再び、王の廃墟へ

 ――テルマエはすっかり破壊されていた。


 温かいお湯に満ちていた浴槽はゴウゴウとかまどのように火を吹き、そこから登った火の粉が、天井めがけて弾けながら螺旋らせんを描くように登っていた。


 これを元通りにするのには、ずいぶん骨を折るだろうな。

 だが、これをどうにかする前にゲルリッヒたちをなんとかしないといけない。


 あのムカデの姿になったオネイロイによると、ゲルリッヒは遺跡で眠っている、残りの連中を起こしに行っているらしい。


 オレたちを襲ってきた連中は、ごく一部でしかなかったのだ。


 たったの5体でも、テルマエを失うほどに苦労したのに、その全てが目覚めて地上を歩き回ったらどうなる?


 ……王国に封印されたことの腹いせを、オレたちにすることだろう。

 きっと当時より、ひどいことになるだろう。


 連中を目覚めさせるのを、なんとしても止めなくては。

 煙の上がるテルマエを後にして、オレたちは「王の廃墟」に向かった。


 オレたちの使える武器は乏しい。

 連中が持ってきた武器をそのまま使う。鋼の剣、斧、そして槍。

 いま使えるのはこれだけだ。


 しかし、それでも奴らを止めないといけない。

 そうでなければ――全てが終わる。


 数刻後、オレは「王の廃墟」に到着した。

 日は完全に水平線の向こうに落ち、遺跡の地面と壁の境界もあいまいだ。


 以前はゲルリッヒと大勢の子どもたちという、賑やかな一団で訪れた場所だが、今回はオレとガラテアだけだ。真夜中というのもあって、ひどくもの寂しい。


 俺は遺跡の外周に立つと、幾重にもギザギザが重なる壊れた壁、その隙間から、中の様子をうかがう。しんとして、実に静かなものだ。


 外から見る様子では、とくに妙なものはない。


 なによりも――


「暗すぎて何が何だか、よくわからんな。かがり火でも焚いてくれたら、明るくて助かったのにな。


『そうですね、ちょっと目を凝らしてみましょう』


 彼女がそう言うと、次第に外の世界がほんのり明るくなってくる。


 あっという間に世界が昼間のように明るくなった。しかしどこか違和感がある。そうか、濃い緑をしているはずの、樹木の葉の色がちょっと灰色っぽいのだ。


 目の前に映る世界は、一見なにごともない昼間のようだが、何度も洗った柄物のカーテンのように薄い色をしている。

 これがなかったら、確実に昼間だと勘違いしそうだ。


「ガラテアはこんな事もできるのか」


『どうです? 見やすくなったでしょう。真夜中の空に浮かぶ星、その僅かな光を強く感じるようにしているんです』


「どうやってるかわからんが、王国は本当にすごいな」


 そういえば彼女は、あの遺跡の暗闇の中でも周りが見えていたっけ。

 これを使ったのか。


「遺跡の中に入って、奴らを探そう。どこから手を付けたら良い?」


『きっと遺跡の地下深く、最深部の封印の間だと思います。王がその身を横たえ、オネイロイたちを封印したまさにその場所です』


「ふむ、まさかこの体で、枯れ井戸から入る訳にはいかないよな」


『でしたら、あそこはどうでしょう? 街の地面が崩壊して、大きく開いた場所があります。あそこを目指して、そこから地下へ降りては?』


「なるほど、あの大穴か。連中もそこから中を目指したかもわからんな」


『ええ、気をつけて、レヴィン』


 少し脱色されたような世界を、オレは彼女の足を使って進む。


 すると、あることに気がついた。

 遺跡の石床が割れており、地面にはいくつもの足跡が残っているのだ。

 その足跡の大きさからして、間違いなくゴーレムだ。


 連中もこの道を通ったのか。

 さきほどの戦いの緊張が戻ってきて、神経がピリッとなる。


 ここは斧を振り回すには少し狭いな、使う得物は剣にしよう。


 俺は斧を背中に回して、彼女の腰の金具に留めてあった長剣を抜く。

 これも王国が残したものなのだろうか?


 抜くときに俺の目の前を通った長剣の表面は滑らかで、その真っすぐ伸びた剣身に、一切の狂いは見られない。


 惜しむらくは、コレがゴーレム用ということだな。

 人間でも使えるサイズなら、ちょっとした財産になったというのに。


『なにか妙なことを考えてますね、レヴィン?』


「おっとバレたか?」


『売っぱらったらいくらになるとか、そんな事を考えてそうな顔をしていました』


「オレも生活が苦しくてね?」


『オネイロイをそのままにしていたら、その生活もなくなりますけどね』


「やれやれ、姫様はオレに対して遠慮が無い――ッ」


 俺はゆるく持っていた剣を構え、防御の姿勢を取った。

 脇をしっかり締める事で、剣と腕を身体に固定して来る衝撃に備える。


 斜めに構えられた剣に、振り下ろされた白刃が火花を散らし、閃光となった。


 普段だったらなんてことの無い火花だが、ガラテアの視力によって補強されたその光は、オレの目に入ってくると、チクリとした痛痒を感じさせた。


『反応するとは、偉いねぇ~』


「まさかその声は、鉄鎖のギルマンか?!」


 俺が振り下ろされた剣を受け、三角の屋根のような形をつくっている相手の声。それには聞き覚えがあった。


 金属製の甲冑で身を包んだ兵士を、そのまま大きくしたような鉄の巨人。

 目の前のその巨人からするダミ声は、腕利きで有名だった冒険者、「鉄鎖」の異名を持つギルマンのものだった。


 彼までゲルリッヒの手下になっていたのか?!


 大上段から振り下ろされた奴の剣身は、オレの剣に噛み合って外れない。

 逆を言えば、やつも自由に剣を振るうことが出来ない。


 ――これでどうだ!!


 オレは足を組み替え、体捌きでやつに近寄ると、分厚い肩甲で体当りするようにブン殴って、ギルマンの声を発するオネイロイを押しのけた。


<ガイィン!>と、鋼の体がぶつかる甲高い音が、夜の遺跡に響く。


 バランスを崩した巨人は、年代物の石壁をバラバラを砕きながら尻もちをついて、土煙を上げながら壁の瓦礫に埋もれた。


 手元の剣を見ると、刃は大きく欠けてしまって、すっかり傷物だ。

 やってくれるね。


『どうやらゲルリッヒは、冒険者達に……いえ、冒険者たちの「体」を配っているようですね』


「なるほどな……まさかッ!」


『どうしました、レヴィン?』


「わかったんだ、ゲルリッヒのやつ、子どもたちを冒険者にでっち上げて、遺跡まで連れてきた理由、それが、それはコレのためだったのか……?!」


『……なるほど、それは有り得ますね。オネイロイが乗っ取るには、子供のほうが意志が純粋でやり易いはずです。難点もあるのですが』


「オネイロイが乗っ取った連中は、どうにか出来ないのか?」


『難しいと思います。彼らが望んで体を差し出し、ゴーレムの力に満足しているのであれば、みすみすそれを手放そうとはしないでしょう』


「鉄鎖のギルマンもオレと、いやオレよりも年は上だったはずだ。なら、ゴーレムの、鉄の体を手放そうなんて、考えるわけはない、か……」


『はい。オネイロイはそもそも、人のそういう部分につけ込んできたのですから』


『そ~ともっ!見ろよこの体を!! 膝は痛くねえし、腰はちゃんと前に曲がる。若造の頃を思い出すな~?』


 ギルマンの声が聞こえ、ハッとなった。

 耳障りな声がしたほうを見ると、ヤツはすでに立ち上がっていた。


 体に乗った瓦礫を、まるで氷雨を払うようにして体から払うゴーレム。

 奴はひと続きのカチカチという金属音をさせて、その兜を外した。


「うっ!」俺は思わず声を上げた。


 人よりもずっと大きな頭。しかし底にはギルマンの顔が。彼は、ギルマンは完全にオネイロイに侵食されているのか。


『ちっと五月蝿うるさいのさえ我慢すりゃぁ、なんてことねぇからな』


 ギルマンは手にした兜をふたたび被り直すと、手にした長剣を腰の高さに置き、正眼に構えた。その所作は定規で測ったように正確で、美しい。


 この職人技のような剣技と、真っ向やり合わないといけないとはな。

 

 俺はその構えに応え、剣先を後ろに向けるように、横なぎに構える。

 これは剣の長さを隠し、攻撃のタイミングを取らせにくく構えだ。


 この構えは、俺が先手を打ちますよという意味にもなる。

 来いよとばかりに、ギルマンはその鼻を鳴らした。


「なるほど、どうやらギルマンのやつ、人間は辞めちまったか」


『オネイロイは彼と精神的にも同化しつつありますね』


「ギルマンのほうが腕前が上だが……さて、どうなるかな」


『彼に勝つ自信がなさそうですね』


「俺の師匠みたいなもんだからな。ま、勝手に真似しただけだが」


『安心してください。オネイロイと人間なら、オネイロイは人間に勝てません』


「どうしてだ?」


『体を動かすことに関して、その感覚は人間のほうが優れていますから』


「なるほどな。連中は元々、体を持ってないと言っていたな」


『えぇ。』


 ……となると、考えようによっては人間のオレのほうが有利なわけだ。


 ふむ? ちょっと閃いたことを、奴に仕掛けてみるか。


「フンッ!」


 俺は姿勢を低くしたまま飛び込み、剣を横薙ぎに払う。

 狙うは剣を握っている手だ。武器を握っている指を落とすのが狙いだ。


 オレが抜き打ち、水平に孤を描いた白刃は狙った指を捉えなかった。


 振り抜いた刃は、ギルマンが防御のためにさげた剣の表面をこすり、楽器のような澄んだ音を「チンッ」と短く鳴らす。


 刃が星の光を受けて、きらめいて駆け抜けた。暗闇を抜ける流星のような白刃。それを追いかけるように、細い糸のような火花が飛び散った。


 ギルマンは小手先しか動かしていない。

 たったそれだけの動きで、オレの切り払いは防がれた。


 さすがはベテランだな。反応がはやく、無駄がない。


 奴は切り払いのお返しにと、こちらに剣を突き出す。


 オレはその突き出される剣をつばで受け、手首を返して奴の剣ごと押しのける。半歩進み、奴の剣の間合いの内側まで入り込んだ。


 よし、狙いはうまくいった!!


 オレはガラテアの拳を、奴の顔面に叩き込んだ!


『グアッ?!』


 思った通りだ。奴はギルマンの剣技は使えるが、それ以上のことは出来ない。

 組み手への反応が鈍い。


 オレは左手を奴の腕の下に差し込むと、そのまま万力のようにねじりあげる。

 すると奴は無理やりそれを解こうとして、肩を外してしまった。


 なんだこいつ?! そこまで体の使い方を知らないのか?!


 思った通りだった。奴は人間の身体がどれだけ曲がり、どこまでが限界なのか、それを全く知らないのだ!


 ゴーレムは一応、人間の関節、それを再現している。

 それを超えれば、自己破壊を起こしてしまう。


 腕を固めれば肩を外す。

 足を固めれば、自ら足首を折る。


 もうめちゃくちゃだった。


 俺は手足をみずから破壊し、動けなくなったギルマン、いやオネイロイを解体した。こんな無様な戦いをする奴を、ギルマンとは認めたくなかった。


『……レヴィンは、一体どんな魔法を使ったんです?』


「関節技を極めただけなんだが、こいつら本当に人間の体を知らないんだな。逃れようとして、自分で自分の体を破壊した」


『なるほど。』


「ともかく、連中の弱点はわかった、先を急ごう。」


「えぇ!」


 オレはギルマンの骸を乗り越えると、遺跡の地下深くへ向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る