十五 「ブランコ」 塾帰り

 僕の通学路、とは一本外れた道沿いにある公園。

 その公園には、昔から一つの怪談があります。

 それは、夜に公園のそばを通ると、ひとりでに揺れているブランコがある、というありきたりなもの。

 よくある、子供の霊がブランコで遊んでいる、なんて噂もセットでついてきます。

 正直、こんな話、日本中の公園を探したら数えきれないくらいありそうだけど、やっぱり近くにそういう話があると怖いもので、僕はその噂を聞いてから、夜にその公園のある道を通るのを避けていた。

 でも、よく考えたら、その公園の周囲には普通に戸建て住宅とか、マンションがあるし、実際に遭遇してもあまり怖くないのかもしれない、高校に入ってからは少し現実的に考えられるようになっていた。


 ある日の塾帰り、なんとなくその噂のことを思い出して、なんの気の迷いかわからないのだけど、公園のある道を帰り道に選んでいました。

 今思えば、この時点で僕は何かに呼ばれていたのかもしれません。


 夜の公園はやはり暗く、街灯もあるのですがまばらに設置されており、公園内はところどころが明るい、といった感じでした。そもそも夜に公園で遊ぶことなど想定されていないので当然なのでしょうが。

 件のブランコは、公園の入り口から少し離れた場所、入り口を入って左奥の方にありました。

 じっと遠くからブランコを眺めてみますが、ブランコは揺れていません。やはり噂は噂。確認をして満足した僕は、これまでの恐怖心が嘘のように消えて、こっちの道もたまに通って気分転換をするのもいいかもしれないと思っていました。


 僕は家に帰ろうと歩みを進めようとします。

 しかし、帰れませんでした。


 なぜかブランコに近づいて行こうとしているのです。

 その時の僕は、それをなんら不思議に思っていませんでした。


 少しづつ、少しづつ、ブランコに近づいていきます。理由はわかりません。僕はブランコに向かって歩いていくのです。恐怖は感じていませんでした。それが当たり前だと思っていたからです。

 ブランコには二つの台、大きめのチェーン。チェーンを支えるパイプは黄色なのですが、ところどころ塗装が剥がれ落ち、サビが見えます。

 夜なのにどうしてこんなにはっきりと見えたのか、街灯がブランコを照らしているからです。遠くから見た時にはあまり意識しませんでしたが、今思うと、まるでそのブランコのために設置されているかのようでした。


 ブランコの前に立ち止まります。少しだけ、風で揺れて、キィキィと嫌な音を立てています。


 僕はなにを考えていたのでしょうか。今でもわかりません。

 台の上に座ったのです。


 懐かしい感触がしました。

 チェーンを握り込む手に、金属の冷たさが伝わってきます。


 トン、と背中を押してくれました。

 ゆっくり、ブランコが揺れていきます。

 キィキィ、キィキィと、僕は風を感じます。


 トン、トン、と背中を力が強くなり、徐々にスピードが上がり、揺れは大きくなっていきます。


 僕の背中を押しているのは、誰だ?


 催眠が解けた時、こんな感じなのでしょうか。急に冷静になった僕は、この訳のわからない状況に頭がついていかず、ひどい恐怖を覚えました。


 トン、トン


 まだ、誰かが僕の背中を押しています。


 揺れが大きくなったブランコから、飛び降りました。膝と肘を強く打ちましたが、恐怖が僕を後押ししてくれて、全速力で公園の出入り口まで走ります。

 後ろは振り返れません。

 そのまま、人通りの多い道に駆け込み、息を整え、血が出て真っ赤になったワイシャツの肘の部分から急に痛みが襲ってきました。その痛みが、まだ自分が生きている、と安心させてくれます。


 もう、公園には近づきたくもありません。

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