お帰り願いましょう

 総勢で5騎の集団が、オレらの居るテルマエを目指していた。

 連中は手に鋼の槍、剣、斧に槌を持ち、まっすぐこちらへ向かって来ている。


「仕事終わりで、風呂に入りに来たって様子には見えんな」


『むしろ、これからといった感じですね。お帰り願いましょう』


「そうだな、こっちにも客を選ぶ権利くらいある」


 俺は彼女の手を使って、地面においてある丸太を拾い上げた。

 丸太の太さはそれを握る彼女の腕より細く、どこか頼りない。

 それを両手に持つと、決意とともにオレは握りしめた。


 丸太の白色の樹皮は、ガラテアの角張った指の形に刻まれる。

 俺は丸太を槍のように構え、ゴーレム達を待ち構えた。


 彼女の胴鎧の内側に映る連中の姿は、次第に大きくなってくる。


 オレらの姿を認めた連中は、次第に歩調を速め、早歩きから全力疾走となり、土を巻き上げて走りながら、手に持った武器を振りかぶった。


「さぁ、かかってこい!」


 俺は丸太を低く構え、連中にその姿を誇示した。


『ブチ壊シテ……ヤル!!』


 横に並び、振りかぶったり、腰だめに構えたり、それぞれの構えで突っ込んでくるゴーレム達。その突撃してくる姿は、甲冑を着こんだ騎士を思わせる。


 連中は振りかぶった武器の勢いを増すために、さらに深く後ろへ引く。その様子と言ったら、胴がねじ切れんばかりだ。


ハジケロォォ!!』


「こいやあああああああ!!!!」


 鉄の体を深く沈め、背中が見えるほどに力をためた騎士の姿。

 俺は丸太の先を向けて、連中を待ち構える。


 が、奴らの姿は、次の瞬間に消えた。


 いや、消えたわけではない。地面に埋まっているのだ。

 オレは堂々と戦う素振りをしたが、本当に戦うとは一言も言っていない。


『――?!』


「5名様入りまーす!」


『本当に入っちゃった……』


 俺は連中が来るまでの間に、深い溝状の「落とし穴」を用意していたのだ。

 これは一か八かの博打だったが、どうやら俺は賭けに勝ったようだ。


『コ、コノ!』


 落とし穴に完璧にハマりこんだ連中は、腰まで埋まった。オネイロイたちは逆上しその目を真っ赤に光らせて、上にいる俺に向かって武器を振ってくる。


 ブンブンと振り回される武器を、オレは両手に持った丸太をかざして受ける。

 

<ガツンッ!>


 振られた剣の刃は、俺が持つ丸太にしっかりと食い込んだ。

 オレはそれを見て「よし来た」と、両手でもった丸太をねじって半回転させる。するとゴーレムは剣を持った手がひねられ、たまらず握っていた柄を手放した。


 オレの持っている白色の樹皮をした木はシラカバだ。この木は粘り強く、柔らかい。オレがこの丸太を武器に選んだ理由はだ。


 丸太で武器を捕らえれば、後はこっちのものだ。

 俺は下の連中から奪った武器をガラテアの腰の金具に差す。


『ズ、ズルイ!』


「聞こえんな―? そもそも、その数で来といて、正々堂々もなかろう」


『レヴィンさんって、意外とセコい戦い方をしますね……』


「ケガしたくないからな!」


『それはわかりますが、もっとこう、手心というものを?』


 オレはデカイ包丁みたいな刃が付いた斧を丸太で受けて、それも剣と同じようにして奪う。普通にゴーレムの膂力りょりょくで武器を振るわれれば、こんな丸太はきっと真っ二つだろう。しかし、穴に埋まって踏み込みが出来なければ、いくらゴーレムといっても、武器を振るう力はこんなものだ。

 

 落とし穴という条件がないと、これはできない。連中がすっかり勝利を確信して、バカ正直にまっすぐ、こちらに突っ込んで来てくれたおかげだ。


「さて、あとは好きなように料理するだけだな」


『まさかこんなあっさりと武装解除しちゃうなんで……』


「まあ年の功ってやつ?向こうのほうがずっと年上だけどな」


 武器をとりあげ、あとは埋めるか叩き割るかというところで、オネイロイ、連中の様子が何か妙な感じに変わった。


『ククク……』


「何がおかしい?」


『勝ッタと、思ッテルのカ?』


「負けたと思ってないのか?」


『バカメ!』


<ドカッ!!>


 鉄の腕が振られ、オレの目の前が真っ赤に染まる。

 血しぶきが上がり、鉄の破片と肉片が舞った。


「うわッ!」


 俺は反射的に自分の手をかざして身を守った。


<ズガッ!><グシャ!!><ズサッ!>


 しかし血の宴は止まらない。


「こいつら、何を始める気だ……?!」


 吹きあがった血しぶきはオレやガラテアのものではない。

 オネイロイ、ゴーレムたちのものだ。


 連中はお互いをつかんでは、その肉を引きちぎり、兜の中身からヒトに似た白い歯を剥き出しにして、装甲の間の赤い肉に噛みついている。


 まるで共食いとしか言いようがないことを、オレの目の前で始めたのだ。


 手を小手ごと食いちぎり、どくどくと中身を垂れ流すオネイロイ。

 しかし、千切ったほうも、千切られた方も、それを気にしている様子はない。


 ある鉄の巨人は、カッと牙をむいて、その頭を相手の胸にうずめる。

 胸甲ごと、向かいの巨人の胸を食い破ろうとしているのだ。


<グシャ!ブジュブジュ!>


 ひとしきり歯を立てて満足したのか、彼はその頭を上げた。その兜の全面は真っ赤に濡れ、口元からは糸のように血の筋を引いていた。


 喰い付かれた相手の胸には、ぽっかりと大きな穴が開いている。


 兜を赤く濡らしたそいつは、その胸の穴に、手が千切れ、肉がむき出しとなった腕をズブリと刺し込む。すると、肉が膨れ上がって、腕と胸の肉が、同じリズムで鼓動を刻み始めた。


 そうすると、ふたつのゴーレムのバラバラな動きが同調し始める。


 それはまるでお互いの神経を確かめるようだった。片方は足を動かしているのに、他方では手が動く。手足の動きを確かめる様子は、ひどく不気味だ。


「まさか、傷に身体を……『繋いで』いるのか?!」


『ハハ、やっと解ったカ、間抜ケ!』


 ここに来てようやく、連中が何をしているのか?それが理解できた。


 そもそも連中は肉体を持っていなかった。それでもオネイロイは生きていける。

 つまり、連中にとって「肉体の形」というのは、特に意味を持たないのだ。

 

 別にどんな形をしていようが、かまわないということは、奴らは粘土で作った人形をくっつけて大きくするような事が、平気でやれてしまうのだ。


 連中は非常に奇妙な形になった。

 ムカデのような巨体に人の上半身を生やしたような姿だ。三体のゴーレムが足と胴体になり、残りの二体で上半身を形成している。

 

 怪物は胴体の手足を使って穴から這い上がると、オレたちを見下ろしていた。

 その上背の差、大きさと来たら、ガラテアですら、まるで子供のようだ。


『モゥ、オシマイだな!』


『あの、レヴィン?』


「……これは流石にちょっと、不味いかもわからんな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る