先生は幼なじみ

「はぁ…期末か…」

先生から渡されたプリントを眺めながらため息を吐く。

中間はギリギリ赤点免れたけど、期末は厳しい気がする…。

でも、夏休み前に補習は絶対嫌だし…。

「何、ため息吐いてんだよ」

気づくと机の前に、リュックを片肩にかけた男子が立っていた。

そっか、もう帰りのSHR終わったのか。

プリント見ながら憂鬱な気分でいたら、すっかり周りの様子を見落としていた。

「テストだよ!もうすぐ期末なんだよー?」

プリントを男子の顔の前にかざす。

すると、男子は首を傾げた。

それがなんだ、とでも言いたげに。

「俺はちゃんと普段から勉強してるから平気だし」

全く薄情な男だ。

目の前で幼なじみが赤点とるかもって悩んでるのに。

そりゃあ、あんたが普段からしっかり復習までこなすくらい勉強してることは知ってるけどさ。

「私は…。数学とか、やばいかも…」

私はそう言いながら俯いた。

だって数字と文字を混ぜ合わせて式にするとか意味わからなくない!?

公式だって長すぎて覚えられないし…!

「そうか、それは大変だな。まあ頑張れよ。よし、帰ろうぜ」

なんだ、こいつ…!

ちょっとくらい教えてくれようとしたっていいじゃん…!!

全く私になんて興味ないって顔しちゃってさ!

「教えてくれてもいいんだよ?」

私が言うと、幼なじみは首を傾げた。

そしてだるそうに、スマホを取り出す。

なんだよ、そのあからさまに嫌そうな態度は。

「だって、お前。教えても絶対赤点じゃん」

…。

こいつに頼んだ私が馬鹿だった。

いいもん、ひとり悲しく分からない問題に唸るもん…。

「あの…」

私が拗ねて、唇を尖らせていると後ろから声をかけられる。

ん?

誰だろう…?

「僕でよければ、数学教えようか?」

へ?

振り返ると、学年で1番成績のいい男子が立っていた。

え、今のって私に言ってくれてる?

「え、いいの!?」

彼は頭がいい上に、優しいことでみんなからの人気も高い。

私の幼なじみも頭はいいけど愛想はないもんね。

そんな人が私に勉強を教えてくれるの…?

「ちょうど難しい関数を授業でやった時に、部活の試合でいなかったから。誰かに聞いた方がわかると思うんだ」

そんな配慮までしてくださって…!

そうなんだ、ちょうどテスト範囲を授業でやっていた頃私は部活の試合で公欠だったのだ。

やった、とほくほくしていると後ろから腕を引っ張られる。

「悪いけど、こいつの勉強は俺が見ることになってるから。んじゃ」

それだけ言って、私の腕を引っ張る幼なじみ。

私は突然のことに驚きながら幼なじみについて行く。

その背中は怒っているようにも見えた。

「ちょ、ちょっと!せっかく教えて貰えるチャンスだったのに、どうして断っちゃうの!?」

とか言いながらも、ちょっぴり嬉しかったりする。

だって今のって、軽く妬いてくれたってことだよね?

こんなやつだけど、私の好きな人だったりするのだ、この幼なじみは。

「お前の馬鹿をこれ以上晒してどうするんだよ。恥ずかしくて、俺が嫌だわ」

幼なじみの言葉に唇を突き出す。

何よ、確かに馬鹿かもしれないけどそこまで言わなくても…。

残念だけど、妬きもち説は無さそうだ。

「何よ、私だって…。馬鹿…」

私は尻すぼみになっていく言葉に呼応するように俯く。

すると、幼なじみは焦ったように私の顔を覗き込んできた。

顔の近さに私は動揺して顔を背ける。

「ご、ごめん。さすがに言いすぎた…」

本当に反省しているのか、幼なじみの声は沈んでいる。

いつも冷たいくせに根は優しい。

私はこいつのこういうところが好きだ。

「仕方ないなぁ。数学、教えてくれたら今回のことチャラにしてあげる」

私が言うと、幼なじみはため息を吐いた。

その顔は仕方ないとでも言いたげだ。

そして、私の手をとる。

「その代わり、スパルタだから覚悟しろよ?」

うっ、スパルタは嫌かも…。

それに掴まれてる手が熱いし…!

恥ずかしいから離して欲しい…!!


そんなわけで、幼なじみのスパルタ授業が始まった。

場所は私の部屋。

幼なじみなので普段から頻繁に出入りしていて、特に特別感はないけどね。

「だから、ここはこの公式だって言ってるだろ!?」

「ええー!?こういう並びならこっちじゃないの!?」

部屋に2人の叫び声が響く。

さっきから私は使う公式をことごとく間違えているらしい。

だからって、そんなに怒鳴らなくてもいいのになぁ…。

「ったく、だから嫌だったんだよ」

私から目をそらしてそう言う幼なじみ。

呆れられちゃってる…?

不安になって見上げると、幼なじみは頭を抱えている。

「私、頑張るね。そして全教科、赤点回避したら…」

そこまで言って、幼なじみの目を見る。

麦茶を口に流し込んでいた幼なじみは不思議そうな顔をして、コップを置いた。

私は大きく息を吸って、幼なじみに向き直る。

「そしたら、聞いてほしいことがあるの。いい?」

手が、机の下で震える。

でも、目標は大きくそして叶えたいと思えるものじゃないとやる気にならないもん。

すると、幼なじみは息を吐いた。

「おう」

赤点が回避できたら、今度こそ言おう。

今まで言えなかった、ぶっきらぼうな幼なじみへの気持ち。

叶わないだろうけど、今までの私を支えてくれたこの想いを。


期末テスト前日。

幼なじみが教えてくれたおかげもあって、だいぶできるようになったけれど本番前になると緊張しちゃうよね…。

一人で大きく深呼吸していると、机の前に人の気配を感じた。

「なに、緊張してんだよ」

そこに立っていたのは幼なじみだった。

相変わらず感情の薄い顔で私を見下ろしている。

その顔を見ただけで少し安心してしまうのはなんでだろう…。

「だって、明日だもん。赤点だったら補習だし…」

本当は補習なんてもうどうでもよかった。

頭の中は幼なじみに言ってしまった、約束のことでいっぱい。

もう言ってしまいたい、まだ言いたくない。

「そうだな。俺の家庭教師も虚しく補習になっちまう」

ふたつの気持ちが混ざりあって、マーブル模様みたいに心に渦巻く。

いつもの幼なじみの憎まれ口にも反応できない。

こんなんじゃ、怪しまれちゃう…。

「だから、頑張らないと…!」

いつも通りの反応ではない気がするけれど、返さないよりはマシだよね…?

気づいて欲しい、気づかないで欲しい。

ずっと、抱えてきたものが今にも溢れだしそうででも言っちゃダメだと言う自分もいる。

「ほらよ」

悩んでいると、幼なじみの軽い声が聞こえてきた。

声と一緒にノートを手渡される。

なんのノート?

「それに公式とその公式に合わせた問題まとめてあるから。赤点なんて恥ずかしいもん、取んなよ?」

そう言って、スタスタと帰っていってしまう。

私が不安な時、必ずこうやって不安を減らすものをくれる。

私の事、全部わかってるみたいに。

「ずるいよ…」

ノートを手でなぞりながら、1人でつぶやく。

きっと好きなのは、私だけ。

あいつはただただ優しいだけだ。

「わかってても、好きになっちゃうじゃん…。こんなの…」

そんな言葉はあいつには届かない。

勘違いしちゃ行けないと、自分に言い聞かせ続けてきた。

でも、それでも我慢できない想いってものが時にはある。

「絶対、赤点回避してやる…!」

回避して今度こそってやる。

いっそのこと振られちゃおう。

いつまでもこのままなんて嫌だもん。


テストは、無事に終わった。

できたように感じるけど、返ってくるまでちゃんとした結果は分からない。

そして、今日の授業で返されることになっているのだ。

「ど、ドキドキしてきた…!」

私が胸に手を当てて、深呼吸していると幼なじみはため息を吐く。

い、いまため息吐かないでよ…!

余計緊張してくるじゃん…!!

「もう終わってんだから、今緊張してもどうしようもないだろ?」

幼なじみの呆れたような声が降ってくる。

そうだとしても、やっぱり緊張するよ!

テスト当日と同じくらい緊張してる!

「そうだけどさぁ」

私はボソリと零しながら俯く。

すると、去り際の幼なじみが「それに」と続ける。

私が顔をあげると、少し照れくさそうな顔と目が合う。

「あんなに頑張ったんだから、赤点なわけねぇじゃん」

そう言い残して、自分の席へ戻ってしまった。

頑張った…って言ってくれた…?

それだけで喜んじゃう私は単細胞…なのかな?

「でも、単細胞生物でもいいや」

頬の緩みが止まらない。

授業が始まってもそれは同じで、テスト返却が始まって先生に名前を呼ばれるまで私はずっと浮き足立っていた。

そして、一気に現実に引き戻される。

「なんだ、嬉しそうだったな?」

先生に言われて、思い出すけれどそれどころじゃなくなってきた。

どうか、赤点じゃありませんように…。

ぎゅっと目をつぶって結果を待っていると、先生の笑い声が聞こえてくる。

「点数に自信あるんだろ?初の80点台だもんな。今回は頑張ったじゃないか」

先生の言葉に目を見開く。

え…え!?

赤点回避出来ればいいと思ってたのに、80点!?

「あ、ありがとうございます…!!!」

私は先生に思いっきり頭を下げて、テストを受け取った。

やった、!!

やったぁぁぁ!

これであいつに言える。

いい結果かは分からないけれど、この中途半端な関係を脱却できる。

まずは、あいつにお礼言わないとね。


「ど、どうだった…?」

恐る恐るといった風に結果を聞いてくる幼なじみ。

私はわざと俯いて、テスト用紙を取り出す。

その雰囲気に幼なじみが息を飲むのが聞こえた。

「じゃーん!80点でーす!!」

私がテスト用紙をかざすと、幼なじみは目を見開く。

そして、顔をくしゃっとさせて笑った。

そ、その顔…ずるい…。

「やったな!まあ、俺の指導があったからだけど」

そう言ってドヤ顔をする幼なじみにくすっと笑みがこぼれる。

本当にその通りだ。

こいつがいたから、赤点も回避出来たし、やっぱり伝えたい。

「うん、その通りだよ。ありがとう」

私が言うと、幼なじみは目をぱちくりとさせる。

…?

なんもおかしいことは言ってないよね…?

「なんか、素直にお礼言われると照れるな…」

そう言って、ほんのりと頬を赤く染めている。

て、照れてる…?

こいつも照れたりするんだ。

「それでね、ずっと言おうと思ってたことなんだけど」

私はゴクリと、唾を飲み込んだ。

大丈夫、今なら言える。

逆に今言わずにいつ言うんだって感じだ。

「おう」

幼なじみも私の真剣な雰囲気を察したのか、体勢を直す。

私の目をじっと見つめてきて、緊張がさらに高まる。

そして、私は切り出した。

「私の、好きな人の話なんだけど…」

よし、出だしは言えた。

あとは、好きだって伝えるだけ。

私は深呼吸をして口を開こうとした。

「あ、悪い。用事、思い出した。話は、また後にして」

「え?」

引き止める間もなく、幼なじみは鞄を持って教室を出ていこうとしている。

私の話の内容がわかって、逃げた…?

それって、私の想いなんて聞きたくないってこと?

「待って!」

行ってしまいそうな幼なじみの腕を掴む。

見上げると、少し苦しそうな表情の幼なじみと目が合う。

なんで、あんたがそんな顔するのよ…。

「最後まで…聞いて。いい返事なんかくれなくていいから」

私の言葉に、幼なじみが体ごと私の方を向く。

その表情は不思議そうなものに変わっている。

私はその表情に首を傾げる。

「待て、俺はお前の好きなやつの話を聞かされるんだよな?なんで俺が返事するんだよ」

幼なじみの問いに、ピンとくる。

こいつ、自分が告白されるなんて気空いてないんだ。

じゃあ、なんで逃げたりしたんだろう…。

「それは私の好きな人が…あんただから!」

つい、勢いで言ってしまった。

告白の時くらい、もう少し可愛く言いたかった…。

あんたとか言っちゃったし…。

「は?」

幼なじみが目を見開いて、私を見つめる。

わかってる、あんたが私のことそんな風に思ってないことくらい。

でも、どうしても伝えたかったんだもん。

「意地悪だけど、本当は優しくて…。そんなあんたが大好き。それだけ言いたかったの」

私は俯いて言った。

やっと伝えられた。

でももうこれまで通りには出来ないよね。

「じゃあ、俺の好きなやつの話も聞いてくれるか?」

幼なじみが言う。

私は思い切り首を振った。

何が悲しくて、好きな人の好きな人の話なんて…。

「勝手に話すわ。俺の好きなやつは、ドジで馬鹿で、つっけんどん」

続く幼なじみの声に耳を塞ごうとしたけれど、やめた。

な、なんて言い草…。

自分の好きな人なのに、そんなこと言っていいの…?

「その人のどこが好きなの?」

こいつの好きになる人はもっと完璧な人だと思ってた。

でも、今の説明じゃとてもそうでは無いみたい。

すると、幼なじみが私のおでこを指で弾きながら微笑んだ。

「全部。俺はお前の全部が好きだよ」

幼なじみの言葉に目を見開く。

今、なんて…?

言っている意味がよく分からなかったんだけど…?

「へ…?」

私の素っ頓狂な声に、幼なじみは笑みを深くした。

そして、ぎゅっと引き寄せられる。

気づけば、幼なじみの腕の中にすっぽり入っていた。

「お前には俺だけ、だろ?」

ちょっぴり悔しいけどその通り。

だから、私も幼なじみの背中に腕を回す。

ずっと、この人といられますようにと願いながら。








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