第3話 調査報告書 3

「室内で対話をするときは、座位に気配りをせねばね。日を背に語る。優位に対話をしたければ鉄則ですよ」


 瞼の僅かな伸縮に見誤る。私と彼とではまるで器が違うのでした。

 彼を彼と為す要因は、陽光もストーブの熱も衣擦れの些細な嫌悪感も見通す心眼にある。

 泡薄く感じたとて、それでも私にはどうする事も出来ず、「なるほど」と阿呆を装うことで孑孑ぼうふらの揺らぎの如く対処するしかなかったのです。


「心理学の心得があるのですか?」


「いやぁ、買い被りですよ。ただの経験則です」


「僕は経験が乏しくて、学生の間もそれは酷いもので。正直、貴方が羨ましい」


 監視の目も気にせず吐露する。職務よりも私は教えを乞いたい。そう思ったのだ。


 マジックミラーからの視線は冷淡に二人を見つめている。腕組みをした署長に野崎の死亡が告げられた。担当医は成り行きに興味津々で互いの胸の内は秘めたままだ。


「朱に交われば赤くなるか。宮乃は何処まで持ち堪えられると思う?」


「どうでしょうね。惹かれ合ってしまえば時間の問題では」


「宮乃には悪いが、ここで西村を野に放す訳にはいかんでな」


 善悪の判断など個人の価値基準に過ぎず、客観視すれば良い。社会とは弱者の溜まり場であり誰かが統率をしなければならぬ。


 何時しか降り出した雪は牡丹となり窓の光を塞ぎ、四角い部屋は均衡を保ちだした。


 灰色の部屋にスートブの橙が映える。薬缶の口から立ち昇た湯気は這い蹲るヤモリのやうに天井に貼りつき私達を見下ろしていた。

 

「君、名前は?」


宮乃みやの 鋳織いおりです。」


 ちんちんと鉄の焼音が静かに響く。表情を変えぬ美男を見続ける事など数奇なものだ。

 栗色のうねり髪は宛ら甘やかされた室内犬。目鼻立ちは西洋の彫刻とは真逆の美しさ。

 何と形容しようか。奥二重の目元、小さな鼻と口。鼻炎でも患っているのか、数分おきに何度か鼻をぐずずっと吸う。


「宮乃くん、きっと君は僕に失望する。僕はつまらない人間さ。」


 あゝと背伸びをして大きな欠伸をする。パイプ椅子に凭れ前後する様子は葬式で暇を持て余す幼子のようだ。


「では議題を決めましょう。男子おとこたるもの如何にして女子おなごを射止めるか。御教示下さい」


 西村は呆れ顔で指先をシッシと動かした。


「僕は女性上位主義者フェミニストだ。そんな男根臭い話は、休憩所の右なり左なりの蛮人に聞くが早いさ」


 浅瀬の魚影は釣るに向かず。私は膝の上で拳を少し握った。西村の顔に弛みの隙がほんの僅かにみえたからだ。


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