思い出

 ムカデのような姿になったオネイロイは、その全身を大きく反らして立ち上がると、体全体を使って押しつぶすようにして襲ってきた。


『砕ケろ!!』


 オネイロイは全身をムチのようにしならせ、その無数の手足で大地を叩く。

 オレは彼女を横の地面に飛びつくように伏せさせ、その勢いで体ごと転がって、地面に落とされる体躯から逃れた。


 人を遥かに超える大きさの金属製の巨人、その5体分の重量が転がった目の前に一気に叩きつけられる。すんでのところで回避したが、その衝撃と地鳴りは、まるで目の前に何十本もの雷の束が落ちたみたいだった。ガラテアの身体に守られているのに、オレは攻撃の余波で、一瞬気を失いそうになる。


 みると地面は大きく凹み、その形を奴の胴体の形に変えていた。

 あんな体当たりをまともに食らったら、一発で終わりだな。


「これって1対1じゃなくて、5対1じゃないか?」


『数で見れば1対1ですよ! 簡単に挫けないでください!』


「悪い悪い。やれるって言った手前、やるしか無いよな?」


 地面に刺さっていた斧を手にとり、ムカデの形をしたオネイロイを見上げる。


 ――高いな。


 精一杯腕を伸ばして斧を振ったとしても、胴体の上にいるやつには、とても刃が届きそうにない。なら胴体から攻めるしか無いな。


 図体がヘビのように長いなら、きっと素早く横を向くのは苦手なはずだ。多くの手足を小刻みに使って、時間をかけて回らないといけないからだ。


 そうだ、奴の尻の方へ向かって進み、回り込むんだ!


 静かに息を吐いて、自分を落ち着かせる。

 息と一緒に、恐怖も一緒に吐き出すんだ。良いぞレヴィン。

 よし、行け――!


 姿勢を低くして、彼女の膝、つま先に力をため、爆発させるように駆け出す。


 オネイロイは走る彼女に覆いかぶさるように上体を屈めると、その右手を振って捕らえようとするが、姿勢を低くして走る、彼女の動きのほうが早い。

 たちまちに3体のゴーレムが連なった胴体、その脇腹に入り込む。


 よし、うまくいった!――くらいやがれ!


 俺は走りこんだ勢いをそのままに、踏み込んだ右足の動きをビタリと止める。


 前に進もうとする「前進の力」を、右足を軸にした「回転の力」に変えるためだ。右足を突っ張ると、勝手に身体が右に回っていく。

 これに腰の捻りと、ガラテアの全身の体重を加え、致命の一撃とするのだ。


 ブンッと勢いよく振り下ろされた斧は、鉄の皮膚をたやすく切り裂き、その中の肉まで深く食い込み、刃の両側から勢いよく血を溢れ出させる。


 入ったぞ!! そして……えぐる!!


 斧のストックを持っている手の感覚を広くし、柄を回すようにして、食い込んだ刃で肉を掘り起こす。人間ならばこれで静脈が破壊されて、大量の出血をする。


 オネイロイの身体も、そこはヒトと大きく変わらないらしく、黒い土がドロリとした赤い液体で濡れそぼった。


『ウガァァァァ!! コイツ!!』


 オネイロイが身をよじり、ガラガラとした声色で、苦悶の悲鳴を発した。

 よし、効いているな!!


『レヴィンさん! スゴイですね!』


 ガラテアは「こんな体の使い方があったなんて」感心している。内心ではオレも驚いていた。50を超えたオレではこんなに動けない。


 頭で考えた通りの動きが、彼女の体ならできる。

 疲れを知らない、息をしない鋼の体ならではの動きだ。


 オネイロイは斬られたほうの身体を持ち上げると、腹を見せる。


 ――ッ! 片側の手足の列で、踏みしだくつもりか!


 俺は追撃を中断し、オネイロイの身体から離れる。


 想像通り、奴はその並んだ足と腕で、地面を踏んだ。

 またも凄まじい地鳴りで足元のバランスが崩れる。


 そして奴は身体を沈めたと、飛び上がると体ごと向き直る。

 全身を使ったボディプレスを兼ねた方向転換だ。


 ゲッ!おもった以上に機敏だ!


 揺れた地面で俺の足元はおぼつかない。

 方向転換してこちらに突進してくるやつの身体に、俺は跳ね飛ばされた。


「うわぁ! ツゥッ――!」


 吹き飛ばされた天地がグルグルと回って、オレの背中が彼女の身体に叩きつけられる。あまりの痛みと目眩で、数秒身動きが取れなくなった。

 鋼の身体のガラテアと違い、俺の肉体は脆い。


 このまま何度も強い衝撃を受けると、さすがに不味いな……。

 彼女は無事でも、オレが先にやられちまう。


 オレは飛びかけた意識を掴むと、気を張り直して立ち上がる。


 オネイロイは、すぐにとどめを刺さず、いたぶるつもりなのか、オレが立ち上がるのを待っていた。強者の余裕ってやつか? 気に入らんな。


『お前ガいくら斬ッテも無駄ダ。ヒトと違ッテ、オレタチは死なナイ!』


「へぇ、そうかい」


 確かに奴の言う通りのようだ。

 目の前のオネイロイの姿を見るが、その腹の傷は塞がりかけている。


 注意して何が起きているのかよく見ると、切り裂いた肉の部分が泡立って、出血を止め、新しい肉が盛り上がってきている。

 

 クソッ!コイツは何でもありかよ!

 生き物みたいなナリをして、まるで生き物の常識が通用しねぇ!


「アイツの身体は再生するみたいだな……いくら斬っても痛いだけか」


 膝を突っついたときを考えると、傷は残るはずだ。

 完全な元通りにはなってない。


 ひたすらにぶった斬りまくれば、流石に血や肉が無くなってそのうち死ぬだろうが、その前にオレが力尽きそうだな。


『そのようですね、一体どうしたら倒せるのでしょう……』


「あの野郎、都合のいい所だけ、生き物のフリをしてるからなぁ……」


 生き物でも、モノでもイチコロな方法?


 燃やせば流石に死ぬだろうが、再生し続ける肉の塊を、死ぬまで焼き続けられる無限の火元なんて――ある、あるじゃないか!! オレの背後に……!!


 しかしこれをやると……テルマエは確実に壊れる。

 そんな事して良いのか? やって良いのか?


 ダメだ。オレ一人では決められない。彼女に聞かなくては。


「ガラテア……一つだけ方法がある」

「けど、それはお前の大事なものを壊してしまうかもしれん」


『それは、なんです?』


「テルマエの湯を沸かしている石炭、あれでアイツを燃やすんだ」

「でもこれをすると、確実にテルマエは壊れる。親父さんとの思い出が」


 ――そうだ。


 あの壁画は、きっと彼女の大切なものだ。テルマエもそうだ。


 ガラテアの唯一と言ってもいい、今の時代にまで残った、過去のよすがだ。それを壊すことになる。


『……やってください。貴方の望むとおりに!』


「――すまん、ありがとう!」


 俺は大ムカデのオネイロイに背を向けると、振り返らず、テルマエに向かった。

 すると、俺の背中に、ヤツの耳障りな哄笑が届く。


『ハ、ハ、ハ! 何処へ逃げよウト、無駄ダ!』


 俺が中に逃げ込むと、刹那、テルマエの四角い入り口が奴の巨大な体躯で押しつぶされ、不細工で不揃いな穴に変わった。バラバラと石灰のブロックが降り注ぎ、柱が押し倒されて、石の床に叩きつけられて割れる。


 結果はわかっていたが、変わり果てていくテルマエに、とても悲しくなった。


 俺は浴槽の奥側、テルマエに水を流し込んでいる機構のところまで下がって、奴の攻撃を誘う。欲しいのは下方向への攻撃、叩きつけだ。

 

「押しつぶしてみろよ! 手前ぇの腹の中をぶっ刺して暴れてやる」


『……いい加減、シネ! ク、ソ、ジジイ!!』


 オネイロイは、あの全身を持ち上げて、ムチのようにして叩きつける攻撃の構えを取った。俺はギリギリまでそれを引き付け、斧を後ろの機構にぶつけた!


 うらぁぁぁぁ!!


 100年、いや、それ以上の年月を耐えた機構は詰まり、その給水を止める。

 自分の手でこれをすることになったのが、ひどく悲しい。


 きっとガラテアの気持ちがオレの中にも流れ込んでいるのかもしれない。

 何の根拠もないが、そんな気がした。


 ムカデの手によって浴槽の床が叩き割られ、その下にある燃え盛る石炭があらわになった。四角い浴槽は水を弾けさせて蒸気のカーテンを作った。


 何が起きたのかわからず、混乱するオネイロイだったが、すぐに自分の腹の下に無限に燃え続ける炎獄があることに気づく。


『熱イ! 燃えル! 燃えチマウ!!』


 必死に外へ逃れようと、浴槽に掛けられた手を、俺は斧で叩き切った。

 斬り飛ばされた腕は、ゴウゴウと炎をあげて燃え盛る石炭の中に落ちていき、「ジュゥ!」と肉が焼ける音を立てた。


『ヤメロ! こんな事ヲ! ヤメテくれよぉぉ!』


 俺は耳を塞ぐ代わりに、奴の頭に斧を振り下ろした。

 それはこっちのセリフだ!


 もがき、苦しむ奴だが、オレはそこに一切の慈悲をかけなかった。


 俺は冷徹な処刑人として振る舞って、助けを求めるその腕を斬り落とし、逃れようとする脚を砕き、焼けるのを見守った。


『クソ!呪ってやる!お前らはどうせ死ぬ!』

『ゲルリッヒは、モルフェウスは、目覚めさせる!他の、たくさんの仲間を!』


「……なんだと?」


『手遅レだ!終わりだ、オレも、お前、モ! ハ、ハ、ハ!』


「ゲルリッヒ、いや……あいつを乗っ取ったやつが遺跡に向かっているのか?!」


『ソウダ、お終いだ、お前らハ!』

『仲間が目覚めれバ、お前たちは、死ぬ、食って、食って殺される! ハ、ハ!』


 オレたちに呪いの言葉をしばらく吐き続けたオネイロイは、やがて炎で完全に焼け落ちた。焦げる鉄の匂いと、硫黄のひどい悪臭が周囲に立ち込めている。


 魔道具の炎で真っ黒に焼けた5体のゴーレムは、驚くほど小さくなった。

 ほとんどヒトと変わらない大きさだ。


 勝ったが、勝ちはしたが、ひどく苦い勝利だ。


 テルマエはボロボロになってしまったし、何よりも連中の役目は、ただの時間稼ぎだったようだ。オネイロイたちの本命は、ゲルリッヒ達だ。


 奴らは遺跡にまだ眠っている他の仲間を目覚めさせようとしているようだ。

 どうやらこいつらは、そのために差し向けられたらしい。


 オレはすぐにでもゲルリッヒを追いかけたかったが、ガラテアの様子が気がかりだった。テルマエが完全に破壊され、彼女の様子は明らかに沈んでいた。


『……』


「……行こう、ガラテア」


『はい。頭では解ってるんです、思い出は逃げ込む場所じゃない、けど――』


「オレで良ければ、聞くよ」


『あの絵を見ると、あんまりにも暖かくて……あの思い出に温められた私の心は、そこから出ようとしても、凍えてしまうのを恐れて――』


 ガラテアは破片で大きく欠けてしまった王とその娘の壁画を見る。

 その娘と王の間には大きな亀裂が入り、娘の身体はその半分が崩れ落ちていた。


『すみません。私にはもう関係ないことなのに。』


「……すべてが終わったら、直そう。今オレたちができる範囲で」


『それは――』


「一度作れたんなら、もう一度つくれるさ。……ちと貧乏くさくなるとは思うが」


『……はい!』

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