第21話 居候 3
稜線を金色の膜が覆う。
僅かに光る名残り雪が、虹色の屈折を川面に映す。
早朝の石畳を先程から右往左往していた。二晩過ごしたとて、町の景色に馴染む訳も無く、傍目には可笑しな人だと思われよう。
昨晩の事―
眠れずに白湯でも飲もうと厨房で湯を沸かし、灯りの消えた客席で啜っていた。
「灯りぐらい、お付けなさい。」
振り返れば与一さんが一升瓶を抱え立っていた。
「お怪我はどうですか?」
「小さな掠り傷です。ご心配をお掛け申し訳ございません」
「いえゝ、大事に至らず良かった。そうだ…
「花山様が私にですか?」
「ええ。うちの飼い猫に会いにおいでください。と。私には何の事やら分かりませぬが」
湯呑を二つ持って与一さんは客席に座る。小鍋でふつふつと酒が温まる匂いがした。
この町の空気が好きになっていた。知り合う人など片手に余る程だが、私が鴨井の娘だからと優しくしてくる人など此処にはいない。否、今迄もそうだったのかも知れない。
私の穿った見方が自分を取り巻く人々を色眼鏡で見ていたに過ぎず、更にそれは合わせ鏡の自分に対する憂いだった。
「玄関先の黒猫かしら。丸まって柔らかくて可愛い。家猫の
「葛葉さまが、猫好きだったとは知らなんだ。宵が明けたらお出掛けくださいな。明日は私も、昼は店をゆるりと始めて、午後には煮付けの下拵えでも致しましょう」
小さな灯りが店内を薄く照らす。湯呑で頂く熱燗は、幾らか悪い事をしているようで二口目には、あゝと欠伸が出てきた。
たったの数日で私はすっかり小料理の呑気な娘になっていた。
不自由無く過ぎゆく日々に生きながらも、こんなにも穏やかで緩やかな日常が有るなんて知らなかった。
与一さんは酔いつつも、背筋を伸ばし細やかな気遣いをする。それは格好だけでは無く、心の器量なのだと思ふ。つい心地良くて、私は軒下の猫のやうに、うつらうつらと居眠りをした。
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