迎えに来たもの

 国境での戦のあと、ゲルリッヒは伯爵の館の新しい主として収まった。彼は伯爵につかえていた部下、使用人たちに小遣い程度の金子を渡して館から追い払うと、彼らのかわりに、自身の手勢、つまりゴーレムに乗る者らを館に住まわせた。


 伯爵のお気に入りの部屋を奪い取ったゲルリッヒは、その奇妙な戦装束に身を包んだまま、格子状の窓から外を眺めていた。


 ――ひどいものだ。街の道は地形に合わせて蛇のようにくねり、家々はそれにぶら下がるようにしている。実に非効率的な都市計画か。いや、もともと計画など無かったのだろう。雪玉を地面に転がして、たまたま大きくなった、そんな作り方をしたのだ、この街は。


 この街には、王の強さがない。道は曲がりくねり、意志が見えない。建物も不揃いで、求めに応じてそれっぽくでっち上げられたようものだ。美学がない。


 久しぶりに見た外の世界のなんとも矮小で、弱く、汚らしく、無秩序なことか。

 さて、どう整えたものか――


 私はいくつかの未来を思い描く。どういった理想を形にしたものか。しかし思考を始めようとした時、背中から飛んできた言葉によって、それは中断させられた。


「ゲルリッヒ、街の門ノ見張り、連中が街に来た、の見タそうだ。……ドウスル?」


「そうか、迎えに行く必要はなかったか」


 彼は一拍置き、抑揚のない声で、こう命じた。


「――殺せ」


★★★


「ゴーレムの中の連中は、もう知っている連中じゃ無くなっているかもしれん」


「そんな……じゃあ、ゲルリッヒも? 彼はその、ナントカっていうのに操られているってことですか?」


「それはまだわからんが、そうなっていても不思議じゃない。だがそうなると、この事を知っているガラテアとオレたちは連中にとっては目障りなはずだ」


「どうしてですか?」


「連中がもしかしたら、もう人間じゃないってことを知っているのは、今ココにいるオレたちと、ガラテアだけだからだ。」


「あっ……」


「急いで帰ろう。そしてどうするか、考えないと」


 ガラテアに迫る危険に気付いた俺は、足早にこの街を立ち去ることに決めた。

 一刻でも早く、テルマエにいる彼女のもとに帰らないと。


 オレは酒場を出た後、町の外を目指して、人気のない街路を歩く。


 杖をすりへった石畳の継ぎ目に当て、ひょんなことで滑らないようにしながら、注意深く、しかし急ぎながら、古びたブーツに包まれた足を、前に運んだ。

 不自由な足のせいで、焦りがつのってくる。

 くそっ、この足め、もっと早く進め。


 オレは行く先をみようと顔をあげる。すると、オレの行く手を塞ぐように真っ直ぐこちらに進んでくる、三騎の騎兵が目に入った。


 三騎の騎兵は、鍋を逆さにしたような鉄兜をかぶり、草摺も肩甲もない、分厚い胸甲だけを白いレザーコートの上に身に着けた騎兵だ。槍はなく、膝下までの長さの長剣をぶら下げている。


 騎手はまっすぐこちらを見据えているが、何か嫌な予感がする。


「リケル、これからトラブルが起きるかもしれん」


「えっ?」


「あの騎兵、オレたちしか見ていない。もしなにかあったら、荷物を捨てて逃げろ。そして酒場のドミコフを頼って匿ってもらえ」


「そんな、レヴィンさんは?」


「俺はガラテアの所に戻らにゃならん。お前さんの面倒を見る余裕はなさそうだ。……できるか?」


「――でも、その足じゃぁ」


「大丈夫だ、そこらはちゃんと考えてるよ」


「わかりました、お気をつけて」


 騎兵は想像通り、馬を立てると、オレたちの行く手を塞いだ。連中が乗った馬は、オレの顔に青草を切ったときのような臭いの息がかかるくらいの近さにある。


「とまれ。冒険者のレヴィンだな? 領主のゲルリッヒ様の館まで、ご同行願おう」


「案内される云われはないと思いますが?」


「――であるか。ならば首だけで来てもらおう」


 だとおもったよ。


 三騎並んだ騎兵の中央の騎手が剣を抜こうと、柄に手をかける。


 奴が剣の差してある左側、そちらのあぶみに体重をかけ、片手を手綱から外した瞬間を、俺は見逃さなかった。アンバランスになったその瞬間をついて、俺はヤツの左の膝裏を掴んで、一気にえいやっと引いた。


 「ひぃっ」とマヌケな声を上げて、騎手が真っ逆さまに地上に落ちる。


「野郎!!」両脇の騎兵が慌てて剣を抜こうとするが、その間に俺は杖と騎手を踏み台に使って馬に跨り、駆け出した。


「クソ! 止まれ!」


 向かって右側にいた騎手が、オレに向かって抜き放った長剣を振り下ろそうとする。しかし、どこからともなく飛んできた荷物を顔面に受けて、騎手は剣を振りかぶった姿勢のまま、地面に落ちた。騎手と一緒に、地面に鍋や食器、クワや野菜の苗がバラバラと石床の上に散らばった。


 流れるオレの視界に、何かを投げる姿勢をしたままのリケルが見えた。

 なるほど、これをやったのは彼か。荷物を捨てても良いとは言ったが、投げつけろとまでは行ってないのだが。


 彼はさっと振り返ってオレに背中を向けると、そのまま路地裏に逃げ込んだ。それでいい。復讐に燃える騎兵の追跡をかわすなら、路地裏に逃げるのがベストだ。

 やはり賢い子だな。これなら彼の心配は無いだろう。


 だが残りの一騎、向かって左の騎手は真っ直ぐオレを追いかけてくる。

 俺は奪った馬に活を入れると、人気のない街路を馬に走らせた。


 目指すは街の門だ。俺は手綱を握りしめ、馬が地面を蹴るたびに襲ってくる、足の痛みをこらえながら、外へ続く門を目指した。


 追いすがる騎兵は、すでに剣どころか、槍を二本並べても届かないまでに引き離されている。甲冑を着ていないぶん、わずかにこちらが有利だ。


 その時、騎兵が何かを取り出し、口に含むと、ピィーッと甲高い音をさせた。

 これは警笛だ。増援を呼ぶつもりか?

 門にたどり着く前に、扉を閉められたら不味いな。


 オレは焦りで緊張するのを感じたが、深く息を吐いてそれを押し返す。

 そして上下する馬の首越しに真正面を見据え、手綱を握りしめる。

 

 それが何かの切っ掛けになったかのようだった。

 街路の左手にある少し離れた二階建ての石造りの建物。それをタマゴの殻みたいにブチ割って、見覚えがあるのに何処どこか違う、「それ」が現れた。


「ゴーレム?! 何でこんなところに!!」


 ガラテアと似ているが、コレは何かが違うと感じた。


 コイツは彼女に比べると、簡素な見た目の装甲をしている。

 しかし、その隙間には何が筋張ったものが走り、脈を打つように動いていた。

 見た目は無機物そのものだが、「これは生きている」オレはそう直感した。


 建物を割ったゴーレムは、足元に残る破片を煩わしげに踏み潰しながら、こちらに向きをかえる。そして鉄の巨人は、その両腕を左右にひろげた。


「迎えに来たようには見えんな!」


 その様子はまるで、子供が犬を追いかけるときにするようだ。きっとオレのことを捕まえようとしている? いや、そんな悠長なことをするはずない。

 きっとその手でハエのように潰す気に違いない。


 俺はゴーレムを引き付けると、フェイントをかける。

 これみよがしに視線を横に流し、脇を通り抜けると見せかけて、するっと馬の腹にしがみつき、鉄の巨人のその股下をくぐったのだ。


 くぐった股の高さは、馬の肩の高さギリギリで、ひやっとさせられた。

 ゴーレムはそれに気づかず、両の手を閉じる。

 俺の代わりに後ろに続いていた騎手は、その閉じた両の手でぐしゃりと潰された。


「まったく、お構いなしか!」


 獲物を逃したのに気付いたゴーレムは、血濡れた手で頭をかき、後ろを振り向く。するとヤツは真っ直ぐ逃げていくオレに気付き、野郎、とばかりに走ってオレを追いかけ始めた。その一連の動作はひどく人間的で、オレにはゴーレムがそのまま大きくなった人間にしか見えなかった。


 オレは馬に乗ったまま、苗や農具を買った市場の入り口に来た。

 ここをを通り抜ける。そうすれば、すぐに街の門が見えるはずだ。


「どけどけ!!ケガすんぞ!」


 俺は大声を張り上げ、通行人を追い散らした。

 最初は胡乱な顔をしていた行商人や買い物客だったが、俺の後ろの鉄の巨人に気づくと、真っ青な顔をして、商品をそのままに街路を逃げ出す。


 ちゃっかり店主のいなくなった屋台のものを取ろうとする買い物客の脇を通り抜け、俺は赤、緑、青、色とりどりのテントや飾り布の間をくぐり抜け、ひた走る。


 ゴーレムは人出の多いこの市場でも、お構いなしといった様子で突っ込んできた。屋台と商品のはいったカゴや台をその身体で押しつぶし、身体に無数の旗やら布を巻きつけながらオレに追いすがってくる。


 祭りの人形でも、あそこまでハチャメチャに飾り立てないだろう。

 オレは街の区画を隔てる内壁のアーチをくぐり、さらに逃げる。アーチはゴーレムの身長より低い。これが足止めになれば良いがと期待したが、無駄だった。


 ウン十年にわたって、この街を侵略者と泥棒から守ってきたアーチ。ゴーレムはそれを体当たりで崩壊させ、その大きな柱の破片を手にして振りかぶった。


「おいおい、そりゃ無理だろ!!」


 あんにゃろ! 破片を投げつけてくるつもりか!


 ゴーレムは長い柱の破片を投げ槍のよう振りかぶって構えると、狙いを定めて、こちらに向かってぶん投げてきた。俺はすこし絆を感じてきたこの馬の胴を左足で蹴ってスラロームさせる。


 飛んできた柱は馬に当たらず、前方にあったレストランの一階を貫き、向いのオーナーの家の壁に突き刺さった。あそこはパンの目方をごまかしているので有名だ。

 気の毒だが、いっそ天罰と思うことにしよう。


 ゴーレムは柱の次は屋台、家の壁、なにかの像、手近なものを何でも掴み、投げてくるようになった。俺はそれをかわしながら、市場を抜けて、ようやく外につながる街の門まで着いた。


 ゴーレムすら腰をかがめずに通れるであろう、見上げる高さの門。


 しかし、その扉は固く閉ざされていた。

 クソ! これじゃ通れない!


 馬はびっしょり汗を書いている。いまから別の門まで走ったとしても、こいつの体力が持たないだろう。それにきっと、他の門も既に閉ざされているだろう。


 クソ、ここまでか……!


『ハハ! 潰シテヤル!』


「その声は、あの時の……?!」


 ゴーレムから聞こえた声。だいぶ変わり果てていたが、夜にテルマエを襲い、レイラを人質に取った冒険者のものだった。


『ナンダ・ぁ? まあイイ、シネ!』


 扉の前に立ち尽くす馬と俺に、ゴーレムはまっすぐ突進してきた。

 不味い、ここでは避けきれない!


 地面を揺らして迫りくる鉄の巨人。それに驚いた馬はいなないて立ち上がり、オレを地面に振り落とすと逃げ出した。

 ほのかな絆を感じていたのに、馬にも裏切られてしまった。


 もはや踏み潰されるしか無いと思ったその時、俺はあることに気付いた。

 あいつの片膝に何か傷がある。

 ……ダメで元々だ。やってみるか。


 手には杖の他に武器はなし。

 俺は扉を背にし、ヤツを待ち受ける。


『シネィ!!』


 俺は奴の踏みつけに合わせ、前転する。


 ゴーレムはその勢いのまま、石畳を踏み抜いた。それが地揺れとなり、門の表面に溜まった数十年分のほこりが吹き飛んで、煙のようにして周囲に舞い散った。


 しめた! 俺は杖を力の限りゴーレムの関節、その傷跡に押し込んだ!

 ブシャリという音と共に鮮血がはしる。やはりコイツは――!


『ウグゥ! イダァァイ!』


 やはり、生物なのか、痛みにうめき、ゴーレムはバランスを崩す、そしてそのまま扉に倒れ込み、破城槌のようにして二枚の扉の縛めを断ち割った。


 閉ざされていた扉が開いた。しかしゴーレムは倒されたわけじゃない。

 地面に倒れ込んでいるが、起き上がろうと地面に手を突いている。


 俺は逃げ出した馬を口笛で呼ぶ。頼む、来てくれ!!


 馬は最初ためらいを見せたが、こちらに走り寄ってくる。

 急いでくれ!


 ゴーレムが片膝を立てたところで、ようやっと馬の手綱を取れた。

 俺は彼にまたがり、ハッっと両足で腹をたたく。


 馬を走り出させた俺は、恐る恐る後ろを見る。ゴーレムはようやく立ち上がったところだった。しかしその膝に力がない。奴は足を引きずりながら、追いすがろうとするが、その姿は次第に小さくなっていった。

 やい! 少しは俺の気持ちがわかったか!


 ――はぁ、死ぬかと思った。ともかく、早くテルマエに戻らなければ。

 リケルのことも心配だが、きっと奴らはガラテアも襲いに来るだろう。


 彼女に危険を知らせなければ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る