戦いの果てに

 ――せいやッ!


 しごくように突き出され、金色の巨人へ伸びていく槍。

 その軌道は複雑で読みづらい。これは槍自体の特性によるものだ。


 この巨人用の槍の重量は過大だ。横に構えると、柄自身と穂先の重みによって、緩い孤を描いて垂れる。そのために、まっすぐ突くということができないのだ。まっすぐ突き出したつもりでも、やや下を向き、同じ軌道は描かない。


 突きというものは、柄を払って叩く線の動きと違い、どこへ飛んでくるかわからない点の動きだ。普通、この動きには苦労するだろう。


 だが、ゲルリッヒの体を乗っ取り、モルフェウスを名乗るオネイロイは違った。

 取り回しに難がある、両手持ちの大剣を振り回しているにもかかわらず、完全に俺の動きに対応していた。熟練の剣士の動きだ。


 俺の突き出した槍は、火花のひとつも上げずにかわされる。


 ――弾かれた、いや、いなされたか。


 この動きはゲルリッヒのものではない。

 きっと、モルフェウス自身のものだろう。


 なら、これならどうだ?


 次に俺がガラテアの手から突き出させた鋼槍は、まるで生きた蛇のように左右に穂先を揺らしながら、巨人を襲う。狙うは大剣から遠いひざ、足首といった関節だ。


 しかしモルフェウスはこれにも対応したばかりか、巨剣をギロチンのように振るって、蛇の鎌首を切り落す――槍の穂先を断ったのだ。

 数度乾いた音を残して、木の葉の形をした穂先は、地の底へ落ちていった。


『無駄な小細工を――フェイントのつもりだろうが、芯をずらしすぎだ』


「御忠告どうも」


 オレは穂先を失った槍を捨て、斧に持ち替える。

 

 正直奴は……モルフェウスは、これまでに戦った相手と格が違う。

 ゴーレムの身長くらいある両手剣を振っているのに、それはまるで棒っきれを振り回しているようで、剣の重みをまるで感じさせない。


 奴は体重の使い方が上手いのだ。その体捌きで、振った大剣の重心の動きを迎えて、そこから次の切り返しにつなげている。まさに達人の動きだ。


 巨剣に振り回されることなく、その重さを使いこなしている。


 こんな奴を相手に、どうすれば良い?


『こちらから行かせてもらおう』


 黄金色の巨人が、地面を蹴り、砲弾のように向かってきた。

 そして地面を蹴った勢いのまま、掲げた大剣をこちらに振り下ろしてくる!


 チッ!


 とてもこんなもの一撃は斧の柄では受けられない。

 俺は地面を蹴り、無様に転がりながら、横を通り過ぎる白刃を見た。


 ガラテアを捉えること無く、地面に落ちた板状の巨剣は、その剣身の4分の1ほどを地面に斬り込ませた。――今なら打てる。


 喰らえ!!


 オレは斧を振りかぶることなく、突進し、その刃を押し当てるかのようにして、奴に斬りかかる。しかしそれは迂闊だった。見切られていたのだ。


 攻撃の後にすきができるなど、奴は百も承知だった。

 小手を裏拳のようにして振り、加速しきる前の俺の斧を弾く。

そして斧を持っていた腕、そして草摺くさずりの奥、ふとももに手を差し込まれたかと思うと、天地がひっくり返った。


 ――投げられた?!


 何が起きたかを理解するのに時間がかかった。

 テーブルをひっくり返すみたいにして、地面に投げられたのだ。


 そして直感する。……こいつは、これまでの連中と違う。

 オレたちの、ヒトの体の使い方を知っている、と。


『私はずっと見ていた、お前たちを。そして判じたのだ』


 ――ッ!


 俺はその場から飛び退いた。

 次の瞬間、俺がさっきまでいた場所に、大剣が突き立てられていた。


『未来を託すに値せず、と。』


「家畜に未来を託す気なんて最初っから無かったろうに」


 俺は膝から立ち、斧を振りかぶって構える。


「変な気を出して、勝手に裏切られたつもりになって、せいぜいが――そんなところだろ? オレも身に覚えがある。だから、今さら取り繕うのは止めろよ」


『……そうだな』


 モルフェウスは地から剣を抜き、鈍く光る大剣をオレとガラテアに向けた。

 しかし、オレには勝ち筋が見当たらない。


 いい考えは全く出ない。出るのは冷や汗だけだ。

 緊張に身を固めていると、不意に柔らかい声がオレにかけられる。


『大丈夫ですレヴィン、必ず勝てます』


「そのつもり何だが、ちょっと自信が消えそうでね」


『私は貴方のすることを信じます。それが命を失うことになっても』


「……ああ」


 ガラテアの身体をさすり、オレは相対する金の巨人の姿を見る。

 その姿は鍍金された装甲板を着込んでいるが、その下は無垢の鉄、明らかに格下のゴーレムの姿だ。子供が大人の衣装を着ているようなもの。


 そうだな、もっと単純シンプルに考えればよかったんだ。


 モルフェウスの姿勢が低くなり、曲げられた足が、一回ひとまわりり太くなったような錯覚をみた。


 ……来る!


 オレにはこれまで、死を覚悟する戦いはなかった。

 絶対にできることだけ、失敗しないことを選んでしていた。

 だけど、これは違う。――失敗は許されない。


 オレがしくじれば、世界が死ぬ。

 この間抜けなオッサンが腑抜けていたがために、世界は巻き添えを食らう。


 ――レヴィンは自嘲するような笑みを唇に浮かべた。そして、それが何かの合図だったかのように、モルフェウスが金色の鉄靴で、青黒い石の地面を蹴った。


 赤いマントを翻す巨人から伸びやかに打ち込まれる大剣に、彼は斧を合わせる。

 真っ向から打ち合った分厚い白刃は、その身を欠けさせて火花を放つ。


「ウォォォォ!」


 裂帛の気合を放って、彼は押す! 押し続ける!!


『まさか、貴様――?!』


 モルフェウスはガラテアを押し返そうとするが、その膂力に押し切られる。

 足を前に出して爪先を立てるが、滑って押される一方だ。


「お前のゴーレムの体は、所詮量産品だろ? 金色のオベベを着込んだ所でそれは変わらない。こっちは王国の最期の一騎だぞ? 出来が違うんだよ!」


 彼の言う通りだった。斧を両手剣に噛み合わせ、体を掴んで押す彼女にモルフェウスは力では抵抗できない。

 そう、彼は崖を背にして戦っていた。このまま彼女に押され続ければどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。


『貴様、道連れにするつもりか!』


「命の使い方としては上等な部類だろ?」


『――止めろ! 頼む、止めてくれ!!』


『観念なさい。』


「泥臭い戦い方しか出来なくてすまんな、ガラテア」


『いえ、やっぱり貴方は、私が見込んだ通りの人でした』


『この狂人どもめ!! 正気じゃない!止めろ!アア、アアアアアー!!』


 金と銀、二対の巨人が暗黒の宇宙に躍った。

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