幼なじみと恋をする

月村 あかり

バレンタインは私には似合わない

まだ寒い外に出る。

家を出ると、左に民家、右に無人駅。

田舎にだって、乙女はいるし、田舎にだってバレンタインは来る。

そして、田舎にだって、イケメンは存在する。

「よ、」

そっけなく私に片手をあげる男子。

彼は、私の幼稚園からの幼馴染だ。

私は顔を背けながらも右手に握られた小さめの箱が入った紙袋を彼に差し出す。

「ん」

私は、可愛くない声を出しながら言った。

こんなんじゃ今年もうまく行かない。

可愛くなれ、可愛いと思ってもらえるように頑張れ、私。

「お、これは何チョコ?」

彼の問いかけに体が硬直する。

大丈夫、たった四文字。

それを言えば長年溜め込んできた想いが伝えられる。

「ほ…」

口が上手く動かない。

な、なんで……!?

大丈夫だよ、言ってよ私。

「ほんの少しの憎悪を込めた……義理チョコ!」

私は息をぜえぜえ言わせながら言い放つ。

なんでやねん!

憎悪なんて1mmこもってないですけど……!?

「なんじゃそりゃ」

目の前の幼なじみは呆れたようにため息をついた。

違うの、今年こそは本命だって伝えたくて。

その余裕そうな顔を赤く染めて欲しくて……。

「ちゃんと甘いんだろうなぁ?しょっぱかったり辛かったりしたら容赦しねぇぞ?」

紙袋の中を覗きながら訝しげな顔をする幼なじみ。

私はムッとする。

仮にも、あんなことを言ってしまったけれども手作りしてるんだよ!?

「だ、大丈夫、甘いよ!なんならマシュマロ入ってるよ!好きでしょ?」

幼なじみの好きなものなら全部把握してる。

私は得意げに胸を張った。

すると、さらに深いため息が聞こえてくる。

「お前、バレンタインにマシュマロあげるってさ嫌いって意味だぞ?」

私は目を見開いて幼なじみの顔を見る。

な、なんですと……!?

やってしまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「はぁ、やってしまった……」

机に突っ伏してうなだれる。

また義理って言っちゃったし!

マシュマロ入れちゃったし……!

『まあ、でもマシュマロ好きなのは事実だし。貰っとくわ』

そう言って幼なじみは私の本命チョコを持っていった。

貰ってくれたのは嬉しいけど……。

今年も伝わってないだろうなぁ。

「なーに、どしたの?今年もし―」

「いやぁ!言わないでぇ!!失敗なんて言わないでぇぇ!!!」

「いや、自分で言っとるがな」

そうなんだ、今年も失敗したんだ。

1年で1番告白しやすいこの日に。

臆病な女子も雰囲気で言ってしまえるこの日に。

「んー?何、失敗した―」

「だから、言わないでぇ!!」

親友カップル(まだ正式には付き合ってない両思い)に弄られながら私は1人落ち込む。

こっちは真剣に悩んでるんだからね!

10年も片思いしてきて未だにあんな可愛くない態度……。

周りの女子はみんな可愛く好きって言えるのに。

私だけ今年も上手くいかない。

「まあまあ、バレンタインはまだ終わってないから!」

励まされてまた落ち込む。

もう終わってるよ、私のバレンタインは。

朝に勝負つけるつもりだったのに。

「ねえねえ、今年もc組のイケメン貰いまくりかな〜?」

廊下から女子のキャピキャピした話し声が聞こえてくる。

c組のイケメンとは、幼なじみのことだ。

私はつい、耳をすまして聴き込んでしまう。

「それがさぁ、さっき先輩に呼び出されてたんだよ!」

せ、先輩……!?

去年は自分の学年の女子だけだったのに。

それだけでも両手いっぱいにチョコ抱えてたのに……!?

私は不安に駆られて教室を飛び出した。

だって、それって……。

先輩なんて大人っぽいし、あいつでも本気にしちゃうよね……?

そっとc組の前を通ってみる。

けれど、中に幼なじみの姿はなかった。

今頃、先輩と一緒か……。

「おいおい、中庭行こうぜ!!」

男子たちが騒いでいるのが聞こえる。

中庭に何があるというのか。

いつもは誰も立ち入らない無人のスペースだけれど。

「我がクラスのエースが呼び出されましたからな」

その言葉に耳が反応する。

我がクラスのエースって……。

中庭で渡されてるのか!

そう思い至ればそこにとどまっていられるはずなんてなくて、私の足は中庭へと向かう。

私は今年もいえなかったけど。

でも、誰かはあいつに本命を渡してしまうのかもしれない。

その思いと一緒に。

「ずっと、気になってて……。私、もうすぐ卒業しちゃうし、言うだけ言いたいなって!」

中庭から声が聞こえてくる。

先輩って、先輩の中でも人気のあるバスケ部マネの人じゃん!

お、お似合いすぎる……。

あんな人に告白されて、チョコ渡されて断る人っているのかな。

きっとアイツも嬉しいはずだ。

だからきっと、アイツの隣はもう私の居場所じゃなくなる。

「俺―」

幼馴染の言葉の続きは聞きたくなくて。

私はそこから走り去った。

だって、私は義理チョコという皮を被った本命チョコしかあげられていないのに。

あんなに真っ直ぐな思いに勝てるわけない。

私の10年間の片思いはこうして、終わっていくのだろうか。

彼はどんな思いで私のチョコを食べるんだろう。


「おい、帰るぞ」

違うクラスの幼なじみが迎えに来てくれる。

いっぱい貰ってるんだろうなぁ。

田舎のイケメンくんは、田舎の乙女たちの王子様だから。

「いっぱいもらった〜?」

何気なく聞いてみる。

やだなぁ、違う女の子の思いがいっぱい詰まってるチョコをこいつが食べるの。

誰かはもう素直にこいつに想いを伝えたんだろうか。

「何を?」

幼なじみは誤魔化すように私から視線を逸らす。

誤魔化さなくていいのに。

逆に怪しくて、悲しくなる。

「あの……さ、」

幼なじみは言いづらそうに首に手を当てる。

ん?

何を言おうとしている??

「う、うん……」

妙な緊張感に私も体が固まる。

心臓がうるさくて目を彷徨わせる。

沈黙がやけに気まずい。

「やっぱこれ、いらないわ」

幼なじみが差し出したのは今朝私があげた本命チョコだった。

え、これって……。

所謂、フラれたってやつ……?

「え、……」

言葉が出てこない。

もちろん手も差し出せない。

そんな、受け取れないよ……。

「義理なら、いらない」

幼なじみの表情は俯いていて見えない。

なんで、そっちが辛そうなの。

その顔したいのこっちじゃない……?

「へ……返却は、受け付けておりません……」

なんでこんな言い方しちゃうんだろう。

義理ならいらないって、本命なら受け取ってくれるんだろうか。

今、本命って言ってしまえばいいんじゃない?

「いや、ごめん……。無理……」

そう言って、幼馴染は表情を曇らせる。

その表情したいのこっちなんだが…。

ていうか、泣きたい…。

「先輩にもらったから…?」

私が聞くと、幼馴染は目を見開く。

どうして知ってるの?って??

あんたのこと、誰よりも考えてる自信あるんだから。

「なんでそうなるんだよ」

幼馴染は呆れたように、ため息をついた。

だってそうじゃん!!

私の義理チョコなんて意味ないってことでしょ?

「だって!!…なんでもない…」

ムキになったって何も変わらない。

私は義理チョコしか渡してない可愛くない幼馴染でしかないんだ。

こいつは可愛い先輩からもらった気持ちを受け取るつもりなんだ…。

「なんだよ、俺、もう行くから」

そう言って幼なじみは床に私の本命チョコを置いて行ってしまった。

ごめんって、無理って……。

そんなの、あり?

私は床に置かれたチョコを拾い上げる。

うわぁ、私の純情どうすんのよ……。

こんなんでも去年から一生懸命考えてあんたの好きなマシュマロ使った手作りお菓子にしたのに。

「あれ?2年ちゃんだ」

しゃがみこんでいると、廊下の奥から声が聞こえる。

視線を向ければ委員会で一緒の先輩がいた。

にこにこしながら近づいてくる。

「ん?なにそれ、チョコ?」

先輩が私の手元を覗き込む。

チョコ、なんかで片付けられないほど重いものなんだけどなぁ。

今日が終わったらなんの意味もないお菓子になっちゃう。

「はい、そうなんです」

私は全部押し込んで、笑顔を向ける。

あいつは誰の本命チョコを貰ったんだろう。

もうあいつの隣は私の居場所じゃないのかもなぁ。

「ね、それ誰にもあげないならさ、俺にあげてみない?」

「え?」

先輩が自分を指さして提案してくる。

私は戸惑いを隠せずに首を傾げる。

これは、あいつのことしか考えずに作ったから……。

「今年、ゼロでさぁ。くれると嬉しいな!」

「えっと……」

あげてしまおうか。

持って帰っても自分じゃ絶対食べないし。

ゴミになるくらいならあげた方が成仏するかな。

「ご……ごめんなさい……!」

「え……?」

そう思ったのに私は先輩に頭を下げていた。

どうしてもあいつ以外には渡せなかった。

私の大好きなあいつに食べて欲しかった。

「これ、私の幼なじみにあげる本命チョコなんで!そいつ以外にはあげないって決めてるので!!」

大声で言ってしまう。

でも、いいんだ。

どうせもう届かない想いなんだから。

そう思った途端に私の肩が掴まれる。

へ……?

そして声を出す暇もなく引き寄せられた。

「すいません、これ俺のなんで」

聞こえたのは帰ってしまったはずの幼なじみの声。

な、なんで……?

なんでここにいて、なんでこのチョコを自分のだって言ってくれるの……?

「いやぁ、そっか〜!じゃあ、ひとり悲しく板チョコでも買おっかな」

そう言って先輩は笑いながら帰ってしまった。

ほっとしたのと、驚いたので感情がごちゃ混ぜになって自分が今、どういう感情なのか分からない。

でも、やっぱり心臓だけはうるさい。

「え、えっと……」

どこまで聞いてたんだろうか。

全部聞かれてたのかな。

どうして守ってくれるようなことしたんだろう。

「お前、幼なじみって俺以外にいるんだっけ?」

幼なじみの問いに首を振る。

このイケメンだけだ、私の幼なじみは。

私の大好きな幼なじみは。

「いない、ほんとはこれ……。本命チョコで、10年前からずっと本命チョコで……!いっつも素直に言えないけどずっと言いたくて、マシュマロなんて入れちゃったけど嫌いなんかじゃないし、喜んでくれたらいいなってそれしか考えてなくて……!10年前からずっと、きっとこれからもずーっと大好きで……!もう、好きで好きでたまらないのに……」

涙で前が見えなくなる。

言いたいことは溢れ出すのに上手く言葉にできない。

こんなんじゃ伝わらないよ……。

「もう、わかったから」

そう思ったのに、私の顔はどこかに埋まった。

大好きな匂いに包まれる。

本当はずっと、こうしたかった。

こいつに抱きしめてもらう日を夢見てた。

喧嘩するでもなく、からかわれるのでもなく。

こうして、ただこいつの胸に飛び込みたかった。

「全部、わかったから……」

わかった、だけ……?

受け入れては貰えないのかな。

やっぱりチョコは、いらないってことかな。

「それ、俺にくれんの?」

予想していなかった問いかけに私は顔をあげる。

きっと、涙でボロボロだ。

イケメンに見せるには忍びないほど汚いに違いない。

「そ、その為だけに作った……ほ、本命チョコですから」

そう言うと、彼は嬉しそうに笑った。

そんな顔して笑ってくれるの?

さっきはいらないって言ってたのに。

「でも、いらないんじゃ……」

私が言うと、幼なじみはため息を吐いた。

な、何もこんな時に呆れなくても……!

だってそう言ってたよね、確かに。

「俺がいらないって言ったのは、義理チョコ!だって今年は好きなやつからの本命チョコしか受け取らないって決めてたから……」

そ、それって……。

またもや涙が止まらない。

私のこと……。

「俺だって10年間、片思いしてたんだからな!」

10年間……。

私と一緒だ……。

じゃあずっと私たちは想いあってたってこと?

「じゃあ、私達…」

顔を上げて、幼馴染を見上げる。

相変わらず、田舎にはもったいないイケメンだ…。

私がこいつと両思い…?

「ホワイトデーにはマシュマロより甘い思い出作ってやるから覚悟してろよ?」

中身までかっこいいのかよ!

こうして晴れて、私と幼馴染は恋人同士になった。

一生忘れられないバレンタインのとろけるような甘い思い出。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る