二 「マンションの屋上」 3年のK

 俺の住んでいるマンションの話。

 よくある話かもしれないけど、十数年前にマンションの屋上から飛び降り自殺があった。

 俺が引っ越す前に起きた事件だったから詳しくはわからないけど、噂ではこんな感じ。


 当時から屋上への扉は施錠されたんだけど、管理の業者が入った隙に、女が屋上に忍び込んでしまったらしく、業者はそれに気が付かずに仕事を終えて帰ってしまった。

 それで、その日の夕方に女が飛び降り自殺。

 遺書もなかったから本当に忍び込んだ目的が自殺だったのかはわからないけど、まあ、封鎖されて一人しかいない屋上から飛び降りたってことは自殺だろうと。

 ただ、その女はこのマンションの住民じゃないらしく、なんでわざわざこのマンションで自殺したのかは最後までわからなかったらしい。


 それ以来、屋上に女性が立っているのを見た、という通報が相次いで、オーナーも相当頭を悩ませていたらしい。最終的には、神主にお祓いをお願いしたら、目撃証言はなくなって、一応解決したらしい。



 小学校5年の時、俺が風邪を引いて学校を休んだ日のこと。

 両親は共働きだったから、一人で家で布団に入ってた。平日の真っ昼間にテレビを見れると思って、風邪を引いてたのに浮かれてたのを覚えてる。これもよくある話だと思うけど。

 俺んちは2階で、ちょうどマンションの玄関の真上の部屋。俺の部屋は玄関側にあって、窓から下を見ると玄関ホールって感じだった。マンションの玄関は突き出ているタイプって言ったら伝わるかわからないけど、俺の部屋に柵さえなければ、その玄関ホールの屋根の上に登れる感じ。

 マンションの前は結構車通りの多い道路で、俺の部屋は窓を閉め切っていてもトラックの音とか結構うるさかった。

 秋だったから陽が落ちるのも早くて、母親がパートから帰ってくる前にはもう外は夕焼けで、眩しかった俺はカーテンを閉めた。

 しばらくしたら、窓の外からすごい音が聞こえた。なんかがぶつかる音。

 事故でもあったのかなと思って、カーテンを開けようと、窓に近づいた。


 カーテンの向こうに、人影があった。


 明らかに俺の部屋の窓の前に立ってる。泥棒だと思ったんだ。

 さっきも話した通り、俺の部屋は玄関の真上にあるんだけど、玄関が一部屋分突き出ているから、少し高いんだけど上ろうと思えば、そこに登れる。

 俺の部屋には柵があるから、外から入ってこれないはずなんだけど、それでも泥棒が俺の部屋に入ろうとしていると思うと、すげー汗が出て、その場に立ち尽くしてしまった。


 カーテンに写ってる人影がゆらゆら揺れてる。


 泥棒と出くわして、襲われたらどうしようって考えてたら、自然と涙が出てきた。固まって、何分経ったかわからない。


 その時、玄関の鍵がガチャガチャと開く音がして、反射的に体が跳ね上がった。

 バクバクする心臓に息が荒くなって、恐る恐る自分の部屋のドアの方を見たら、母親が帰ってきてた。本当に安心した。


「熱下がったの?」


 立ち尽くす俺に、母親が声をかけた。

 泥棒のことを思い出して、急いでカーテンを見たけど、もう人影はなかった。

 母親にそのことを話すと、一応警察にも連絡して、それ以来、一人で留守番するってことが少なくなって、窓ガラスやドアの鍵も、オーナーに連絡して防犯性能の高いものにしてもらった。

 警察も簡単に調べてくれたみたいだけど、特に人が登った形跡とかはなかったらしい。


 それで、最近、気がついたんだ。

 女が落ちたのって、俺の部屋の窓の外、玄関ホールの突き出した部分なんじゃないかって。

 屋上に縛られてたはずの女の霊が、お祓いで成仏したんじゃなく、飛び降りた場所から、落ちた場所に移動しただけなんじゃないかって。


 今でもたまに、夕暮れになるとカーテンの外に誰かがいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る