼なじみが一緒に回ろうとする様子を見るなんて耐えられないし。


「何やってんだろ…。バッカみてぇ…」


頭を抱えて、しゃがみ込んだ。

もちろん用事なんて口からでまかせで、行くあてなんてない。

幼なじみと回るために、俺だって予定は何一つ入れずにいたんだ。


「ちょっと!なにやってんの!!」


そんな背中を叩かれて、ビクッとする。

振り返ると、そこに立っていたのは幼なじみだった。

俺が驚いて、飛び上がるように立ち上がる。


「おっ前!なんでここに…!」


口をパクパクさせながら、俺は幼なじみを指さした。

格好悪い姿だと思いながらも、驚きを隠せない。

幼なじみは呆れたようにため息を吐きながら、腰に手を当てている。


「なんでって一緒に回るためでしょ!?用事なんてないくせに!」


幼なじみは怒ったように俺に詰め寄る。

一緒に、回るため…。

俺と一緒に回ろうと思ってくれてたのか?


「いやだって、お前はあの男と回るのかなぁって…」


俺は、首をかきながら言う。

すると幼なじみは首を傾げる。

何一つもピンと来ていない様子だ。


「私があんた以外の人と回るわけ無いじゃん。こんなに一緒にいるのにそんなことも分からないの?」


幼なじみはさも当然のことのようにそう言ってのけた。

そして、俺に手を差し出す。

俺は差し出された手を取りながら口を開く。


「なんでだよ、なんで俺なんかに…」


こだわるのか、変わらずにいてくれるのか。

疑問は尽きないし、自分じゃ答えは出そうにない。

だから、ダサいとは思いながらも聞いてしまう。


「それは自分で考えて」


幼なじみはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

どうやらそう簡単に答えは教えて貰えないらしい。

それでも俺は、今隣に幼なじみがいてくれるだけでそれで良かった。




「ほら〜、早くしないとキャンプファイヤー終わっちゃうよ〜?」


もう随分前にキャンプファイヤーは始まっていた。

なぜ俺が行けていないかと言えば、片付けのジャンケンに負けたからだ。

全員キャンプファイヤーに行きたい中、もちろん片付けなんて買って出るやつはいなくて結局はじゃんけんで負けた俺の役目になった。


「やっと終わったぁ」


俺はため息を吐きながら、顔をあげた。

疲れきったまま、幼なじみに顔を向ける。

俺が負けたのに結局幼なじみまで巻き込む形になってしまった。


「お疲れ様」


そう言って幼なじみは俺に水を差し出した。

俺はありがたくそれを受け取る。

それにしても準備を頑張っていた幼なじみがキャンプファイヤーに参加出来ないのは可哀想だ。


「先に行ってても良かったのに」


俺は水を飲みながら言った。

すると幼なじみは怒ったように腰に手を当てた。

そして、俺の顔を覗き込んで人差し指を振る。


「キャンプファイヤーは好きな人と見ないと意味ないの」


さりげなく放たれた言葉にドキッとした。

好きな人、か。

俺はまだ幼なじみの好きな人で居続けることができているのか。


「そりゃどうも…」


俺は窓に近づいて、下を覗いた。

顔に熱が集まっている気がしてそれを誤魔化したかったのもある。

すると、燃え盛る炎が窓越しに見えた。


「あれ〜?顔赤いよ?もしかして照れてる?」


俺の顔を覗き込んだ幼なじみがからかうように言う。

そのセリフに聞き覚えがあって、俺は窓から目を離した。

あの日、中2の文化祭の日、幼なじみが言ったセリフだ。


「…」


今度同じような場面があったら絶対に正直言おうと決めていた。

誤魔化したり、強がったりせずに。

それなのに、素直に口が開かない。


「なーんてね、わかってるよ。あんたは私の言葉なんかじゃ照れないもんね〜。窓に反射してる火のせいだもんね…」


幼なじみは茶化すように言う。

俺は、拳を静かに握りしめた。

ずっと、このままでいいはずないだろ。


三年前も同じことで後悔したくせに。

そろそろ変われ、と自分に言い聞かせる。

俺は、意を決して口を開いた。


「火のせい…じゃない。お…お前のせいだ!!」


教室に俺の声が響いた。

途切れ途切れに言った言葉はちゃんと幼なじみの耳に届いたのだろうか。

俺は恐る恐る顔をあげる。


「わ、私の…せい…?」


幼なじみは目を見開いて、それだけ言う。

俺は頷いた。

よほど驚いたのか、見開いたままの目が俺の目と合う。


「それって、私の言ったことに照れたってこと?そんなの、ありえないよね?だって、あんたは仕方なく私といてくれてるんでしょ?」


どこから湧いてきた情報なのかわからないことを幼なじみは言った。

仕方なく一緒にいる?

それは俺が幼なじみが思っているんじゃないかと思っていたことだ。


「そんなわけ無いだろ…。好きなやつと…仕方なく一緒にいるなんてそんなわけないだろ。一緒にいたいから一緒にいるんだよ」


俺が言うと、幼なじみは目を拭う。

泣いているのか?

聞くまでもなく聞こえてきた幼なじみの声は涙に濡れていた。


「幼なじみで、私が好きとか言っちゃったから…。だから私のことを想って仕方なく一緒にいてくれてるんだと思ってた…。本当は面倒くさいんじゃないかって…」


いつも明るくてそんな顔を見せない幼なじみが泣きながら情けない声を出すものだから俺は少し口角を上げた。

ああ、なんで気づかなかったんだろう。

彼女も普通の女子なんだ、自分に自信が持てないかわいいかわいい女子なんだ。


「そんなわけない。恥ずかしがっていつも言えないけど…、これからも一緒にいてくれるか?」


俺の問いに、幼なじみは泣きながら笑った。

そんな顔がどこまでも愛おしくてそれだけで胸が満たされた。

でもまだまだ伝えたい思いは言葉になりきれそうにない。


「いてあげる。あんたが嫌だって言ってもずっとずっと―」


















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