卒業する前には付き合いたい!
「もうすぐ卒業だね」
隣を歩く坊主頭の幼なじみに言う。
もう3月なのに、外はやっぱり肌寒い。
さすが、北国の田舎町。
「そうだなぁ」
おじいちゃんみたいな相槌にため息を吐く。
この間、私の親友が長年の片思いを実らせてカップルになった。
私もそろそろこいつの彼女になりたい。
「寂しくないの?」
私が聞くと、坊主頭の幼なじみは私の方を向く。
そして、何かを思い返すように上を見上げる。
来い、告白の言葉!!
「そりゃ寂しいよ。みんなとお別れだもんなぁ」
なんだ、そりゃ。
私が聞いてるのは私とあんたのことで…。
みんなのことじゃない!!
「バカ!!」
私はこいつに告白して欲しい。
別に、両思いだと自惚れているわけじゃない。
お互い、好きバレしてるのだ。
「なんだよ、バカって…!」
幼なじみはムスッとして顔を背ける。
私たちの両思いはクラス中の話題になった。
まずは私が好きバレして、その後からかっていた男子がこいつに聞いたらこいつはケロッと「好きだよ」と言ってのけたのだ。
「いいもん、卒業したら離れ離れになっちゃうのに…」
でも、それを期に気まずくなることもなく、正式に付き合う訳でもなく。
私たちの関係は宙ぶらりんなまま放置されてしまった。
彼は大学に進学して、私は就職したから生活リズムも環境も全く違うものになってしまう。
「大丈夫だって…」
そうなる前に、私は形としてちゃんとしたこいつの彼女になりたい。
それなのに、こいつはいつまでもいつまでもはっきりしようとしない。
大学に行ったら、かわいい女の子がいっぱいいるんじゃないの?
「そんなのわかんないじゃん!」
私、自信ないんだ…。
だからお願い、あんたの彼女にしてよ…。
一体何を考えてるの…?
「そんなに俺、信用出来ない?」
そう言われると、言葉に詰まる。
最近は焦り気味で、いつも喧嘩腰だ。
こんなんじゃ、本当に自然消滅してしまいそう。
「もういい!帰る!!」
私は、1人で家までの道を走った。
馬鹿だ、好きなら自分から言えばいいのに。
いつもこんな風に怒ってしまう。
「あれ、?」
家までの道をとぼとぼ歩いていると学級委員の陽キャに分類されるような男子とすれ違った。
やば、ちょっと涙目かも。
急いでるフリして走ろうか…。
「あ、や、やほ!い、急いでるか―」
走ろうとしたのに、その計画は失敗した。
腕を、ぱしっと掴まれる。
え、なんで…?
「ごめん、ちょっと待って欲しい」
真剣な瞳に見つめられる。
ど、どういう状況??
この人とほとんど話したことないけど?
「ど、どしたの?」
涙目になってることも忘れて立ち止まる。
すると彼は気まずそうに首の後ろに手をやる。
なんか言いづらそうだ…。
「えと、うん、あのさ。野球部のあいつと付き合ってるのは知ってるんだけど…。でも、もうすぐオレたち卒業しちゃうでしょ?だから…うん。オレ、好きなんだ、アンタのこと」
野球部のあいつ、というのが幼なじみのことを指しているのだとすぐにわかった。
付き合ってなんかない。
いつまでも、付き合おうとなんてしてくれない。
「で、でも…えと…」
私は言い淀む。
断らなきゃ。
私はあいつ以外、あんなやつだけど、あいつ以外好きになれないから。
「大丈夫、全部わかってるから!あいつと付き合ってるってわかってから話しかけに行くのもできなくなっちゃってほとんど関わり無かったしね…。だから、気にしないで。幸せになってよ」
こんなにもストレートに気持ちを伝えてもらったことはなかった。
この言葉があいつのものだったら良かったのに。あいつもこんな風に何を考えてるのか、教えてくれたらいいのに。
「ありがとう。こんな素敵な人に好きになってもらえるなんて私、幸せ者だね」
心からの気持ちだった。
この人にも幸せになって欲しい。
だってこんなに言葉にするのが上手なんだもの。
「ありがと。それだけでめちゃ幸せな高校生活だったって思えるわ」
カラッと笑って彼は去っていった。
言葉に出来ないのは、私も同じだ。
こんなにも好きで、付き合いたいなら自分の気持ちを正直に言ったらいいのに。
「あ、あのさ…」
今日こそ告白しよう。
そう決心して、あいつの隣を歩く。
大丈夫、今日なら言える。
「ん?」
幼なじみは首を傾げる。
彼の勇気を分けてもらってこいつに伝えるんだ。
好きだって、付き合おうって。
「私…」
言える。
絶対に、言えるもん。
言ってやるんだから!
「どしたん、トイレ?腹減った??」
幼なじみの無邪気な問いで私の決心は崩れ去った。
なんじゃそりゃ。
私が一大決心して告白しようとしてる時に…。
「馬鹿…」
今、言うべきことか、それ?
私、真剣な顔してたよね?
ちゃんと、雰囲気出してたよね??
「ん?」
聞こえなかったらしい幼なじみを見上げる。
私、なんでこいつが好きなんだろう…。
なんでこんな…人の気持ちが分からない男が好きなんだろう。
「馬鹿!!って言ったの!」
私は大きな声で悪態をつく。
なんで、なんで、なんで。
どうしてそんなに余裕そうなの?
「な、バカって…」
どうして私ばっかりこんなに焦ってるの?
本当に好きなのは私だけなの?
あんたは、本当は私なんてどうでもいいの?
「こんなことなら、昨日の告白受けておけばよかった」
ぼそっと思ってもいないことが口から出た。
ただ、私ばっかり焦っているのが嫌だったから。
少し、こいつを煽りたかっただけだった。
「お前、それ本気で言ってんの?」
それが、幼馴染には少し刺激が強すぎたらしい。
隣で今まで見たこともないくらいに顔をしかめていた。
でも、こっちだって本気なんだから。
「本気、って言ったらどうする…?」
大丈夫、嫌だって一言そう言ってくれれば私はあんたから離れたりしないから。
だから、本心を伝えて。
こんなの全部ウソだよって笑顔で言うから。
「別に、どうもしねぇよ。お前がしたいようにすればいい」
でも、私の期待とは裏腹に幼馴染は顔を背けてそう言った。
なによ、私が他のところに行っても別にいいんだ…。
やっぱりこんなに好きだったのは私だけだったんだ。
「あっそ、じゃあいいよ!そういえば昨日の人のほうがあんたより全っ然いい人だったよ!!私、その人に幸せにしてもらうから!」
私は、感情のままに言い放った。
そんなこと一ミリも思ってないのに。
幸せになるならこいつの隣以外場所はないって知ってるのに。
「そうかよ、いいじゃねぇか!そういや、俺も昨日告られたんだよなぁ。お前より可愛くて素直な子から!」
幼馴染は、立ち去ろうとした私に向かってそう叫んだ。
な、何よ…。
告られた…?
「へえ!いいじゃない!!お幸せにっ!!」
私より可愛くて、素直…。
私が欲しかったもの全部持ってる子。
両思いだったのはあの、文化祭の頃の一瞬のことだったのかもしれない。
「そちらこそっ!」
泣き顔を見られないように、そこから走り去った。
今でもお互いに好きなのだと、私は舞い上がっていただけなのかもしれない。
ひょっとしたら、いや、結構な確率でもずっと前から私の片思いに戻っていたんだ。
「バカ…」
あいつ以外の人のところに行くつもりなんてサラサラなかった。
私は、まっすぐ家に帰り部屋にこもった。
もうすぐ卒業なのに、離れ離れなのに、もうだめかもしれない…。
「卒業生、集まって〜!集合写真撮るよー!!」
卒業式当日。
結局、仲直りはしていない。
さっきからちらちらと横顔を伺うけれど一度も目が合うことはない。
「ね、ねえ、仲直り…しなくていいの?」
親友が心配そうに顔を覗き込んでくる。
その優しい声に触れるだけで涙が出てきそうだった。
そりゃ私だって、仲直りできるなら今すぐにでもしたい。
「でも…」
あいつは、この間言ってた人と付き合い始めたかもしれない。
付き合っていなくても、好きなのかもしれない。
たとえそうじゃなくても、私のことなんて大嫌いなはずだ。
「私ね、ずっと10年間義理チョコ渡し続けて、いざあいつに可愛い人が本命チョコ上げてるの見たとき、もっと早く素直になればよかったなぁってものすごく思ったの」
親友が私を励ますためなのか、話をしてくれる。
親友も相当、苦労してたからなぁ。
相手は、幼馴染とはいえど学年一のイケメンだったし。
「だから、後悔してほしくない。だって、もうすぐ離れちゃうんだから!言わないと絶対心に残り続けるよ」
涙が、こぼれた。
あいつと話がしたいと、思った。
あいつに好きと伝えたいと、思った。
「あれ、一人いなくね?」
「おーい、誰か探しに行ってこいよ!」
そんな声が聞こえて、あたりを見回すとあいつの姿が見当たらなかった。
え、どこ行っちゃったの?
キョロキョロと視線を彷徨わせるけれど、やっぱりあいつはいない。
「私、行ってくる!」
私はそう言い残してみんなのもとから離れる。
あいつの行きそうなところ。
あいつがこの三年間、通い続けた場所は―。
「やっぱりね」
私はそう言って、見つけ出した幼馴染の隣に並ぶ。
すると、幼馴染は一瞬肩を波打たせ、その後は何も言わなかった。
彼がいたのは、三年間通い続けた野球部の部室だった。
「なんだよ、彼氏とよろしくやってるんじゃなかったのか?」
幼馴染の問いに、私は案外冷静に首を振った。
自分の中で区切りが付いてしまえば、こんなに簡単なことなんだ。
こいつが誰を見ていたとしても、今日こそは伝えてしまおう。
「そんなわけ無いじゃん。私が彼氏にしたいのは―」
続きを言おうとしたのに、途切れてしまった。
だって、想定外のことが起こったから。
幼馴染に引き寄せられ、抱きしめられていた。
「ごめん、その言葉の先が俺じゃないのはわかってるけど…。でも、どうしたってお前の口からそんなこと聞きたくない」
切羽詰まったような声が耳元で聞こえる。
これって、どういう状況…?
なんで、抱きしめられてるの…!?
「ど、どしたの!?え、ええ!?」
理解が追いつかずに、言いたいことが吹っ飛んでいってしまう。
違う違う、私はあんたに告白しようとしてたんですけど…?
あ、あんたは何が言いたいの…!?
「だから、好きなんだ。お前のことが」
はっきりと耳元でそんな声が聞こえた気がした。
でも、そんなはずはない。
だって、とっくの昔に私達の両思い期間は終わったはずだ。
「だ、だって」
言いたいことがまとまらずに、うまく言葉にならない。
だって、ずっと抱きしめられてる。
こんなのって、あり?
「お前は社会人になって、俺はまだこれからも学生で。お前のこと、守れる自信がなかった。だから、守れるようになるまでは告白はしないでいようって決めてた。俺がお前を守れるようになるまでにお前の前にいい人が現れて、お前がそいつと生きていきたいって思うならそれを止める資格は俺にはないなって…。でも、いざお前から告白されたとか聞いて…。やっぱ無理だった。だって、俺、お前のこと好きだから」
まだ耳元で紡がれ続ける言葉は予想外のものばかりだった。
じゃあ、もしかして、いやもしかしなくてもこいつが告白をしようとしなかったのも、あのとき、私を止めなかったのも全部、私を想ってのこと…?
私達はずっと、両思いだった…。
「さっきの続き、聞いてくれる?」
私は、幼馴染から体を離し、目を見て問う。
幼馴染は一瞬、怯むような顔を見せたけれどすぐに顔を真剣なものに変えてくれた。
そして、静かに頷く。
「私が彼氏にしたいのは、あんただけだもん。だから、他の人のところになんて行ったりしない。あんたしか好きになれないから」
私が言うと、幼馴染は目を見開いて驚いた顔を見せた。
私は、そんな顔を見て、微笑む。
ずっと、こうして伝え合いたいと想ってたの。
「もう、離さない。他のやつのところになんて行かせない。いつか一人前になって、お前の名字、俺とお揃いにしてやる」
まくし立てる幼馴染をぎゅっと抱きしめ返す。
ずっと、こうしたかったの。
これからも、こうしていてね。
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