四 「仕事を辞めた理由」 匿名

 数年前のある日、突然父親が仕事を辞めたと家族に告げた。理由を聞いても何も答えず、次の仕事も決まっていないとのこと。リストラではない、なんとかするから、とだけ言い転職活動を始めていた。

 結局、ひと月も経たずに新しい仕事を見つけ、家族も安心し、今でもそこに勤めている。


 この間、自宅で晩酌をしていた父が、酔っ払いながら訥々とつとつと語り始めた。


「仕事辞める直前、父さん、同僚4人と残業してたんだよ。同僚とくだらないことをたまに話したりしながら、いつも通りの残業だった。そのはずだったんだ。」


 父が目を伏せる。


「父さんを入れて、5人。うん、5人だろ?1足す4は5人だ。小学生でもわかる。」


 父がすこしぼうっとして、深く息を吐いた。

 嫌な予感がした。


「でもな、なんでか6人いたんだよ。初めからいたみたいに、いるんだ、ソイツが。何回も確認した。そこにいた、同僚の名前を一人一人確認したんだ。でも、最後の一人の名前が、出てこない。顔も知らない。でも社員証を首からぶら下げてる。その場にはもういない、帰った同僚の顔も思い出したけど、こんな奴、俺は知らない。小さい会社だから、知らない奴なんていないはずなんだ。」


 父の酒を持ってる手が震えていた。


「なんでか、ソイツに違和感を覚えているの、父さんだけだったんだ。他の同僚は、当たり前みたいに、その6人目と話してた。次の日も、その次の日も、残業の時にだけ、ソイツが紛れ込んでるんだよ。意味がわからなくて、逃げるようにして辞表出した。未だに、怖くて会社の近くに行けない。」


「あいつ、誰だったんだ・・・?」


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