入学式は君のとなりで

「はぁ、振られちゃったなぁ」

卒業式は、そんな言葉で幕を閉じた。

とは言っても、卒業式の日に当たって砕けた訳じゃなくて。

実際に振られたのはバレンタインの日。

―「幼なじみにあげる本命チョコなんで!」

物の見事に玉砕した。

いや、その子が幼なじみのこと好きなのは見てればすぐわかることだったけど。

やっぱ本人にはっきり言われると来るものがある...。

「まーた、落ち込んでんの?」

頭にコツンと振動が伝わってくる。

見ると、俺の幼なじみが卒業証書を入れる筒を振り下ろしたのがわかった。

俺は、当たったところを押さえながら唇を尖らせる。

「痛ってぇな...」

すると、幼なじみはからっと笑う。

こいつは、全てに事情を知っている。

でも、決して他のやつに言ったりしないし、からかったりしてこない。

「大丈夫だって、大学入れば可愛い子わんさかいるよ」

俺は、その言葉にうなだれる。

そういう問題じゃない...。

問題は、新しい恋をしようという気が起きないことだ。

「なんか、もういいかも...」

こんなに苦しいなら。

立ち上がれないほどに傷つくなら。

最初から好きにならなければいいだけの話じゃないか。

「まーた、そんなこと言って〜!恋楽しむなら学生のうちなんだぞ!」

そう言う幼なじみだって全く男の噂を聞かない。

俺に構ってないで、自分の恋を見つけたらいいのに。

まぁ、言わないけど。

「あ、いたいた〜!なんか〜、話したいって言って体育館前で待ってるよ〜」

女子が、幼なじみに言う。

話したい...?

って、もしかして告白か?

「わかった〜!んじゃ、行ってくる」

あっさりと俺から離れ、体育館の方向へ向かう幼なじみ。

なんか、ちょっと気になるな...。

悪趣味だとは思いつつも、そっとあとを追いかけた。

「あ、ごめん。いきなり」

待っていたのは案の定、男子だった。

緊張した面持ちで、ただの話では無さそうだ。

この空気は...。

「いいよ、どしたの?」

問いかける幼なじみに男子は深呼吸をする。

そして、目を見ながら口を開く。

なんか、気まず...。

「ずっと好きだったんだ!話しやすくて、明るくて。付き合って欲しい!」

おお、はっきり言うなぁ。

やっぱりこういうのは、ちゃんと言うべきだよな...。

俺、ふざけ半分みたいな言い方しちゃったし...。

「えと...」

幼なじみは動揺したように、目を泳がせる。

なんか、心の奥の方でモヤっとした感じがした。

え、何故...?

「私...」

え、自分が振られたのに幼なじみにリア充フラグ立ったからもやっとしてるのか?

俺ってそんなに心狭かったっけ??

でもなんだか、幼なじみの口から返事を聞きたくなくて、その場を去った。

「なんでだろ...」

自分の心の変化に追いつけないまま、卒業式は終わった。

幼なじみはどんな返事をしたのか。

それだけ、聞きたかったけど聞けなかった。


「やっほー」

大学の入学式。

俺を見つけた幼なじみが陽気に声をかけてくる。

俺は、ビクッと肩を波打たせた。

「お、おう」

卒業式の日から会ってなかったから、ぎこちない。

返事はどうしたんだ?

それが聞きたくて聞きたくて、たまらない。

「どしたん?緊張してる?」

自分でもどうしてそんなに気になるのか分からない。

ずっと隣にいた幼なじみ。

失恋した時も変わらない態度で隣にいてくれた幼なじみ。

「あのさ...」

幼なじみの顔を見る。

いつもと変わらない。

ああ、そっか俺...。

「ん?」

気づいた想いに自分でも驚く。

それに、幻滅だ。

心変わりが早すぎるし...。

「お前、卒業式の日さ。告られてただろ」

俺の問いに、幼なじみは目を見開く。

そして、頭の後ろに手をやってあははっと笑う。

何かを誤魔化したような笑いに胸が締め付けられる。

「知ってた〜?でもでも、私、恋愛とかわかんないしお断りしちゃったよ〜」

どうしてそんなに無理したような笑い方するんだ?

恋愛が分からない?

じゃあ、俺のこの気持ちも―。

「なんでだよ、いい機会だったじゃん。付き合ってみれば良かったのに」

あれ、俺何言ってんだ?

違う、こんなこと言いたいわけじゃない。

本当は断ってくれて安心してるんだ。

「いや...、ダメなの」

幼なじみは俯く。

今度はなんだか苦しそうに見えた。

彼女なりの考えがあったはずなのに、俺は傷つけてしまったんだろうか。

「もったいねぇなぁ」

だから、違うんだよ。

俺が振り向かせるからって言えばいいのに。

心変わり早いなって、失望されてもそれでも伝えればいいのに。

「なんで...そんなこと言うの...?」

幼なじみの声が震える。

俺は、驚いて幼なじみの目を見る。

すると、そこには水の膜が張っているようだった。

「え...?」

やっぱり、傷つけた...?

泣かせちゃったのか?

俺は、大切な人に何をしてるんだ...?

「ダメなの!私、好きな人がいるから...!その人じゃないと、ダメなの!ずっと、ずっと好きだったからその人が他の人のこと見てても...。その人のこと、好きだから...」

幼なじみが静かに涙を流しながらそう言った。

いつもふざけたり陽気だったりする幼なじみの初めて見る表情だった。

俺は、いつの間にか、そう思わず、抱きしめていた。

「ごめん、泣かせるつもりじゃなかったんだ...。好きだから、俺。お前のことが好きだから。妬いた...。ごめん...」

言うと、幼なじみは肩をビクつかせた。

そして、俺の腕から素早く離れる。

目をまん丸にして、俺を見上げる。

「は!?」

相当驚いているみたいだ。

そりゃそうだよな、つい最近まであんなに失恋引きずってたのに。

いきなり、好きだなんて言われたら。

「好きだ...。心変わり早いとか、お前に好きな人がいるとか色々あるけど。俺の気持ちだけ伝えとく。俺は、お前が好きだ」

ちゃんとした告白が出来ずに、後悔した。

だから、今回はちゃんと伝えよう。

たとえ、届かない想いだったとしても。

「あ、あの...。私の好きな人...」

幼なじみが口をパクパクさせながら一生懸命言葉を紡ぐ。

俺は首を傾げる。

そして、幼なじみの言葉に耳を傾ける。

「あんた...だよ?」

今度は俺が目を見開く番だった。

お、俺...!?

ずっと、好きだったって...。

「ずっと、あんたが好きだった。あんたが他の人のこと好きでも、幼なじみとして隣に居られればそれでいいって言い聞かせてたけど...。そんなこと言われたら、恋人になりたいって思っちゃうじゃん...!」

な、なんだそれ...。

可愛すぎる...。

恋人になりたいのは、俺の方なのに...。

「じゃあ、今日からは幼なじみじゃなくて、恋人な?」

もう1回、強く抱きしめる。

もう、離さないでいよう。

俺を思い続けてくれた彼女を今度は俺が思い続けよう。

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