奪うもの、奪われるもの

 「王の廃墟」には、遺跡の深部へ続く大きな穴がある。


 この大穴は長い年月をかけてゆっくりと広がっていて、周囲を巻き込んで崩壊し続けている、危険な場所だ。


 俺が若かった頃の穴の大きさは、せいぜい池程度の大きさだった。だが今となっては、池どころか、ちょっとした湖といっていい、巨大な穴になった。


 かつて何かの拍子で開いた穴は、周りの床を歪め、壁を傾けるほどのものになっている。大地震でも起きたら、遺跡そのものが崩壊するのではないだろうか?


 俺は地面を注意深く観察して、穴に近寄る。

 まず、丸く傾き始めている床には乗らないように。変に柔らかい床は避けるように。これを守らなかったやつは、床ごと落ちて小さいシミになった。


 ただでさえ、ガラテアの身体は人間に比べてずっと重いのだ。

 頼りない床や地面に足を載せないようにして、ゆっくりと穴の様子がうかがえる場所まで移動する。この周辺は本当に気を使う。厄介極まりない。


 穴の端っこに立って、その中を伺うと、遺跡の立体的な構造が明らかになる。

 大小様々な部屋が、その空間を横に長い四角い断面となって見せている。


 もしオレが建築家なら、この遺跡の断面図から何らかの知見を得られるのだろうが、悲しいことにオレはこういった事に関しては無学も甚だしい。


 石でできた四角い部屋がたくさん並んで、崩れているなといった、子どもじみた感想しか出てこない。崩壊した部屋の中には、かつての王国の生活を偲ばせる家具や道具があるが、めぼしいものはその殆どが略奪されている。


 目に見える範囲で残っているのは、重すぎて持ち出せない石のテーブルや椅子、大した価値のないツボや皿と言った類のものだ。


「ガラテアさん、懐かしいか?」


『なにか感じるかと思ったのですが、変わり果てすぎて、感慨もわきませんね』


「というと?」


『まるで違う世界を見ているようで、実感が無いのです。私が生きていた時代とは、あまりにも変わり果てているので』


「何百年も後の世界をいきなり見せられたら、確かにそうか」


『……オネイロイは、彼らはこれを見て、何を思ったのでしょうか』


「もはや止めるものがいなくなった、歓び、か?」


『かも知れません。……先を急ぎましょう』


「あぁ。」


 床が大きく崩れ、スロープ状になっている場所を辿って、オレは下へと降りる。人間の体だったら、この石の一つを乗り越えるのにも大層苦労するだろう。


 しかし、ガラテアの身体の大きさなら、混沌としたガレキの山も、簡単ではないにしろ進むことが出来る。どうやらこの道は連中も選んだらしく、壁や足元の石にこすったような痕や蹴飛ばした形跡が見える。


 その時だった。大きく地面が揺れ、大穴が中央に向かって崩壊を始める。


「なんだ?! 地震か?!」


『いいえ、これは……地下、下でなにか起きているのかも知れません』


 地鳴りがして、周囲にあった四角い形をした部屋、その断面がたわんで歪む。

 ――不味い!! 崩壊が始まっている!


「崩れるぞ!」


『レヴィン、私の言う通りに動いてください! 右へ跳んで!』


 オレは彼女の言葉で弾けたように跳んだ。するとさっきまでいた場所に巨石が滑り落ちてきて、スロープを完全に潰した。


 危ねぇ!! 


 瞬き2回分くらいの時間の差だった。

 しかし、まだ安心できない。跳んだ先、着地した足場が頼りないのだ。

 端からボロボロと崩れ、石のレンガが暗い穴の底へ落ちていっている。


 不味いな、このままだと、床ごと真っ逆さまだぞ?!


『レヴィン、目の前へ跳んでください!』


 ……っていっても、目の前は穴だ。足場も何もないぞ?


『私を信じて!』


 ええい畜生!!


 オレは崩れる地面から、暗い穴へと躍り出た。

 ポッカリと空いた、目の前の空間、真っ暗で、空虚な穴には何も見えない。

 ガラテアの目でも見通せない暗黒だ。


 しかしそこに足場が現れる。さっきほどスロープを押し潰した巨石だ。

 なるほど、コイツが滑り落ちてるくのを見通していたのか。


 オレは彼女の両足をその巨石にのせ、そいつを使って外壁を滑り落ちていく。

 平たい巨石は、まるで船のようになってオレたちを載せて進む。

 

 滑り落ちていく石の舟は、凄まじい速度だ。馬なんかより断然はやい。あっという間に視界が後ろに流れていく。

 オレは身体を左右に傾けて、崩れて降り注ぐガレキを避け、螺旋を描くように穴の壁を滑り、その底へと向かっていく。


 すると、すぐに目の前に行き止まり、巨大な壁が見えた。


「跳んで!」というガラテアの声に反応して、オレは石の舟をけって飛び降りる。

 彼女の鋼の身体が、石と泥濘が織りなす、ねっとりとしたスープのような地面に叩きつけられた。当然中にいるオレも、めちゃくちゃに掻き回される。


 うわぁ――!!


 彼女が地面に叩きつけられる衝撃は凄まじいものだった。


 樽の中に打ち込まれ、坂道を蹴り落とされるのを想像して欲しい。

 オレは全身を彼女の内側にぶつけて、肘もひざも、背中も……とにかく、痛みが感じれる場所は全て痛い。そんな感じだった。


「今度から……こういう事をする時は、最初に言ってくれ! 今度からは、身体に枕を巻きつけてから、お前さんの中に入るからな!」


『す、すみません』


 せめて布鎧を二重にして着るか、頭に革の兜を被るかしないといかんな。

 危なくてしょうが無い。


「アイタタタ」


『大丈夫ですか?』


「たぶん、骨は折れてない。だけど、なんかクラクラするな」


 オレは頭を押さえながら、彼女の身体を立ち上がらせた。


 見ると、目の前にあったはずの壁は、オレが乗ってきた石の舟の突撃によって、完全に粉々になっている。すごい威力だな。


 崩壊したガレキを乗り越え、壁の内側に進むと、そこにはたくさんのゴーレムが並んでいた。しかし、そこに並んでいたゴーレムは、外で野ざらしにされている、ボロボロのそれらとは違った。


 手、足、全てのパーツは揃い、装甲の表面は美しく磨きあげられて、曇り一つ無い。まるでついさっき完成し、工房から送り出されてきた。そんな風だった。


「これは一体?」


『……王の間です。もはや王はいませんが』


 なるほど、見回してみれば、確かにそんな風な雰囲気がある。


 巨人の並ぶ、奥行きのある四角い細長い空間は、人よりも大きいゴーレムが並んでいても、その空間の巨大さが際立つ。高い天井の上には、絵が剥がれ落ちた漆喰のドームが有り、壁にも動物や自然を象った、凝った彫刻が施されている。

 ここがかつて、壮麗な空間であったことを容易に想像させるな。


「ところで、この中にもオネイロイがいるのか?」


『いえ、彼らは抜け殻のようです。純然たる鉄の塊ですね』


「びっくりしたぜ」


『そう、今は抜け殻には違いない。が、今だけだ。そのうち使わせてもらうよ』


 ――! この声は、ゲルリッヒ?!


 無数に立ち並んだゴ―レムの先に、聞き慣れた声を発する、鉄の巨人がいた。

 仰々しい装飾が施され、鍍金された装甲を、鉄の胸と腕に重ねるように身に着け、端がほつれた赤いマントを身にまとっていた。


『貴様……!』


 のんびりとした印象のガラテアから、冷たい、敵意に満ちた声が発せられた。

 その言葉の温度に触れ、オレは心臓がキュッと縮まったような気がした。


『おや、王に対して不敬じゃないか、ガラテア?』


「王にでもなったつもりか、ゲルリッヒ? とっくの昔に滅んだ王国だぞ」


『そうさ、だからが引き継いで、もう一度蘇らせる』


「……ゲルリッヒじゃないな、何者だ、お前は」


『私の名はモルフェウス。オネイロイたちの王だ』


簒奪者さんだつしゃの間違いでしょう。誰も貴方を王とは認めません』


『視点の違いだね』


「悪いがオレは、話し合いで物事を決めるのが苦手なんだ。こいつで決めよう」


 オレは彼女の背中に回していた斧を取り出した。この場所はゴーレムにとってもかなり広い。これだけの広さなら、こいつを存分に振り回せる。


『これだけ時を経ても、人のさがというものはそう変わらないようだね』


「ぬけぬけと。人にとって変わろうとしたのはお前たちだろう」


『取って代わられるだけの価値が君たちにあると思っているのか。なんと傲慢な。まあいい、私はまだやることがあるのでね、これで失礼する』


「逃がすか!」


 オレは構えた斧をまっすぐ上に振り上げ、モルフェウスと名乗ったオネイロイに向かって突進した。

 

『――君たちの相手は彼らにしてもらうとしよう』


 オレの行く手を遮るように、一体のゴーレムが躍り出る。俺は反射的にそいつに掲げていた斧を、叩きつけるように振り下ろした。


<ガチンッ!!>


 しかし、振り下ろした斧は、そいつが両手に持った短剣で防がれた。

 鍔迫り合いのようになり、ガチガチと金属が触れ合う音がする。


「……レヴィン、さン」


 対峙しているゴーレムから、聞き慣れているが、どこか無機質な声が聞こえた。


「まさか、その声、リケルか?!」


「すみまセン、僕は、貴方を殺シます……」


『ではな。――せいぜい楽しんでくれ給え。Ave.さらばだ


「貴様ァァァァ!!」


 死した甲冑が並ぶ回廊で、剣戟がきらめいた。

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