落ち着きのない街
「レヴィンさん、なんか街の様子がいつもと違いますね」
「ああ。」
リケルの心配そうな声に、俺は短く同意する。
たしかに妙だ。
――街の様子が浮ついている。
浮ついていると言っても、祭りの時のそれとは違う。街路をすれ違う人々は、どこか落ち着きがなく、心をすり減らしている様子だ。
「日の差し込まない路地裏から目に見えないバケモノが襲ってくる、そんな毎日を過ごしている」そんな事を彼らが言ったとしても、俺はそれを信じるだろう。
不安を感じているが、どうしたら良いかわからない。そんな感じだ。
「街でなにか起きたんですかね?」
「かもな、市場じゃ目玉が飛び出るかと思ったからな」
「ですね」
俺たちはやたらに目立つガラテアをテルマエに残して、街に来ていた。
その目的はテルマエで使う野菜の苗やら、いくつかの道具を用立てるためだ。すでに用事は済ませたが、この不穏な様子は、少し気にかかる。
「すぐにでも帰りたいところだが、少し気になる……ちょっと寄っていいか?」
「寄るって、どこへです?」
「情報が欲しかったら行くところは一つ、酒場だ」
それから少し経って、オレたちは馴染みの酒場「クズ拾いの腰掛け」の中にいた。
その主人のドミコフの機嫌と言ったら、薄暗いバーの中をそのまま心に映したように、お先真っ暗といった感じだった。ここでもトラブル発生らしい。
「やぁドミコフ、しばらくぶりだな」
「レヴィン!どうしたのかとおもったぜ」
俺はカウンターに杖を置くと、それと一緒により掛かるようにして、丸い簡素な椅子に腰掛ける。どっこいせと動くそのオレの脇に、リケルがちょこんと座った。
「杖を持ってるとマジでジジイみたいだな。正直者のレヴィンも、ついに引退か?」
「……それも良いかもしれないな。リケルにオレが知る全てを教えて、跡を継いでもらっても良いかもしれん」
「レヴィンさん、本気ですか?」
「ハハ、半分冗談で、半分本気かな?」
「びっくりしますよ」
「……もしリケルがこのまま冒険者になりたいっていうなら、オレは自分の持つノウハウを、全部お前さんにやるよ。墓に持ってくほどのモノでもないしな」
「ほーう? この弟子に働かせて、レヴィンはここでツケにして飲むってワケだな! このド悪党め!」
「おっとバレたか」
「えぇ! そうなんですか?!」
「「ハハハ!」」
「いや、普通はそうなんだが、こいつなら心配ない。そういうのを一番嫌うしな。」
「俺はリケルが一人でも遺跡に潜れるくらいにしたいのさ。そうじゃないと危なっかしくて、酒を飲んでるのか水を飲んでるのかわからなくなる」
言うだけ言うと、彼はドミコフから差し出された、ジョッキの中身を
「……どうしてレヴィンさんはそこまでしてくれるんです? 僕、男ですよ」
予想外の裏拳に、レヴィンは口に含んだものを、ブッと吹き出した。
「ゲホッ!どうしてそういう考えになる!」
「大丈夫だ、リケルとかいったか? レヴィンにそっちの趣味はない」
「お前も案外エグいこというなぁ……」
「す、すみません」
「ただのオッサンのお節介だよ。俺の言うことでも、ああこれは役に立たないと思ったら聞かなくていいし、使えるものは使ってほしいんだ」
「ただ心配で、なんとかしてやりたいっていうだけさ。リケルに取っては、オレみたいなオッサンの話は、煙たいかもしれんが……」
「いえ、そんな事!」リケルが慌てたように、彼の言葉を遮った。
「僕らのことを本当に心配してくれたのは、レヴィンさんだけでした。ゲルリッヒのパーティにいた時、色んな人と出会いました。若い人はたくさんいましたけど……」
何かを思い出したようにして、発する言葉を切った彼は、オレに向かって、すこし、はにかむような笑顔をしてみせた。
色々と苦労したことは、簡単に想像がつく。頼ろうとしても、リケルの周りには、彼を利用しようとする者しか居なかったのだろう。
その極めつけみたいなのが、他でもないゲルリッヒだ。
「レヴィンさん、これからもよろしくお願いします! 迷惑でなければ、頼りにしても……いいですか?」
「もちろんだ、これからもよろしくな、リケル」
俺は左手を胴の前に回して、短く彼と握手した。
リケルのその手は、その意思に比して、とても小さく感じられた。
「……それで? 弟子と師匠の契りを交わすのを見せつけるために、わざわざウチに来たのか? なにか用事があったんじゃないのか?」
「いかん、そのために来たのを忘れるところだった」
「おいおい、ボケるにはまだ早いぞ?」
「お前さんが教えてくれるからまだ平気だ。ドミコフ、どうも街の様子が妙にみえるんだが、何かあったのか? なんていうか、浮足立ってる感じだ。」
「気づかなかったのか? 戦の前は大体こんな感じだよ」
「戦? もう隣国と戦が始まったのか?」
「ああ、まずは初戦は大勝利。そんでゲルリッヒのやつが街に凱旋してきて、この
「なんでゲルリッヒが? 伯爵は何をしてるんだ」
「死んだよ。名誉の戦死だそうだが、どこまで本当かはわからん」
「それで街の中がざわついているのか……だが、ゲルリッヒはどうみても豪傑ってタイプじゃない。それに奴が軍事の天才なんて話は、聞いたことがないぞ?」
「一体どんなトリックで、大勝利したんだ?」
「そりゃゲルリッヒはサラゴサ家の出だからな。とっておきの魔道具ってやつだ」
「魔道具?」
「遺跡から掘り出したゴーレムの兵隊を使ってるんだ。そりゃあスゴイもんだぜ」
「――ッ!」
ゴーレムだって?!ガラテア以外のゴーレム、それはつまり……!
古代の王国を滅ぼした連中、そいつらが蘇ったってことじゃないか!!
「どうしたレヴィン。顔色が悪いぞ? まさかゲルリッヒと行った先で、何かトラブったのか?」
そうか、ドミコフは遺跡で何が起きたか、ガラテアのことも知らない。
というか、ゴーレムがヤバイ連中だってことを知っているのは、この世界で俺とガラテアの二人だけじゃないか。……これって不味いんじゃないか?
いや、かなり不味い気がする。
「まあ、ちょっと魔道具に関するトラブルがあってな」
俺は脇にいるリケルに視線を送った。彼はその意を汲んで頷いた。
「なるほど、なら身を隠したほうが良いかもな。いまゲルリッヒのやつは飛ぶ鳥を落とす勢いで売出し中だ。この戦が終わった頃には、子爵から伯爵に収まって、この街の支配者になっているかもわからんぞ?」
「夜逃げの準備が必要そうだ」
「なら、引越し先や連絡先は聞かないほうが良さそうだな」
「ああ、あんたを巻き込みたくはない」
思った以上に自体は
オレは杖をひったくるように取ると、そのまま酒場を後にした。
すぐにでもテルマエに戻らないと。ゴーレムが蘇った、ガラテアにこの事を伝え、どうするか相談しないと。
街の門まで歩きながら、オレはリケルにゴーレムのことを説明するかどうか迷っていた。彼を巻き込むことになる。オレを頼りにしている彼を。
「どうしました? レヴィンさん」
しかしそんな迷いはすぐに見透かされるようにして、疑問として飛んできた。
俺はどうしたものかと、すこし
「以前、遺跡にあるゴーレムの話をしたのを覚えているか?」
「はい、たしか王国はガラテアさんみたいなゴーレムを使って、畑を耕したりしていたっていう話でしたよね?ガラテアさんを見るまで信じられませんでしたけど」
「ああ、ゴーレムは生きている。オレたちみたいに意思もある」
「あっそうか。だから、ゲルリッヒの所にいる彼らも、きっと話せば良い人たちかも、そういうことですか?」
「逆だよリケル。その逆なんだ」
「逆?いったい何が逆なんですか?」
「――まさか……」
「ガラテアが特別なんだ。古代の王国は意思をもったゴーレム、いやその中身になっている連中の反乱によって滅ぼされたんだ」
「ゴーレムの中身? じゃぁ、中に入っている人たちはどうなるんです?」
リケルのその素朴な疑問に、俺は「あっ」と思った。
そうか、その可能性を忘れていた。いくつもの疑問がオレの胸に浮かんできて、そしてそれは俺の中で、ある形、考えを取っていく。
もしゴーレムの中身、つまりオネイロイが人間の体を乗っ取ることができるなら?
ゴーレム、鉄の体を動かすように、肉の体を動かすことができるのなら?
もし連中がガラテアのことをまだ覚えていたら?
連中は彼女のことを、ゲルリッヒを通して知ることができる。
ならきっと、彼女に始末しようとするに違いない。
それはなぜか?
あいつ達が何をしてきたのか?
それを知っているのは、この世界でオレと彼女だけだ。
そして止める方法を知っているのも、王国の生き残りである彼女だけ。
口封じしてしまえば、もうオネイロイを止めるものは居ない。
――そうだ、彼女が……ガラテアが危ない!
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