第20話 聖女は派手に見せつける

 西のハータイネンには3日の滞在予定だった。

 100余年ぶりの聖女誕生。

 その噂は既に大陸中に広まっていたが、実物を見たこともない人々はヴィシェフラドの宣伝だろうくらいに鼻であしらっていたようだ。

 

 そこへ本物がやって来た。

 半信半疑のうさん臭さを持ちながらも、ほとんどの者が好奇心には勝てなかったようで。

 神殿前の人だかりは、嵐の前の黒雲のように急激に膨らんでいった。


「本物だってよ。

 すっげー美人だって、聖女様」

「どーせ寄進しなさいって言ってくんだろ。

 ちょっと杖振ってみせておしまいだろーぜ」

「だけどさ、病気治してくれんだろ?

 なんでも治すって聞いたよ」

「ああ、ケガもだってさ。

 ずっと前にやっちまったのも、治してくれんのかね」


 期待と疑いの混じり合った小声も、集まればウオンと震える音になる。


「静かに」


 聖殿神官のよくとおる声が、広場に集まる人々を黙らせた。


「聖女様の奇跡は、本来神殿の奥で厳かに賜るものだ。

 だが当代の聖女様の思し召しにより、皆の前でそのお力の一端をご披露いただけることになった。

 皆、ありがたくその目に焼き付けておくように」


 すっごい前振りだ。

 こんなに期待されると失敗できない。

 ごめんなさいは通らないなと、リヴシェは息が詰まる。


「大丈夫だよ」


 肩にそっと優しい手がかかる。

 振り返ればクリーム色のジュストコールの胸。金色の頭がふわりと下りて、リヴシェの頬に優しい唇が落とされる。


「僕がついてる。心配しないで」


 蜂蜜よりも甘く囁く声には、いまだに慣れることができないでいる。

 だって小説には音声がない。脳内変換で大好きな声優ボイスをあてたりしていたが、生ラーシュの声は想像よりも破壊力甚大だ。


 余計にドキドキするんですけど……。


 それでもやらなくてはならない。

 慎ましやかに控えめに微笑んで、数人の病人を癒せば良い。

 意識を集中する訓練は、ここ7年の間に十分積んだ。

 大丈夫きっとできると言い聞かせて、リヴシェは神官の前に進み出た。


「癒しの奇跡を賜る者をここに」


 神官の命で、ぜいぜいと苦し気な息をする男が担架で連れ出された。


「これはボルイェ街のニクラスと申す者でございます。

 腕の立つ飾り職人でしたが、1年ほど前よりだんだんに弱り今では息をするのがやっとの有様」


 ハータイネン王国の飾り細工は有名で、大陸中どころか海を隔てた国々でも高値で取引されている。その職人とあれば、まっさきにリヴシェの前に出されたのも頷ける。


「誰かボルイェの者はおらぬか?」


 神官の呼びかけに、群衆の中からパラパラと腕が上がった。


「ここへ来てニクラスの顔を確かめよ」


 数人の男が前に出て、確かにニクラスだと言う。


「では聖女様」


 促されてリヴシェはニクラスの隣にかがみこんだ。

 

 マイナンバーカードとか運転免許証とかない世界だから仕方ないけど、あれで本人確認終わりって雑過ぎる。

 前世的な感覚で苦笑しながらも、ここはぜひ綺麗に決めておかないとと気を引き締めた。


 ぱぁーっと白い光がリヴシェを包む。

 意識して指先に集めた力を、ニクラスの身体に注ぎ込む。


(どうかもう一度、飾り職ができますように)


 心からの祈りと共に注がれる輝きが、ニクラスの全身を覆う。

 黒く煙る靄が、その身体からじわじわと滲みだしてきた。

 黒い靄がすっかり出尽くした後、ニクラスの呼吸は穏やかになっていた。

 土気色だった顔色も、健康な生彩を取り戻している。


「起き上がれますか」


 リヴシェが声をかけると、ニクラスは頷いた。

 半身を起こして、リヴシェの両の手をいただく。


「ありがとうございます。

 ありがとう。

 聖女様」


 うわぁーと歓声が上がる。

 群衆は驚き、感涙し、そして口々に言う。


「うちにもけが人がいる」

「うちにも寝たきりの病人が」

「すぐに連れてきますから、お願いします」


 まあそうなるわよねと、リヴシェは思った。

 こんな見世物みたいなことをしたら、当然だ。

 前世的に言ったら、聖女の奇跡などとてもうさん臭い。お布施集めのために、サクラの一人二人いたって不思議ではないのだ。

 けれどさすがファンタジー小説の世界だ。

 リヴシェの寵力は、正真正銘の本物だから。

 



 

 束の間の休憩を許されて、神殿奥の居間でお茶を飲む。

 傍仕えのメイドも要らないくらい、ラーシュが傍でかいがいしく世話をやいてくれている。

 ヴィシェフラドから持ち込んだクッション、リヴシェお気に入りのひざ掛け、それに焼き菓子に砂糖菓子。

 所狭しと並べられたスイーツを前に、ラーシュは美麗な眉を下げている。


「リーヴ、疲れていない?

 人数は絞らせてあるから。

 全員をなんて考えないで良いからね」

 

 大丈夫とリヴシェは首を振る。

 全然疲れてはいない。

 それどころか全員の面倒をみる気だった。

 多分、余力はある。


 滞在は3日の予定だが、最終日にはハータイネンの王宮に招待されていた。ヴィシェフラドの王女としては、これを断ることはできない。

 どうせ断れないのなら、せいぜい派手に寵力を見せつけておくのが得策だ。

 そうすれば荘園の収入をかすめとられることもない。

 ラーシュは詳しく教えてくれなかったけど、荘園からの上がりが本国へ届かなくなった原因は、十中八九国ぐるみのネコババだ。

 初めは少しづつ抜く程度だったろうけど、ヴィシェフラドが何も報復できないと侮った今では、まるごと懐に入れている。

 好きにしていると、神罰が下る。

 本気でそう思わせる何かを、このあたりでしっかり見せつける必要があった。


 でも神罰って、本当にあるのだろうか。

 ファンタジーの世界だからあっても不思議はないけど、聖女のおわします国に逆らうとひどいよ的な、そんな脅しに屈しなかったからという理由ではなあと思う。

 ヴィシェフラドとハータイネン、それぞれの利がぶつかっているだけだから。


「要するにお金の問題なのよね」


 ぽろりと独り言がこぼれる。

 ラーシュの青い瞳が見開かれて、くすりと笑われた。


「そうだよ。お金の問題だ。

 だけどヴィシェフラドの存亡がかかった問題で、そしてリーヴにしか解決できないことなんだよ」


 生きるためにお金を必要とするのは、ここも前世と同じのようだ。

 ヴィシェフラドの国庫はいつもスカスカで、それなのに父はあのゴージャスオバ……、ジェリオ親子に贅沢三昧させてきた。どんな高価な宝石もドレスもそして年金まで、欲しいと望むものはほとんどかなえてやった。

 どこにそんなお金があるのか。

 なんにも考えていない残念過ぎる父だが、それを今更嘆いたところでどうしようもない。


 今のヴィシェフラドには、お金に換えられるものなど1つしかない。

 寵力1回、いくらの換算なのだろうか。


 聖女にあるまじき不謹慎な考えだが、きれいごとを言ってる余裕はないようだ。

 淡々と、でも切実な響きをもったラーシュの言葉に、ヴィシェフラドの空の国庫が目に浮かぶ。

 

「どうせなら派手にやりたいわ。

 全員、通して」


 その方がきっと、噂になる。

 聖女のありがたい奇跡を、せいぜい宣伝してもらわなくては。

 亡国の王女フラグを、ここでばしっと叩き折るために。

 

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