決意

 オレを利用しようとした。

 彼女のその言葉がオレの耳から頭にはいった瞬間、それが頭の中で何かにガツンとぶつかって、その衝撃で体ごと揺さぶられたみたいになった。


 彼女の発した言葉の意味を必死に読み解こうとしたが、衝撃の余韻で、まだ頭の中がぼんやりしていて、その意味をよく理解できなかった。

 ひどくぼんやりとして、足先がふんわりと浮いたような感じがする。


 オレは深く息を吐くと、彼女の真意をもう少し問いただすことにした。


 ガラテアはかたくなにオネイロイの封印の方法を語ろうとしなかった。その理由は、王国の王様がやった事を、オレがしなくてはならないからだろう。


 彼女の「利用しようとした」その意味はつまり……。


「利用するって、王がしたようなことを、オレにさせるつもりだったのか」


 オレの発した疑問に対して、すこし間をおいて、彼女は兜を横に振った。


『最初はまったく、そのつもりは有りませんでした。しかしあなたのことを深く知る内に、きっと貴方ならとは思いました』


『もし、オネイロイが再び地上に現れる事があれば、彼らを封じるために、新しい王が必要となります。それは余人をもって替えがたいものです』


「なるほどな」


『ですが今は迷っています。どうしたら良いのかわからないのです』


 俺は腕を組むと、目を伏せ、彼女が今、そしてこれまでにどういった心持ちでやってきていたのか、それを想像してみた。


 つまり彼女は、自分を犠牲に出来るだけの意志力を持つ人間を探し出し、その人物を生贄にしないといけないわけだ。これから生まれる未来を守るために。


 彼女は未来と、そして犠牲になった者の過去に責任を負っている。

 そういう立場にある。

 

 見込んだ人間の性根を知るためには、当然その者と親しくならねばならない。

 きっと誘惑だってするだろう。テルマエで彼女がその肢体をオレの前にさらけ出して、見せたように……。


 彼女はどうあっても、生贄となるものと親しくならねばならない。


 そこまでして相手を信頼できると知っても、その運命は「死」以外に無い。

 そして最期に手を下すのは、きっと彼女自身だ。

 封印の方法は彼女しか知らないからだ。普通の精神力ではとても出来ないだろう。


 彼女は悩むだろう。きっと身をねじ切るほどの苦しみを生むだろう。

 その苦しみがどんなものだったか、オレには想像もつかない。


『……怒ってますよね?すみません、私はこのまま何処かにいったほうが――』


「いや違うんだ、そうじゃない、その逆だよ。オレは今、お前をどうしたら助けられるか、それを考えているんだ」


 数度の呼吸、合間を置いて、彼女はわずかに震える声で答えた。


『レヴィンは、私に怒らないんですか? 私がやろうとしたのは、貴方をおとしいれた、あのゲルリッヒとそう変わらないというのに』


「それは違うよガラテア。お前が見ているのと、ゲルリッヒが見ているのは違う」


『……見ているもの、ですか?』


「ああ。ゲルリッヒは自分のことしか見ていなかった。だけど、お前が見ているその先はちがうだろ? この世界を生きる人たちのことを見ている」


『それは……そうですね』


「じゃなかったら、そんな鋼の体に収まって、こんなオッサンと話してないだろ」


『私はレヴィンと話すのが好きですよ』


「ああ、オレもガラテアと話すのが好きだ。だから、別の方法を取ろう」


『別の方法ですか?』


「ああ、奴らと戦うんだ! お前の話を聞いてわかった。連中を封印したとしても、それは後の人間に押し付けてるだけだ。だから俺達の手で終わりにするんだ」


『……私達に、出来るでしょうか?』


「わからない、けど、やるしかないだろ?」


『わかりました。レヴィンがそこまで言うなら、私も力を貸しましょう。遺跡の地下で、最初にあなたと出会ったときのように』


「あらためて、よろしく頼むよ、ガラテア」


『こちらこそ』


 俺は差し出された彼女の手をとり、カタカタと開いた彼女の胸の中に入った。

 きっと街で俺を追ってきた連中は、もうすぐここまでやってくるだろう。


「ゲルリッヒとその取り巻き連中がオレたちを襲いに来るだろう。まずは連中を倒して、それから考えるんだ。丈夫な箱の中にでも押し込んじまえば良い」


『その方法、シンプルですが、意外と行けるかも知れません。彼らを無力化し、物理的に閉じ込めることができれば、誰も犠牲になる必要はありません』


「まずは勝たないとな」


『えぇ、しかし当時の私は戦う力が無かった。戦い方を知りませんでした』


「ならオレに任せろ。冒険者の本分は遺跡の穴掘りだが、そうはいっても、荒事ばかりの生活を送っていたからな」


『頼りにしていますよ、レヴィン』


 オレは彼女の目を借り、テルマエの入口の方を見た。

 逆光で白く浮かび上がる四角い入り口からは、斜めに陽光が差し込んできて、暗いテルマエの床に水たまりのような日溜りを作っている。

 暗闇の中、真っ白に光る四角い出入り口を目指して、オレは鋼の足を前に出した。


『いきましょう』

「ああ」


 陽の光を浴びながら進むオレとガラテア。

 しかし俺達の前に立ちはだかる人影があった。細い脚をコンパスみたいに伸ばして目の前に立つのは、妖艶な薄衣から、色気のない麻のチュニックに着替え、顔の片側を下ろした髪で隠した女性。レイラだ。


「レヴィン、いったい何の騒ぎを起こそうっていうんだい?」


「レイラか、ちょいと厄介事が舞い込んでね」


「だろうね。アンタがその鉄人形を着込んでても、何をしようとしてるかくらい、歩き方を見るだけでわかるよ」


「流石よく見てるな。古代王国のゴーレムたちが目覚めて、ガラテアとオレを狙って攻めてくるみたいだ。ここで迎え討つ」


「で、勝ち目はあんのかい?」


「さっぱりだ。何かアドバイスはあるか?」


「女に聞くようじゃ、逃げたほうが良いんじゃないかい?」


「ごもっともだ」


「……でも逃げないんだよね、あん時もそうだったじゃないか」


 髪に隠れたキズを触るレイラに、俺は彼女が何を言わんとするか察した。

 彼女の顔についたそのキズ、事件のことを言っているのだ。


「あぁ、そうだな。あの時も結構な数を相手にしたっけ」


「アンタは一対一を続ければなんて、強がってたけどね」


 あの時は何人もの冒険者に囲まれて、そいつらを一人づつ相手するように、オレをあえて自分を壁の隅に追い詰めさせたんだっけか。

 連中は仲間の背中が邪魔になって、俺を攻めあぐねた。


 そうか、一対一か。

 街で俺を追いかけ、襲ってきたゴーレムはガラテアに比べると、格の低いモノに見えた。一気にかかられると不味いが、一対一なら勝機はあるかもしれない。


「レイラ、ありがとう。それで十分だ。」


「死ぬんじゃないよ」


 彼女の足で大地を進みながら、俺はテルマエの外にいる人達に呼びかける。


「みんな聞いてくれ! 今からこの場所は戦場になる。持てるものは持って、安全なところに逃げてくれ!」


「戦場?!いってぇ何がおきるんです?!」


 外で作業をしていた農民達に、どよめきが広がった。


 うーん、彼らにどう説明したものか。全く事情を知らないからな。

 ちょっと後ろめたいが、レイラにしたよりも、簡単に説明するか。


「古代王国のゴーレムたちだ。悪いゴーレムたちが目を覚まして、彼女の命を狙っているんだ。いまからそいつらと戦う」


「そんな! レヴィン様にはわし等もお世話になっております、何か出来ることはねえですか?」


「気持ちは嬉しいが、それで十分だ。安全な場所を探して逃げてくれ。」


「ご武運をお祈りしますだ」


「ああ、早く逃げてくれ、子どもたちを頼む」


「へぇ」


 荷物をまとめてテルマエを後にする農民たちを見送ったあと、俺は歓迎のをして、連中がやってくるのを待った。日が傾き始めて、地面の色がその赤みを増してきた頃、体を揺らして歩く鉄の巨人たちが地平線の向こうから見えたきた。


「さて、始めるとしようか」

『えぇ!』

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