体育嫌いが体育祭を楽しむ方法

体育祭なんて無くなればいいのに。

心底そう思いながら、私はため息を吐いた。

別に運動するのが嫌いなのは今に始まったことじゃないしいつもの体育だってそれなりに嫌なのだけれど。


「がんばれー!」


「そこそこー!」


体育祭になると一人一人がクラスを背負うことになる。

それがとてつもなく嫌なのだ。

どうして苦手なものをやらされる上に、クラスメイトに対して罪悪感を抱かねばならないのだ。


「大丈夫?」


一人ため息を吐いていると、友達が私の顔を覗き込みながら聞いてくる。

ダメだ、心配させてしまった。

私は笑顔を作って、頷いた。


「うん、大丈夫。運動って苦手だから、ちょっとテンション下がってるだけ」


全ての運動嫌いが通る道。

だから我慢して乗り切るしかない。

私は幸い、クラスの点数に関係ない借り物競走に出してもらえることになったからそこまで気負う必要もない。


「あー、だよねぇ。私もだるーい」


そう言って友達は私の隣に座り込んだ。

あとは、見られても恥ずかしくない程度の結果を残して帰ってくればいい。

ビリにさえならなければ目立つことなく、みんなの応援係にまわれるはずだ。


「なーに、湿気た面してんだよ。体育祭だぞ?体育祭!」


そんな明るい声が聞こえたと思ったら、背中をバチンと叩かれる。

この人のことを考えていない感じの物言いと、女子だからってことを考えない力の込め方をするやつは一人しかいない。

私は浮かない顔で振り返った。


「誰かさんと違って運動得意じゃないんだからしょうがないでしょ」


私が言うと、そいつはにかっと笑った。

こいつは私の幼なじみ。

私とは正反対で運動も学校イベントも大好き。


「得意不得意とかの話じゃねえだろ?楽しんだもん勝ちじゃん、考え事なんてした方の負け」


それは得意だから言えるのだ。

どう迷惑をかけないか、どう目立たないようにするか。

不得意な人からしたらそこが勝負どころ。


「今年も全種目?」


私の隣にいた友達が幼なじみに聞く。

すると、そいつは首を元気に思い切り縦に振った。

去年も張り切って、出られる種目は片っ端から出てたっけね。


「もちろん!全部俺が優勝だ!!」


馬鹿だなぁとは思うものの、結局去年はこいつが結構な確率で1位を取っていた気がする。

おかげで彼のクラスは、1年生ながらに上位に入っていた。

そういう貢献出来るものなら楽しいだろうけどさ。


「はいはい、頑張んなよ」


私は適当にあしらってヒラヒラと手を振った。

そんな対応をしても、幼なじみは爽やかな笑みを浮かべたまま自分のクラスに走り去っていく。

アホって言うか、単純というか…。


「やったね、今年もいっぱい応援できるじゃーん」


友達が私の腕をつつきながら、言う。

まるでからかうような物言いに私は首を傾げる。

何がそんなに嬉しいんだろう。


「そうだね、応援しないと」


分からないままに、頷くと友達は浮かない顔を返してくる。

返事しただけなのに、なんでそんな顔?

まるで考えていることが分からなくて私も顔に疑問が出ていたらしい。


「何、その義務的な感じ〜!」


義務…?

義務では無いけれど、知り合いが出るんだから応援しなきゃなぁって思っただけなんだけど。

あ、それが義務感か。


「だって、あいつを応援したってクラス違うし」


私が言うと、友達は驚いたような顔をする。

ん?

そんな驚かせるようなこと言った…?


「え、あんたたちってそういう関係じゃないの?」


友達の問いに私は首を傾げた。

そういう関係とは??

ただの幼なじみだけど?


「そういうってどういう?」


私が問うと、友達は頭を抱えるようにため息を吐いた。

ええ…!?

それってどういう反応?


「てっきり恋仲なのかと…。カレカノまでは行かなくてもあんたは好きなのかと思ってた」


友達の言葉に私はぽかんと口を開けた。

私があいつを好き…?

私と、あいつが恋仲…?


「あ、ありえないって!!」


腐れ縁的な感じで一緒にいるのは確かだし、素を出せる異性であるのは確かだけどそれが恋愛感情に繋がるかと問われれば…。

いや、ないない。

だいたいあいつだって私はそういう対象外なはずだよ。


「え〜?そうなの〜?あっちはそういうのに鈍感そうだけど、絶対あんたのこと嫌ってることは無いし上手くいくと思ってたんだけどな〜」


友達はつまらないとでも言いたげに、唇を尖らせる。

そんなこと言われたって想像できないよ。

あいつと恋愛的などうこうなんて。


「嫌われてはないかもだけど、あいつもそういう目では私のこと見れないんじゃない?」


私が思ったことを言うと、友達はうーん、と考える仕草を見せる。

考えるまでもないと思うんだけど…。

すると友達は後ろに手をつきながら言う。


「私からすると、満更でもなさそうなんけどな〜」


満更でも、ない…。

それってあっちは私にそういう感情を抱く可能性もあるってことだろうか。

そう考えると、私があいつのことを好きになる可能性もゼロではない…?


「ま、ホントのことは本人に聞かないことにはわかんないけどね」


そう言って、友達は立ち上がった。

体育館の中心を見れば、これから借り物競走が始まるところだった。

私も出る種目だ。


「あ、ちょっと待って!」


先に種目会場に行こうとしている友達の背中を追いかける。

すると、1人の姿が目に入ってくる。

いつもならなんとも思わないのに今ばっかりは友達からあんなことを言われたものだから妙に意識してしまう。


「おっす、お前借り物競走だったのか」


幼なじみが私の方にいつも通りの笑顔で歩み寄ってくる。

私は少し後ずさりながら、曖昧な笑みを返す。

ダメだ、変に意識するな相手はあいつなんだから。


「そりゃ、運動苦手な私が出れる種目なんてこれくらいしかないし。あんたこそ、他にやりたがる人いなかったの?」


実力主義な体育祭において、借り物競走は実力のない人の逃げ道になっているはずなのに。

なんの種目にでも出れるこいつが枠を取っていいのだろうか。

すると、幼なじみは私にVサインを見せた。


「どうしても、借り物競走は出たかったんだよ。そんで引きたいカードがあるんだ!」


謎のドヤ顔に私はふーん、と頷く。

私は目立たないものを無難に借りて目立たないようにゴールしたい。

ただそれだけが望みだ。


「ま、頑張ってね」


それでそのままできるだけ早く体育祭なんて行事が終わってしまえばいい。

私は大した興味もないまま、幼なじみにそう言って背中を向けた。

なんだ、最初はちょっと意識しちゃったけどやっぱりあいつが恋愛対象なんてありえないって。


「よーい」


そう思いながらスタート地点に立つ。

なんと隣には幼なじみの姿があった。

同じ組だったらしい。


「あれ、お前もこの回?」


幼なじみの問いに、頷く。

すると、幼なじみは焦ったような表情を浮かべる。

一体どうしたのだろうか?


「どうしよ、誰かと交換してもらおうかな」


ソワソワとしたまま、そんなことを言っている幼なじみに首を傾げる。

いやいや、もうすぐ始まるのに今更交換なんて無理でしょ。

幼なじみの謎行動に疑問は深まるばかりだった。


パンっ!


すると、スタートの合図が鳴った。

私は慌てて走り出す。

ビリだけは絶対に目立つから嫌!


「あ、やっべ!」


と、後ろから声がした。

その声は幼なじみのもので彼にしては珍しく出だしが遅れたようだ。

まあ、借り物競走だしそこまで本気を出す必要もないでしょ。


適当なカードを取って、ひっくり返す。

そこにはフラフープと書かれていた。

よし、用具入れに取りに行けばすぐにあるものだ。


「よっしゃぁぁぁぁぁ!」


私が静かに頷いて、用具入れに走ろうとすると隣からとんでもなく大きな雄叫びが聞こえてきた。

声の主はもちろん幼なじみ。

ビリを避けるために用具入れに走らなければいけないのに私は思わず立ち止まってしまった。


「な、何?」


叫んだ幼なじみにみんなの注目が向いている。

今のうちにゴールしてしまえば誰も私のことなんて気にしないだろう。

でも、私もギャラリーのひとりと化してしまっていた。


「いた!」


すると、幼なじみの瞳が私を捉える。

そして私に向かって走ってくる幼なじみ。

私は戸惑いながら少し後ずさる。


「え、え…?」


どうしてあいつは私に向かって来るんだ?

みんなの視線が段々と私に近づく。

そして、幼なじみは私の腕を掴んだ。


「俺に借りられてくんない?」


私を借りる…?

一体、どういう内容のお題なのだろうか。

他の人で代えが効くなら、今すぐ変わって欲しい。


「わ、私も今出てるんだけど」


そう言ってさりげなく他を当たるように言ってみる。

しかし、幼なじみも譲る気はないらしい。

みんなの視線が私たちに集まっている。


「わかってるけど、どうしてもお前じゃなきゃダメなんだ」


私じゃなきゃ、ダメ…?

そんな個人に絞られるお題があるだろうか。

幼なじみの持っているカードを見ようとしたけれどなかなか見えない。


「な、なんで私…?」


もう観念して着いていこうと、半分決めかけながら問う。

すると、幼なじみは私にお題のカードを見せた。

その内容に息を飲む。


「お前じゃなきゃ、ダメなんだ」


さっきと同じ言葉なのに全然意味が違って聞こえてくる。

私は熱を持つ頬を隠すように俯きながら頷いた。

そうして私の腕を引っ張る幼なじみに一生懸命ついて行く。


『好きな人』


幼なじみが持っていたカードには確かにそう書いてあった。

本当にそうなの?

ありえないと思っていたのにまた、変に意識し始めて繋いでいる手に意識が集中してしまう。


「ねぇ、本気?」


私たちがゴールして次の組がスタートしている。

私は隣を歩く幼なじみに問いかける。

すると、幼なじみはむっとしたように言った。


「冗談でこんなことできるか!本気だっつの」


照れる幼なじみがなんだか新鮮で面白かった。

ありえないと思っていた相手でも、好意を寄せられれば意識せざるを得ない。

こういう始まり方もありかも…?


「なんかちょっとだけ体育祭好きになったかも」


私が言うと幼なじみは驚いたような顔をする。

何よ、その顔。

私は首を傾げて幼なじみの顔を見上げた。


「体育祭!?俺じゃなくて!?」


幼なじみの叫びに笑みがこぼれる。

少しずつでもいいじゃない。

来年の今頃には大好きになってるかもよ?


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