十六 「念仏」 オカルト好き

 友達の父親がお坊さんをやっている。宗派は伏せる。

 その親父さんはとてもフランクな人で、あまりお坊さんという感じではなく、仏教の疑問なんかにも普通に答えてくれる。私はオカルトが好きだから、この親父さんにいろいろなことを聞くのが好きで、今でもたまに遊びに行って面白い話がないか聞く。


 以前、こんな面白い話を聞いた。

 お坊さんは除霊ってできるのかどうか。


「そうだなあ。まずよく勘違いされてるんだけど、お経って仏教の開祖である、お釈迦様がどうしたら生きている間に幸せになれるのかっていうありがたい考えを、たくさんの人間に伝えるための方法として作られたものなんだよ。宗派によって使うお経に違いは少しあったりするけどね。どう?それ聞いて、除霊ってできると思う。」


「思わないです。成仏してくれとかそういう意味って全くないんですか?」


「全くないね。お釈迦さまの言葉として残されてるお経は7000巻を超えてるけど、そんなのひとつもないよ。さっきも言ったけど、生きてる人のための教えだから、仏教って。たとえば有名なのだと、南無阿弥陀仏って、「阿弥陀様を尊敬します、ありがとうございます。」って意味だよ。そんなこと何度も言われても、悪霊も意味わからんでしょ。」


 親父さんが笑いながら教えてくれる。


「じゃあ、お葬式の時のお経ってなんのために唱えてるんですか?」


「あれは、葬式に参列してる人たちが、誰もがいずれは必ず死ぬっていう諸行無常を実感しながら、だからこそ生きてる間に幸せになれる教えをみんなで共有しましょう、って意味で始まったもので、本来は亡くなった人に対してお経を呼んでる訳じゃないんだよ、本来はね。坊主の仕事も、死んだ人間に対して何かする訳じゃないの、本来はね。時代が流れて、色々変わっちゃったけど。」


「でも、よくお経唱えて悪霊が苦しむみたいなのありますよね?」


「まあ、私からしたらちょっとありえないかな。ありがたいお言葉聞いて、改心するならわかるけど、苦しんで消えるなんてことはないだろうね。まあ、生きた人間のための説法で、霊が改心するってのもちょっと現実味ないけど。」


「親父さんは、幽霊は見えるんですか?」


「私は見えないな。見える人もいると思うけどね。でも、悪意みたいなのは感じるときはあるよ。第六感というやつなのかもしれないな。」


「もし、悪霊を払えって言われたらどうしますか?」


「そもそも、専門外だよ。そういうのって大昔はいわゆる陰陽師の仕事だからね。まあ、でもやるとしたら供養か、真言っていうお経とは違う言葉を唱えるかかな。まあ、███くんも、もし悪霊と出会ったらお経唱えても意味ないから、覚えておいて。」


「悪霊を成仏させるのって難しいんですね。」


「そもそも、成仏ってそういうことじゃないからね。あれって「仏に成る」って書くでしょ。成仏って、悟りを開いて仏様、如来になることだから、霊が成仏するっていうのも本当は間違いだよ。」


「じゃあ、どうしたらいいんですか?」


「難しいね。本当の悪意は、そんな簡単に消えるものじゃない。特に、生きた人間に危害が及ぶような強大な存在がいるとしたら・・・」


 親父さんが、湯呑みを飲み干し、一息ついて続ける。


「その悪意は、気が済むまで暴走し続けるのかもしれないな。」


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