聞き耳の立つ者

 ――バッフート伯爵は自身の館で、酒を片手に悩みもだえていた。


 隣国との国境問題で頭を悩ませている最中に、古代の王国、その王を名乗る鉄人形、ゴーレムがいきなり現れたのだ。


 まったく、隣国との問題だけでも手一杯だというのに、ゴーレムまで現れるとは。

 あんなものに立ち向かえる勇士はそうおらぬだろう。


 現に兵士たちは、あの鋼の巨人をひと目見ただけで縮みあがってしまった。

 命からがら逃げ出せたから良かったものの、もしヤツがその気だったなら?

 ……ええい、考えたくもない!


 しかしアレが、ゴーレムがワシの手に入ったら、どうなるだろう?


 伯爵は空になったカップに、蒸留酒を注ぎ直すと、それをぐっとあおった。


 あの鋼の巨人が戦場に出れば、一騎当千の騒ぎどころではない。

 千軍万馬、戦神の如きいくさ働きをするであろうことは、想像に難くないであろう。


 槍を振り回し、敵軍を蹂躙じゅうりんする鋼の巨人の姿を想像する。

 ああ、少年の時分、擦り切れるほどに読んだ冒険譚。それを読んだときのような、憧れに近い想いがわしの胸に浮かんだ。


 ――アレがほしい。


 兵や騎士よりも、何よりもゴーレムだ。ゴーレムと比べれば、長槍を天に掲げて並び立つ勇壮な騎士も、小銭くらいの価値しか無い。


 もしゴーレムが手に入るなら、なんだってくれてやる。

 金貨に領地、爵位だってくれてやろう。ああ、欲しい。あれが欲しい。


 その時、コンコンと部屋のドアが叩かれた。伯爵が乱暴に「入れ」というと、彼の身の回りの世話をする、年老いた騎士が部屋の中に入り、恭しく腰を曲げた。


「閣下、ゲルリッヒという寄子よりこが表に来ています。彼は閣下との面会を要求しております――」


 彼が短くそう伝えると、伯爵は不満を隠さず、酒くさい息を振りまいた。


「なんだそいつは? 挨拶まわりの時期でもないのに、何をしに来た? 追い返せ。ワシは今機嫌が悪い」


 虫を払うように手を振る伯爵。しかし騎士は続ける。


「それが彼らは、伯爵様のお力になると言い、アレを……ゴーレムを連れて来ております」


 木のテーブルに、陶製のカップが叩きつけられる。「ダン!」という音が、部屋の中に短く響いた。伯爵は片眉を眉間に寄せ、両の口端を下に歪めた。


「何だと? 今、なんと言った?」


「ゴーレムです。ゲルリッヒ子爵はゴーレムを発掘し、それを持って、閣下のもとへ来ております」


「会うぞ! ありったけの水をもってこい! 酒を抜く」


「ハッ!」



 伯爵は水を浴びるように飲み、酒を抜いたものの、その頬にはまだ赤みがのこっていた。しかし表に出ると、その頬はまた、別の理由で熱を持ち、赤くなった。


 館の表、本来馬を回すための広場に、ゴーレムがいた。

 しかしそれは一体や二体ではなかった。立ち並ぶ巨人の数は、十を超えている。

 無数のゴーレムたちが並んでいたのだ。


 それを見た伯爵は、初めて雪を見た子供のように、せわしなく地面を踏んだ。


「なんだこれは! これは一体どうしたことだ?!」


 伯爵はゴーレムを目にして、その興奮を隠せなかった。膨れたボールのような身体に生えた短い腕を振り回して、がなり立てた。


「コレだけの武威を誇るつわものたちを、一体どこから掘り起こした!」


 そう騒ぐ伯爵に、ゴーレムの一つが動き出し、その胸元を開いた。すると現れたのは金髪の美丈夫、ゲルリッヒだった。彼は金属質の光を返す、シルクでもサテンでもない、見たことのない素材の服を着込んで、ゴーレムの中に座っていた。


「――閣下、まずは落ち着きください」


「これが落ち着けるか! 貴様、どこでこれを手に入れた!」


「このゴーレムたちは『王の廃墟』にて、私の手勢の冒険者たちが掘り起こしたものにございます。この力、伯爵様の御役に立てればと思い、参じた次第です」


「寄子のゲルリッヒだったな? ……うむ、実に良い心がけだ」


「わたくしの聞き及ぶところによると、国境くにざかいでは隣国が狼藉ろうぜきのかぎりを尽くしているとか?」


「うむ、けしからん連中だ。村々の麦をまだ実りきらぬ内に刈り盗るばかりか、来年の種籾までも持ち去らんとする狼藉をはたらいておる」


「それはそれは……領民をおもんばかる閣下の※苦衷くちゅう如何いかほどか、お察しいたします」


※苦衷:苦しい心の中という意味。


「解ってくれるか。そちのような寄子を持てて、わしの面目も立とうというもの……して、このつわものども、ただ並べるだけのために来たわけではあるまい?」


「はい。最初に申し上げました通り、閣下の思うようにお使いくださればと」


「ふぅむ……ときにゲルリッヒよ、国境の村、そこにいた人々が姿を消したらしい。わしはこれが隣国の手によるものだと、確信しておるのだが?」


「おそらく、彼らが領民を手に掛けたのでしょうな。そのような無法を捨て置いては、閣下の権威に傷が付きます。民を守らぬ剣に、誰が従いましょう?」


「然り。お主はまつりごとというものがよくわかっておるな」


「彼らに報いを受けさせましょう」


 しんとした。ゲルリッヒと伯爵の間で、一瞬、言葉の交錯がなくなった。

 それはとても重い意味を持つ言葉だからだ。


「兵や騎士は馬の支度に時間が必要でしょうが、我らの手勢は少ないがゆえに動きやすいです。閣下、いかが致しましょう?」


 ゲルリッヒはその美しい顔に微笑みをたたえて、バッフート伯爵に対して、俺たちを先に「戦に行かせろ」という意味の言葉を投げかけた。


 ふむ……こやつ、ただの美丈夫ではないな。たいそうに肝が座っておるわ。

 それもこれもゴーレムに、この巨人に乗っているが為か?

 羨ましいばかりだ。わしもあれが欲しい。わしだけのゴーレムが。


「――ではそちが先触れとなって行け。しかるのち、わしが後詰として戦場に入ろう」


「ハッ、閣下の御意のままに」


 わしは羨みの心持ちを気取られまいとして、言葉強く言った。

 しかし小僧はそれを見透かしているのか、目を細めてワシのことを流し見した。


 忌々しい小僧だ。

 しかし、使えるものは使うしかない。


「しかし閣下、よろしいのでしょうか?」


「何がだ?」


「わたくしの手勢のみで、国境まで進んでよろしいのでしょうか?」


「何が言いたい?」


「ゴーレムを引き連れて進む閣下のお姿、それを領民が見れば、もはや些末なことで閣下に逆らおうとするものは、この地におりますまい」


 若造はこちらを見据える視線を外し、彫像のように佇むゴーレムたちを見る。

 なるほど、確かにその通りだ。

 この者らを引き連れるところを見せつければ、有象無象共がこのわしを見る目も、いっそう引き締まることだろう。

 

「それに、閣下がその勇気を示されれば、皆の意気も上がるというものです」


「ふむ、確かに……よし、では国境までワシも行くとしよう。馬をもて」


「危険です閣下!」


 馬を出させようとするバッフート伯爵だったが、それを止めるものがあった。

 側周りの騎士だ。彼はせめて護衛を用意してからと伯爵に忠言するが、彼はその言葉に「よいよい」といって、聞き入れなかった。


 国境にはまだ敵国の動きはない。大した危険など存在しないだろう。

 彼はいつもの樽のような甲冑も着けることなく馬に何度も足をかけてまたがると、ゲルリッヒの鉄巨人の兵団と共に国境へ向かうことにした。


「ゲルリッヒとか言ったな、その胴鎧を先のように閉めよ。そちの顔は女どもに目立ってしょうが無いわ」


「はは、これは失礼致しました」


 カタカタと音を立て、子爵が乗ったゴーレムの胸元が閉まった。

 ……あの王を名乗った鉄人形に比べると、その細工の具合、なんと言えば良いのか繊細さが欠けて見え、すこし安っぽく見える。


 ということは、このゴーレムはまだ他にもあるのだろうか?

 ぜひ自分の分も欲しいものだ。


『では閣下、参りましょう』

「うむ」


 バッフート伯爵は連なるゴーレムの先頭に立ち、わざと人通りの多い街の中を通り抜けていった。みるもの皆、その目を丸くして見上げている。

 その目の奥にあるものは、為政者に対するおそれだ。尊敬と恐怖の入り混じった視線。これはいつ受けても気持ちのよいものだ。


 街を抜け、郊外に出たわしらは、真っ直ぐ国境まで進むことにした。そしてほどなくして、小高い丘に左右を囲まれた街道についた。あと数里で国境だ。


「もうここらで良いだろう」


『そういうわけには参りません』


「なんだと?」


 背の低い木々が並ぶ林のなかに、煌めくなにかが見えた。あれは……槍だ!!

 まさか伏兵か、どうして待ち伏せされている?!


『どうやら聞き耳の立つ者が、敵国にいたようですな』


 ――まさか、図ったなこいつ?!


 次の瞬間、馬の尻が鉄の指で叩かれる。


 馬はそれに驚いて、まっすぐに走り始めてしまった。慌てて手綱を取るが、もう遅い。ひょうひょうと音がして、地面に矢が突き立つ。


『ご心配なさらず、閣下の敵は我らが取りますゆえ』


「おのれぇ!! ゲルリッヒィ!!!!」


 ドツドツと突き立つ木の棒の感触を受け、わしは地面に転げ落ちた。

 そしてそのまま意識を手放した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る