ラストバトル

 は遺跡の地下にある、巨大な空間の中にいる。

 ここは王国が作った場所ではない。

 王国がまだその姿を表すよりもずっと前、いや、人が現れるより前の時代、自然の驚異によって創り出された場所だ。


 信じられないほど大きな空間の天井は、鉱石が瞬き、星空のようになっている。

 地の底に星が有り、宇宙があった。


 ゲルリッヒの体を乗っ取ったモルフェウスは、その空間を見下ろす崖上の台地に立ち、手にもった大剣を地面に突き刺すと、黄金色の兜のひさしの間から、地下深くに沈んでいるを見下していた。


 それは翼を拡げた鳥のようだった。

 異常に巨大で、それと比べると、ゴーレムの身体でさえ、砂粒のようだ。


 それが何時からあったのか? それは誰も知らない。

 旧い、とても旧い神を象った、石でも金属でもない像だ。


 人が生まれる前、はるかそれ以前の時代から、深い地の底に埋められていた。

 彼らの故郷だ。


 時間が意味を成さない、気が遠くなるほどの昔。

 遠い暗黒の海、空に浮かぶ星々の間を超えて、彼らはこの地にやってきた。

 そしてひっそりと人々の心に住み着いた。


 果てしない旅に耐えるには、彼らの体は重すぎた。

 果てしない旅に耐えるには、彼らの心は弱すぎた。


 だから、すべてを捨てたのだ。

 身体も、心も持たない、揺蕩たゆたう何かとなって旅をした。


 しかし、不幸なことに、彼らが長旅を終えて降りたって地には、彼らがその存在を委ねるべき相手がいなかった。だから彼らは待った。待ち続けた。


 ようやくにして、その好機は訪れた。が、うまくいかなかった。

 彼らの秘密を見破り、大願の成就をその身を挺して妨げるものがいたのだ。


 しかしそのくびきも外れた。


 モルフェウスは小手の内側の金属製の指を折り曲げ、独白する。


 私たちはようやく、自らの足、手を手に入れようとしている。

 後少しだ。後少し……なのに、残りカスが邪魔をする。


 先に降り立ったのは私達だ。

 そして連中が水の中から陸へ上がり、その足で歩く手助けすらした。

 それが……その仕打ちがこれか?


 私たちは家畜に食い殺される運命なのか?


 否!

 時の試練を超え、大地に立つのは、私達だ。


 万世に渡ってその身を横たえた暗渠あんきょからい出て、日のもとに出る。


 それを止めようとするものは、何であっても取り除く――。


 決意を固めるかのように、拳を固めるモルフェウス。

 彼の背後から、石の床を叩く音が聞こえてくる。ゴーレムの足音だ。


『来たか』


★★★


 とてつもなくデカイ空間に出たオレは、一瞬その光景に圧倒された。

 てっきり、間違えて外に出てしまったのかと思ったのだ。


「――凄ぇ……」


『これは、一体? こんなものがあったなんて』


 ガラテアの誰に向けるではない言葉に応えたのは、赤いマントをこちらに向かって広げているオネイロイ、「モルフェウス」だった。


『何も知らなかっただろう? お前たちがその足で地上を歩くずっと、ずっと前から、私達はここにいた。そして待った。相応しい存在を』


「――自分たちの身体にするモノを探してたってことか?」


『そうだ。お前たちは、私達が創り出した作品だ。不思議に思わなかったのか? 大きいものは山牛、小さいものはネズミ。なぜそれらに私達が乗らないのか』


「乗れないのか」


 目の前の金の巨人は、喉の奥でうめいた。同意と言った意味だろう。


『お前たちの役目は、前もって私たちが決めていた』


「そいつはどうも」


『しかし傲慢なお前たちは、私達から命を与えられながら、命を自分のものだと思っている。お互い食み合うように、殺し合い、奪い合う。そして今、創造主からもその生命を奪おうとしている』


「……」


『私たちは奪い合う必要のない社会を築いていた。だから魔道具という技術を得るまでに技術を磨き、星を渡る力まで得た。――お前らとは違う』


『それは詭弁です!』


 ガラテアの凛とした声が、偽りの宇宙に反響した。


『あなた方は現に、草をむしるように今を生きる命を摘んでいる。ゲルリッヒという人は貴方の犠牲になった。貴方はそれに目を瞑っているだけです』


『ああそうとも。ガラテア、君は実にいい子だ……反吐が出るほどにね』


『そうとも。我々がこの高みにいたるまで、どれだけの奪い合いがあったと思う? 想像もできまい。その「船」を作るために、そしてその席を決めるのに、どれだけの血が流れたのか――』


『君たちに全てを任せればそれが繰り返される』


『私達がこの高みまで登ったのは、一つの星を食い尽くしても足りない。君たちにそれができるか? 君たちが喰われてくれさえすれば、終わる話なんだ』


「まるで家畜扱いだな、たいそうな王様だよお前は。そうやってオレたちの身体を食って、次は何を目指すってんだ」


『安寧だよ。安心して暮らせる世界。ただそれだけだ』


「オレもだ。気が合うようで何よりだね」


『自分たちの命が喰われ、奪われるのは理不尽だと思うか? お前たちはどうだ? お前たち自身、自らが起こしたいさかいで、思い知っているだろう』


『私達に任せ、身体を捧げれば、そんな苦痛に満ちた生は終わる。君たちはそれを拒み、奪い合う世界を保つというのか?』


「あんなのを生きてるっていうなら、そうなんだろうな。」


「……なあ、お前が背負ってる、そのデッケェもん、オレたちにゃもちろん、王国の連中だって作るのは無理だろう。」


「気が遠くなるほどの事があったんだろう。オレたちじゃ多分そこまで行けないだろうし、行きたいとも思わねえよ」


『だろうな。認めるとは思っていなかった。だから、決めるとしようではないか』

『どちらが残り、どちらが消えるべきか』


「わかりやすい方法でかまわんぜ」


『ああ、奪ってみせろ、我々から「未来」を。君らが得意とすることだろう?』


「いちいち頭にくる野郎だ」


 オレは斧を背に回すと、代わりに槍を右手に持つ。

 そして槍を突き出すように構え、その上を横切るようにして、剣を載せる。


 この構えはリーチを確保して、手元の剣で身を守る構えだ。

 何をしてくるかわからない相手には、遠間と近間、両方に対応できるようにしたほうが良いと思ったから、この構えにした。


 モルフェウスは地面に刺さっていた大剣を抜き放ち、それを天を目指す柱のように、まっすぐと持った。


 ――数拍おいて、偽りの宇宙の下で鋼が振るわれ、新しい星が飛んだ。

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