修学旅行の夜だから

「おはよー!」

そんな声が飛び交う朝5時。

今日から私たちは修学旅行だ。

私は、斜め前で友達と談笑している男子を盗み見る。

彼は、私の幼なじみでずっと好きだった人で今は、彼氏である。

この間、告白してOKを貰ったばかり。

デートとかはまともにしてないし、修学旅行で仲を深めたい。

って、思ってるのは私だけなのかな…。

やっぱり、あいつはそこまで私の事なんか好きじゃないんだと思う。

だって、付き合い始めたあの日からまともに目も合わせてくれない。

一緒に帰ったりしてもちっともこっち向かないし。

私の気持ちが大きすぎるのかもしれない。

でも、せっかく付き合えたんだから少しでも相手からの愛情を感じたいってそう思うのはワガママなのかな。

「まーた、あいつ見てる!」

親友が私の顔を覗き込んでそう言った。

だって、好きなんだもん!

いくらだって見てられる。

でも、見てるだけじゃ物足りないと思ってしまうようになった。

「だって…」

私が俯くと、親友は私のおでこをパチンと弾いた。

私は思わずぱっと目線をあげる。

すると、親友はため息をついている。

「そんなの付き合ってるって言えるの?片思いしてた時と何も変わってないように見えるんだけど」

親友の言う通りだ。

私とあいつの関係は何も変わっていない。

いつまでも私は眺めるばかりで、隣にすら並べないでいる。

「ほんとだね、何も変わってない…」

私が俯くと、親友はため息を吐く。

また、呆れられてしまったかなと不安になって見上げれば親友は私の頭にぽんと手を置いた。

「もっと、自分の気持ち出していいんじゃない?恋人なんだから手でも繋いでそれっぽいことしたらいいじゃない」

それが出来たら他には何もいらないにな…。

そんなことを思いながら、新幹線に乗り込む。

この修学旅行で、少しでも2人の距離が縮まりますように。

そんな期待を込めて。


「はい、じゃあここからは班別自主研修になるから。事前に決めたプランに沿って行動するように。くれぐれも集合時間には遅れるなよ」

先生の注意事項を聞いているのかいないのか、みんなはガヤガヤしながらそれぞれに散らばっていく。

私は、幸いなことに親友と彼氏であるあいつと同じ班になれたのでなんの不安もない。

幸せな気分で歩いていると、親友が私に向かってウインクをしてくる。

…?

どうしたんだろう。

ちなみに、4人1班なんだけれど私の班のもうひとりは親友の彼氏さんだ。

「最初どこだっけ?」

地図を持っている私に向かって親友が尋ねてくる。

私はがさごそと地図を広げて、目的地を探した。

「ここだね!」

私が言うと、親友が頷く。

あいつの方に視線を向けるけれど目が合うことは無い。

なんだか意識的にそらされてる感じ。

やっぱり私のこと、嫌いなのかな。

そんな不安に押しつぶされそうになる。

じゃあどうして、告白にOKをくれたの?

疑問がぐるぐる回って、解決しない。

でも、どうしようもないよね。

「大丈夫、きっと照れてるのよ」

さっきは喝を入れてくれた親友にまでそんなことを言われると、本気で落ち込みそうになる。

やっぱり、他の人から見ても、私達の関係って変なんだ…。

うつむきながら歩いていると、前を歩くあいつに声をかける人影が見えた。

…?

誰だろう…?

私も視線を上げて、その人影を確認する。

すると、そこには長い髪の毛にゆるいウェーブのかかったふわふわ女子がいた。

え、あいつが女子と話してる…?

普段は女子とは話さない人だから…。

だから、私ともあんまり話してくれないんだって、そう思ってたのに…。

他の女子とは普通に話せるんだ。

やっぱり、私のこと嫌いなのかな…。

「ちょっと!今、班活動中!!うちの班じゃない人は自分の班に戻りなさいよ!」

親友が腰に手を当てて、あいつと話し続ける女子に注意する。

すると、女子はキュルッとした目で上目遣いをした。

「え〜、だってぇ。私の班、話せる人あんまりいなくてぇ…。だからぁ、ここに来たのぉ」

両手の人差し指の先をツンツンと合わせながら女子はすねたように言った。

その仕草も表情も、女子の私から見てもかわいいものばかり。

やっぱりあいつもこういう子が好きなんだ…。

楽しかった気分がどんどん沈んでいく。

自分に自信がなくなっていく。

そして、ふわふわ女子が「えいっ!」と声をあげたかと思うと。

あいつの腕に自分の腕を絡ませて、体を密着させている。

ズキっと胸の奥が痛んで、その姿を見ていられない。

私は急いで、視線を下げた。

もう何も見たくない、何も聞きたくない…!

「ちょっと来いよ、話あるから」

そう言ったのは、私の幼なじみで彼氏で大好きな人。

女子の腕を引っ張りながら、どこかへ行こうとしている。

私の事なんて、1度も見ないで。

きれいさっぱり背中を向けて。

やっぱり、私の事なんて好きでもなんでもないんだ。

逆に、嫌いだったりして。

あの子のこと、好きなのかな…。

考え出せばキリがない。

嫌な考えはとめどなく溢れてくる。

どうしようもないまま、班活動は終わった。

結局、あいつはあの子と姿を消したまま戻ってくることはなかった。

「だ、大丈夫…?」

親友が顔を覗き込んでくる。

私は、滲む視界をごしごしと擦って顔を上げる。

「大丈夫、全然平気だよ!」

精一杯の嘘だった。

それが、親友に通用しないことくらいわかっていたけどそれでも笑った。

そしたら、親友も呆れたように笑ってくれた。

そんな笑顔に少し、救われた。


「ねえ、無理しなくていいよ?今、あいつと顔合わせるの私だったらすっごい嫌!」

親友が私の顔を覗き込みながら聞いてくれる。

私は、緩やかに首を振る。

あれから、数時間が経って恒例の肝試しをしようとしていたのだけれど、外は生憎の雨。

肝試しは中止になって、旅館のスペースを借りてかくれんぼをすることになった。

高校生にもなって、かくれんぼ…?

と、最初はみんな疑問に思ったものの、修学旅行のテンションも相まって結構盛り上がっているみたい。

これも班での行動らしく、親友は私とあいつが顔を合わせることを心配してくれているらしい。

「大丈夫、今、逃げたら私の負けみたいになっちゃうもん」

私は、笑顔を顔に貼り付けて部屋を出た。

あいつなんて、もう嫌いになってしまいたい。

「では、2班と3班は隠れてください。30秒後に1班が探しに行きます」

私達はどうやら、隠れる係らしい。

どこに隠れようかとふらふらしていると、親友が腕をひっぱってくれた。

「ほら、私達と一緒に行こ!」

親友の隣には親友の彼氏さん。

なんか、今の状況でカップルと一緒にいるとメンタル削られそう…。

一人で、どこか誰も来ないようなところに隠れようかな。

「私、隠れようと思ってたとこあるからそこ行くね。2人は2人で頑張って!」

少し、冷たくなっちゃったかな…。

心配してくれてるのに、突き放すようなことしちゃったな。

後悔しながらも、誰も来ないようなところを探す。

ふらふらと歩いていると、電気のついていない空室があった。

ここ、誰もいなさそう。

それに、鬼も入らないかもしれない。

私は、その部屋のドアを開けてそっと入る。

「誰か、来たのか?」

部屋の中から、声がしてびくっと肩を揺らす。

誰か、いたんだ…。

ていうか、今の声…。

「わ、私…」

それだけで、わかるかな…。

少しの望みを込めてそれだけ言ってみる。

わかってくれたら良いな。

それだけできっと喜べるから。

「なんだ、お前かぁ」

先客は安心したように声を放った。

案外普通な反応に胸を撫で下ろす。

嫌われてるわけじゃないみたい。

「そだよ、私だよ」

私も何気ないみたいな感じで返事をする。

あいつと喋ってる。

久しぶりすぎて、なんか変な感じ。

彼氏なのに、変な感想だけど。

だけどやっぱり、変な感じ。

それだけ話すと部屋には静寂が広がった。

気まずくなって、暗い部屋だから顔は見えないはずなのに俯いてしまう。

やっぱり、違う部屋行こうかな…。

ほんとは、聞きたい。

あの子とどういう関係なのか。

2人で消えていったあと、何を話したのか。

でも、それを聞いたら別れを告げられそうで。

それだけは絶対に嫌だから。

やっと告白して、やっとOKを貰ったのに。

修学旅行中にさよならなんてそんなのは絶対に―。

「あ、あのさ」

ぐるぐると考えていると、口を開いたのはあいつの方だった。

あっちから話しかけられてしまったら逃げられない。

やだ、別れようって言わないで。

あの子が好きだなんて、言わないで…!

ぎゅっと目をつぶっているとあいつが話し出した。

「昼間の、ことだけどさ…」

はっきりと言わなくてもわかってしまうのが憎い。

あの子のことだ…。

やっぱり、あの子のこと…。

「誤解すんなよ?好きとかそんなんじゃぜんっぜんないからな!」

幼なじみの言葉に目を見開く。

え…?

好きとかじゃ、ない…?

「なんつーか、普通にクラスメートとして仲良かったのに最近距離感っていうかバグってて。だから、今日2人になって話したんだ。これ以上、触ってきたりするならもう話しかけるのもやめてくれって…」

じゃあ、2人きりになったあとそんな話をしてたってこと…?

心配することなんて、なかったの…?

でも、だって私とはちっとも話してくれないのにあの子とは普通に話してしたし…。

「誤解されたくないやつがいるからやめてくれって言ったら、わかったって言ってたから。心配すんなよ」

誤解されたくないやつ…?

じゃあ、あの子以外に好きな人がいるってことか。

その人のために、話したんだ…。

いいな、そんなに想われて。

私、本当に彼女なのかな…。

自信、なくなっちゃったな…。

「好きな人、いるんだね」

ぽろっと何気なく言葉がこぼれていった。

あれ、私何言ってるんだろう…?

そして握りしめた拳の上に雫がポタリと落ちる。

泣きたくなんかないのに、泣いたら困らせちゃうのに…。

「は!?」

私の幼なじみは焦ったように大きな声をあげた。

私はその声にちょっとびっくりしながらも話を続ける。

「誤解されたくないって好きだからでしょ?じゃあ、私とはもう…別れるってこと…?」

声が震える。

なんで自分でこんなこと言ってるんだろう。

1番言いたくなかったし、聞きたくなかった言葉なのに。

そんなこと絶対に嫌なのに。

「どうしてそうなるんだよ!?」

涙でグシャグシャになった顔を隠すように手をあげると、大きな声が私のすすり泣き超えをかき消した。

え、な、なに…?

私の言ったことは間違ってないはずだよね…?

だって、好きな人のためにあの子に話をしたんでしょう?

「好きなやつって言うのは―!」

そう言って、幼なじみが私を自分の胸の中に引き寄せる。

え、どういう状況…?

理解できずに、口をもごもごさせる。

でも、温かいな。

こいつの腕の中、温かい。

「お前の事だから…」

幼なじみの言葉に目を見開く。

それって、本当に…?

本当に私のことを好きって言ってくれてるの…?

でも、それなら。

それなら、どうして…??

「じゃあ、どうしてあんまり話してくれなかったり、目、合わせてくれなかったりしたの?」

私の問いに、幼なじみは答えづらそうに口をつぐむ。

…?

「やっぱり、言えないんだ…」

私がうつむくと、幼なじみは「わかった!」と観念したようにため息をついた。

そして、大きく息を吸うと話し始める。

「ただ、恥ずかしかっただけだから…。高校生にもなってダサイって思うかもしれないけどずっと好きだったやつがいきなり彼女とか…照れるっつーか、何していいかわかんないっつーか…。カッコ悪くてごめん」

俯く幼なじみになんだか微笑みがこぼれた。

らしくない。

いつもクールな幼なじみのそんな姿に好きが大きくなっていく。

「カッコ悪くなんてない。ずっと好きだったってお互い一緒だったんだってすっごく嬉しい…。だから―」

私は思い切って幼なじみの胸に自分から飛び込んだ。

どうやらこの温もりの虜になってしまったみたいだ。

ずっと包まれていたいと思ってしまうのはわがままかな…?

でも、今はこうしてたいな。

「こうして、いい?」

見上げながら言うと、幼なじみは自分の手で目を覆う。

「なんか、離せるかわかんないけど…。それでも良ければ」

修学旅行の夜だから。

今だけは大好きな幼なじみの胸の中で…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る