真実

 ガラテアのようなゴーレムに追いかけられる側になって、オレは恐怖を感じさせる方から、感じる方へとなった。


 ――恐怖。それは手に触れるモノから現実感が抜けていくような、指の先がしびれ、恐れを感じる以外の感覚が鈍感になっていく感覚だった。それがようやく抜けてきて、手綱を握る手に再び力が戻った頃に、俺はテルマエにたどり着いた。


 街からはし続けていた馬はもうヘトヘトになって汗ばんでいた。

 俺が鞍から降りると、一目散に水場に駆けていった。

 いやぁ、彼には無理をさせてしまった。助かったが、悪いことをした。


 外を見回すが、湯気のあがる畑にも、川にもガラテアはいない。テルマエの中か?そう思った俺は、ぽっかりと黒い口を開けたようなテルマエの入口をくぐると、中の暗さに目を慣らしながら、彼女の姿を探した。


 杖を追跡者の膝に持っていかれた俺は、歩くのに不自由していた。

 列をなすテルマエの柱によりかかりながら、その間を抜けて彼女を探す。


 湯の張った浴槽にいるはずもない。食堂も論外。となると……どこだ?

 俺は次第に慣れてきた目で、テルマエの奥を見る。――いた。


 彼女は壁にあるモザイク壁画のひとつをじっと見ていた。兜の隙間からほのかに光る、青い色。その眼差しを向けているのは、王とその娘が描かれている壁画だ。


「ガラテア?」


「あ、あぁ……すみません。レヴィン、なにか御用ですか?」


 彼女は顔だけこちらに振り返り、声をかけた俺を見た。

 気取られまいとする彼女。俺にはその心が波間に浮かぶ小舟のように、揺蕩たゆたえているように感じられた。


「好きなのか?その絵が」


「はい。私の記憶にある、大事な人です」


「そうか。王さまはどんなヤ……人だったんだ?」


「優しい人でした。今のレヴィンのように」


「よせよ、くすぐったくなる。」


「いえ、彼はまさに貴方と同じことをしていました」


「俺と?」


「はい。王はゴーレムという力を手に入れても、それに許したのは畑を拡げたり、暴れ川を鎮めたりと、国をよくする。そういったことでした」


「……ガラテア、そのゴーレムが問題なんだ。俺は街でゴーレムに襲われた。きっとゲルリッヒのやつが、別のゴーレムを掘り当て、それをまた蘇らせたんだ」


「――なんですって?! それは本当に……いえその顔を見ればわかります。本当に起きてしまったんですね」


「あぁ。しかし連中はお前とまったく違う感じだった。あいつらを見て、触って感じたのは、まるで生き物だってことだ。あれがオネイロイなのか?」


「そうです。私達と彼らは似ていますが、違います。しかし彼らが目覚めたということは、そんな、ああ……」


 ガラテアはこちらに向き直り、その鉄の指を自身の口元に持っていく素振りをみせる。俺は彼女を落ち着かせようと、その膝に手をかけて、優しくゆっくりと語りかける。内容が内容だけに、あまり衝撃を与えたくなかったからだ。


「ガラテア、あの連中を元のように封印する方法を教えてくれ。きっと連中はそれを知っているお前を狙っているんだ」


「それは、いえ、そんな事……できません」


「なぜだ?もしかして、一度起きてしまうと、もう止められないのか?」


「いえ、それはできると思います、しかし……」


 彼女は押し黙ってしまう。

 ガラテアは何を隠しているんだ?


「――時間がないんだガラテア。以前、ゴーレムの中にいるオネイロイは、人から奪う事を学んだといったな?このまま放っておいたら、王国と同じことになる」


「それは、わかっています。ですが、ニ度も同じ人を失いたくはないんです」


「どういうことだ?」


「オネイロイのことは以前説明しましたね?人の心の中に住む存在と」

「ああ。」


「王国の天才で大臣にまで上り詰めた天才魔術師の『パラケル』がオネイロイをゴーレムの心にしようと考えました」


「王は国と民を豊かにすることを考えました。しかしパラケルは違ったのです。彼は自身が作り出したゴーレムを、戦いに用いることを最初から考えていたのです」


「彼は他の国から土地を奪えば、その功績でもって、大臣としての自分が今の王に成り代わって国を支配できると考えたのです」


「クソッ、きっと大臣はそこにつけ込まれたんだな」


「その通りです。オネイロイは狡猾でした。無垢だったオネイロイは次第に残虐になり、人の心を喰い始めます。これはオネイロイがゴーレムだけではなく、人の主になろうとした結果だったのです」


「彼らは夢を通して人々の快楽を学び、それを体験したいと欲していたのです。偽りの金属や石の体ではなく、彼らは食い、殺し、犯せる、肉の体を欲していたのです」


「ガラテアは、オネイロイが人から『奪う』事を学んだといっていたな?」


「はい。王はゴーレムが変わり果てた原因を探しましたが、それに気づいたときにはもう遅かったのです。既に王国を破壊し尽くす勢いでした」


「だが、それなら連中は、オネイロイは今の時代も残っていたはずだ、遺跡の周りには、抜け殻のゴーレムしか残っていない。一体どうやって止めたんだ?」


「オネイロイと戦っても、力では勝てないと覚悟した王は、彼らの弱点をつくことを思いついたのです。……人の夢の中が、本来の彼らの住み家です」


「まさか――」


「王は自身を覚める事のない眠りへと落としました。そしてその夢を使って、後に残される人々を守るために、その身を犠牲にしたのです」


「なるほど……そういうことだったのか」


 そこまで王国の過去を語った彼女は、急に口を閉ざしてうつむいた。


 しかし、なにか意を決したようにして、青い眼差しを俺に向ける。俺はそれを見上げて見つめ返す。そこに表情はないが、なにか悲壮なものを感じた。


「一人残った王の娘『ガラテア』は、パラケルの研究室で自身をオネイロイに作り変えました。そして世界に一騎残ったゴーレムに、精神を封じたのです。王と同じようにして、自身を犠牲にして残すことにしたのです」


「きっと王の夢は何時か覚める。そうすればまた災厄が地上を襲います。そのために、自身を使って、未来の人々のための備えとしたのです」


「すみません、レヴィン。私は貴方を利用しようとしていました」


 震えを帯び、潤むような彼女の声がテルマエに染みていった。

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