三 「仏間」 匿名

 夏休み、父の実家に行った時の話です。

 父の実家は東北のとある県にあり、代々その土地に住んでいたため、その実家もかなり年季の入った家で、僕はこの家に行くのが毎年嫌でした。それとは裏腹に、祖父は去年亡くなっており、今は祖母が一人で住んでいるため、僕たちが帰省することをとても喜んでくれ、内心申し訳ない気持ちにもなりました。

 家は郊外からは少し離れた農村地域で、車で10分程度で市街地、という立地です。


 家に到着した後は祖母と一緒に買い物をしたり、祖父の墓参りに行ったりして過ごしました。

 一応仏壇にも挨拶をして、買ってきたお供物を供えて祖父に祈りました。


 仏間の小壁にはずらっと遺影が並んでおり、自分はそれがとても苦手でした。あくまでも血の繋がった曽祖父母や親戚なので、怖い存在でないことは確かなのですが、会ったことのない人の遺影というのは、血が繋がっていても遠くの存在のようで、その視線がすこし怖かったんだと思います。


 夜は、仏間の隣の和室で家族4人で寝ました。足は廊下側、仰向けになった時に左手側が仏間です。仏間側から、自分、弟、母、父という順番で寝ました。今思えば、仏間側に寝たのは失敗でした。


 布団に全員で入ったのが23時過ぎだったと思います。祖母は別室で先に寝ていましたが、久々の祖母の家ということで、リビングで家族で会話をしているとそれくらいの時間になってしまっていたのです。


 買い物などで色々と回ったりしていたので、僕以外の家族は早々に寝息を立てていましたが、仏間にふすま一枚隔てた距離で寝ていた僕は、そのことがなんとなく頭から離れずに、体感で1時間くらい眠れずにいたと思います。

 いつもは仰向けで寝るのですが、眠れなかったこともあり、仏間への襖に背を向けて、弟に体を向けて横向きで寝ようとしました。安心したかったんです。

 その時でした。


 すす、と襖が開いていく音が聞こえるのです。


 恐怖で動けません。そして、その音が止んだ後、ホッとしたのも束の間、しゅっ、しゅっ、と畳をすって歩くような音が聞こえてきたのです。

 明らかにこちらに近づいてきている。

 しかし、仏間から出てくるということは祖父や御先祖様のはず。怖い存在ではないはずなんだと、自分に言い聞かせながら、祖父や先祖に頭の中で必死に祈りました。

 畳をする音は、ちょうど僕の頭の上で止まりました。


 何かがいる。


 恐怖でぎゅっと目を瞑るのですが、明らかに何かの気配を感じます。鼻息なのか、なんなのか、何かが僕の顔を覗き込んでいるようでした。

 絶対に目を開けてはいけない、絶対に開けてはいけない、と唱え続けて、それがいなくなるのを待ちました。

 すると、隣に寝ていた弟が寝ぼけて僕の足を蹴ったのです。

 そして、その衝撃で、僕はつい目を開けてしまいました。


 そこには、痩せこけた若い女の真っ白な顔がありました。


 気がつくと朝でした。一応祖母に仏間に祀られている亡くなった親戚に、若くして亡くなった人がいるかと聞いたのですが、夭折ようせつした人は、祖母の知る限りおらず、若くても40代くらいとのことでした。


 自分の顔を除いていた、あれは一体誰だったのでしょうか。


 血の気を感じない真っ白な肌に、痩せこけた頬、ガサガザの唇、そして、白目のない真っ黒な眼球。

 僕を除くための横になっていたからなのでしょう、長い髪の毛がだらりと垂れ下がって、口の中に入り、その口をぱくぱくと動かし、何かを話そうとしているようでした。


 未だに、あの顔が頭に焼き付いています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る