別のなにか
オレのせいだ。
リケルがこうなったのは、オレがこの子を放って、勝手に帰ったせいだ。
危険を承知でも迎えに行くべきだったのか?
気がついたら、爪が食い込むほどに拳を握りしめ、唇を噛んでいた。
腹を灼くような苛立ちはあるが、それよりも悔恨の気持ちの方が勝る。
それは俺の身体から力を抜けさせる。
まるで俺の身体を流れる血が、何処か遠くへ行ってしまったようだ。
『レヴィン!!』
ガラテアの声で俺は我に返った。
二対の孤を描く白刃はもう目の前に迫っている。リケルの声を発した巨人は、両手に持った短剣をハサミのようにクロスして突き出し、こちらに向かっていた。
教えた覚えはないが、あれは防御を兼ねた突撃方法だ。
ちいッ!
オレは斧の柄を取り、目の前で車輪のように回して、それを弾き返す。
火花を上げて短剣が弾かれたのを見てとり、オレは足を組み替え、一歩前進して波のような二段の突き返しをするが、それは後ろに宙返りしてかわされた。
――素早い! まるで曲芸師だ。
リケルを乗っ取ったオネイロイは、遠間に離れてこちらの様子を伺っている。
リケルの声を発したゴーレムは今まで見たものと違い、痩せぎすの見た目をしている。ギルマンが甲冑の騎士なら、こっちは暗殺者と言った雰囲気だな。
「ガラテア、なんとかできないのか? リケルは元に戻せないのか?」
『できるかも知れませんが、はっきりとしたことは……』
「何でもいい、言ってくれ」
『子供にオネイロイが入るのは容易いですが、その同化に時間がかかるのです』
そういえば、ギルマンと戦った時、ガラテアはそんな事をこぼしていたな。
「ゴーレムの動きを止め、中のリケルを引っ張り出せば良いのか?」
『はい。それしか手は無いと思います』
「まずはあの動きを留めないといけないわけだが……」
関節を極めるにしても、あの素早さが相手では、ちょっと厳しいぞ。
現に斧で突こうとしたら逃げられてしまったしな。
なにかいい方法はないか?
オレが悩んでいると、リケルは不規則なステップを刻んで迫ってくる。
タンタン、タタンっと、緩急の入ったその動きは読みにくい。
タイミングだけならまだしも、左右の動きまで入っている。いつ仕掛けられるかまったく想像もつかない。誰だ、この子にこんな技術を教えたやつは。
オレとは正反対のタイプだ。リケルを喰おうしたやつは、だいぶ性格が悪いな。
全く気に入らん。オレは迎え討つために、斧を横薙ぎに構える。
ステップを踏んで幻惑させようとしても、ゴーレムの巨体では、そこまで自由にならない。身体が重ければ重いほど、動きには慣性がかかる。
ステップで跳ぶ刹那、あの細い昆虫みたいな足元に力を溜めるタイミング、それを見極めれば、オレの斧でも捉えられるはずだ。
まるで夜会で踊っているかのように、くるくると回って、こちらに迫ってくる。オレは斧のタイミングを合わせるため、動きと、足が石床を叩く音に集中する。
足が地につき、膝頭にかぶさっている装甲が揺れる、その姿まで見える。
タン、タン、――今だッ!
リケルの片足が石床に降り立つかという瞬間に、オレは柄がひん曲がるかと思うくらいに力を込めて、背中に回した斧の柄頭を目の前に向かって振り抜いた。
ブォンと分厚い斧の刃が空を切る音がして、石床の上で火花を散らす。
だがこれで終わりではない、足を組み替え、勢いを殺さずそのまま二回目の振り抜きへつなげていく。斧の刃を高みへ持ち上げて、上昇する螺旋を描くようにして、斧の刃を躍らせた。
まるで鋼鉄の竜巻だ。これに巻き込まれたら、板金の甲冑を着込んだ騎士でも、問答無用でミンチになるだろう。
しかしリケルはその竜巻の中をくぐり抜け、両の足を揃えて蹴りを繰り出した。
正気の沙汰ではない動きだ。
あの細身で一か八か斬撃の中に潜り込み、それを避けたのだ。
とっさに肘を締めて、小手を盾代わりにすると、なんとか蹴りを受けるのが間に合った。凄まじい衝撃がガラテアの腕から肩、背中へ突き抜ける。
もちろん、その電撃のように衝撃がオレの背骨を抜けていった。
軽そうに見えるからって、油断はできんな。
ガラテアに致命打を打てるだけの力が、あいつには十分ある。
心臓が破れそうなほどに脈打っている。リケルを危険に晒したくないという思いと、戦いの危うさで二重に緊張しているためだろうか。
斧では無理、剣でもあの速さに対応するのは無理だ。――なら。
ふと、思いついた方法がある。しかしそれにはガラテアの協力が必要だ。
「ガラテア、今度はオレを信じてくれるか?」
『何をする気です? レヴィン』
「この目の前の胴鎧を開いてくれ」
『バカなことを言わないでください! そんなこと……確実に殺されます!』
「信じてくれ」
『イヤです』
「……オレはお前を信じたのに?」
『~ッ! もう、知りませんからね!』
「ありがとう、ガラテア。今からオレが何をしようと、黙って見ていてくれ」
『本当に大丈夫、ですよね?』
「ああ」
ガラテアは渋々目の前の鎧を開く。
すると暗い回廊の中心、暗闇の中で赤い瞳を輝かせているリケルが見えた。
「リケル、オレのことがわからないのか! レヴィンだ!」
オレはガラテアに鎧を開かせ、離れたリケルに語りかける。
だがこんなので正気に返ると思うほど、オレは夢見がちじゃない。これの目的はオネイロイを騙して、まっすぐ攻撃を仕掛けさせるためだ。
「もうやめよう!」
『ウ、ウゥ……』
俺は斧を片手に持ち替えて、地面に石突きを立て、リケルの攻撃を誘った。
両の手をだらんとさげ、その手の先に短剣を持った、暗殺者然とした巨人は、今度は音もなく、水の上を滑るように、石床を渡ってきた。
暗闇の中、赤い筋を八の字に残して、奴はこちらに近づいてくる。蛇のような赤い光の動きを頼りに、オレは互いの距離感を図る。
暗闇の中でも近づいてくれば、その姿はおぼろげにわかってくる。
しかし、その姿は突然に消えた。いや、姿を消したわけではない。宙返りして、上からの奇襲を仕掛けてきたのだ。
――このひねくれ者め! しかし、ここだ!
奇襲を仕掛けているが、完全に胴体の中央、オレを狙っている。
それさえわかっていれば、素早い攻撃でも対応ができる。
短剣と一緒になって突き込まれた腕を掴み、石の床、地面に押し付ける。
リケルと同化しようとしているオネイロイの身体は異常に軽い。それが幸いして、このまま格闘戦に持ち込めば、重量の差で負ける気がしなかった。
細い手足でもがくが、オレは彼女の鉄の足で踏み抜いて、動けなくする。
そして胴の鎧、その板金に手をかけた。それは薄皮のような厚みしか無かった。
この体は、頑丈さよりも、身軽さに重きをおいているのだろう。
指に力を込めると、おもったより簡単に剥ぎとれた。
――ウッ!
リケルの身体は、脈動する何かに包まれている。
どうしたものか、全くわからずに凍りついたようになってしまった。
……これは、取っ払ってもいいものか?
「触って、倍丈夫なのか?」
『さなぎ、羊膜のようなものです。取り払ってください』
うぇーと思いながら、オレはリケルの皮膚を傷つけないよう、慎重にそれを切り裂いて、彼を取りだした。血の混じった鼻水のような液体に包まれているが、本当に大丈夫なのか?
オレは取り出した彼を石の床の上に横たえ、まだひくひくと動いている「それ」の体の中心に、槍を真っ直ぐ突き入れて解体した。
すると、急に咳き込んで、リケルが目を覚ました。
なるほど、オネイロイに夢を見せられている。そんな感じだったのだろうか?
「レヴィン……さん?」
「リケル、もう大丈夫だ。――すまん、巻き込んでしまった」
「僕よりも、ゲルリッヒを、彼を――」
リケルは激しく咳き込みながらも、回廊の奥を指さした。
「アレと一緒になっている間、感じたんです。彼の考えを――彼は、他の何か、恐ろしい何かと一緒になろうとしているんです」
「ああ、わかっている。奴は他のオネイロイを目覚めさせようとしている」
「そうじゃない、んですもっと、別の――何かと」
『別のなにか、ですか?』
「とにかく、リケルはここで待っていてくれ、オレはゲルリッヒと……いや、あいつの声をしたヤツと決着をつけに行く」
「いこう、ガラテア」
『――はい。』
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